ギードの若気の至りと暴走
「ギード! 今なんて言いました! ギードはタガルノへ行った事があるんですか!」
ルークの大声に、ギードのシルフが頷く。
『ええございますぞ』
『ですがそれはもう何十年も前の話ですなあ』
『若気の至りでやらかした小っ恥ずかしい話ですわい』
「逆に、そっちの方が今では聞く事の出来ない貴重な話です。是非お聞かせいただきたい」
真顔のマイリーの言葉に、照れたようにギードのシルフが笑いながら頷く。
レイの隣にルークが、反対側にはマイリーが座り、向かいのソファーにタドラとヴィゴとカウリが並んで座る。
『ワシが冒険者として活躍していた頃』
『ちと手持ちの金が寂しい事になりましてな』
「何やったんだよ。ギード」
呆れたようなレイの呟きに竜騎士達だけでなく、机に並んで座っているニコスのシルフ達も揃って小さく吹き出していた。
『それで知り合いの商人から』
『護衛の仕事を探しとる奴がいるが』
『その気があるなら紹介してやると言われたんですわい』
『聞くとかなりの金額を示されたので』
『断る理由も無かろうと護衛の仕事を受けてみました』
『その商人は薬屋をやっとりましてな』
『注文分を届けるためにキャラバンを組んでおって』
『その護衛をワシらが受けたんですわい』
「ワシら、という事は他にもいたわけですね。その護衛の任務を受けた冒険者達が」
マイリーの言葉にギードのシルフが頷く。
『そうです』
『ワシを入れて四人おりましたな』
『しかも目的地は出発してから聞かされる始末』
『本気で引き受けた事を最初は後悔しましたなあ』
『ですが個人でなど滅多に行けぬと噂の隣国ですからなあ』
『最後は四人とも開き直って面白がっておりましたわい』
確かに、取引書を持っている商人でもない限り、タガルノはそう簡単に行ける国ではない。
呑気なギードの言葉を聞いて、竜騎士達が揃って苦笑いしていた。
そこからギードは畑でニコスとアンフィーに話したように、行った街の名前がイグレダで、彼がハリボテと表現した、外国からの商人が留まるイグレダの街が何とも不自然だった話もした。
皆、食い入るようにギードの話を聞いている。
「お尋ねしますが、具体的には何を以ってハリボテだと思われたのですか?」
マイリーの質問に、ギードのシルフが困ったようにため息を吐く。
『街の中では外国から来た者は常に行動を監視されております』
『表通りは賑やかで店が多く立ち並び』
『それなりに人もいますが』
『とにかく街中のありとあらゆる所に兵隊が立ってるんですわい』
『しかも何かにつけていちいち偉そうでなあ』
嫌そうなギードの言葉に、マイリーとルークが揃って頷く。
『それで商談が長引きそうだからと言われて』
『宿で待機しておる際に最初のやらかしですわい』
「最初のやらかし、ですか」
呆れたようなルークの言葉に、笑ったギードが何度も頷く。
『その時一緒に護衛の任務についていたのは人間が二人とドワーフが二人』
『皆退屈で我慢がなりませなんだ』
「何をやったんですか?」
嫌そうなルークの言葉に、ギードが大笑いしている。
『人間とドワーフでそれぞれ二人一組で組みましてな』
『最初は屋台で買い物をしてくる事とか』
『街の城壁まで行ってみるとか』
『そんなくだらんことを交互にやって』
『時間を競って遊んでおりました』
「子供かよ」
呆れたように小さく呟いたカウリの言葉に、聞こえたらしくまたギードが大笑いしていた。
『まさにその通りで』
『子供でもあるまいに』
『こんな簡単なのではゲームにならぬと言い出しましてなあ』
『それで入ってはならんと言われた裏通りへ』
『行けるかどうかで勝負を決めようと』
『言い出したのは果たして誰であったか……』
腕を組んだギードのシルフの言葉に、全員が無言になる。
『そこで見たのはハリボテと言った通り』
『皆様が予想通りの光景でございます』
そこでギードのシルフは大きなため息を吐いて首を振った。
『何とか兵隊の目をかい潜り』
『入り込んだそこは予想以上に最悪の場所でした』
『割れた窓には板が打ち付けられ』
『建物の壁は元の色がわからぬほどに汚れておる』
『地面には汚物と血と』
『何かの骨が数え切れぬほどに転がり』
『痩せ細った浮浪児があちこちに死んだみたいに倒れたり』
『あるいは膝を抱えて座り込んだりしている』
『女性の悲鳴や泣き声が絶える事なく聞こえてくる』
『誰もが疲れ切って』
『死んだような目をしておりました』
『他所者の我らが立ち入っても』
『誰一人何者だと
『それどころか振り返る事すらせぬ』
『全くの無反応でございました』
それを聞いたルークが大きなため息を吐く。
「それは昔のハイラントよりも酷い。他所者が来ても誰だと咎める事も、振り返る事すらしないというのは、本当のギリギリで住民達にはもう何の気力も残っていないって事ですよ」
うめくようなルークの言葉にマイリー達も無言で頷く。
マイリーやルークは、タガルノに入り込んでいる密偵役の黒梟達から各街の様子についてもかなり克明な報告を定期的に受けている。
その報告とギードが話す内容はほぼ一致していた。
それはつまり。数十年前からあの国は何一つ良くはなっていないという事だった。
『その時いきなり近くの建物の扉が音を立てて開き』
『中からまだ小さな子供が文字通り吹っ飛んできて』
『扉のすぐ側にいたワシにぶち当たったんじゃ』
驚きに目を見開く一同に、ギードのシルフはため息を吐いて見せる。
『地面に転がったその子は』
『身体中あざだらけの酷い有様じゃった』
『顔も殴られて腫れ上がっておった』
その言葉を聞いた竜騎士隊の口から、うめくような声がもれる。
『若気の至りじゃなあ』
『二人ともどうしてもその子を見過ごせなんだ』
『それで咄嗟にその子供を抱えて逃げたんじゃわい』
「それは最悪の悪手では?」
ルークの言葉に、ギードのシルフが笑いながら何度も頷く。
「それでどうなったんですか?」
真顔のマイリーの言葉に、ギードのシルフは両手を前に出して何かを抱えるような仕草をする。
『マントでその子を包んで』
『とにかく大通りへ駆け出しました』
『そのまま走って逃げ回り』
『最後は裏庭から屋根を伝って走って逃げて』
『それで何とか宿へ戻ったんですわい』
「まさか、その子を連れて?」
真顔のルークの言葉にまたしても頷くギードのシルフを見て、ルークだけでなく竜騎士隊全員が揃って天を仰いだのだった。
ただ一人、目を輝かせて拍手をしている、ギードのやった事の本当の意味に気付いていないレイを除いて。
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