ギードへのお願い
「あれれ、また雷と雨が酷くなってきたね」
食事を終えて本部の事務所へ向かう際、廊下から見える土砂降りの雨とゴロゴロと聞こえる雷の音にレイは思わず窓に駆け寄って空を見上げた。
「今夜は予定が無ければ天体観測をしようと思ってたけど、ギードのお話のことが無くてもこのお天気じゃあ天体観測はどちらにしても無理だったね」
実はそろそろ夏の流星群が始まる時期で、今夜は多くの流星が見える予定だったのだ。
「お天気だけはどうしようもないものね。残念でした」
小さくそう呟いたレイは、待っていてくれたルーク達にお礼を言って一緒に事務所へ入って行った。
その日は一日中事務所でルークのお手伝いをしたり、マイリーやカウリに教えてもらって過去の出来事の資料を例に挙げてもらい、資料を見ながら自分なりに報告書をまとめたりするやり方を教えてもらって過ごした。
「ほう、元冒険者のギード殿の昔話か」
夕方、一通りの作業が終了して休憩室でお茶を飲んでいた時に、レイはちょうど休憩室にいたマイリーとヴィゴにもギードの事を話した。
「ご迷惑でなければ、俺も聞いてみたいな」
「確かに、冒険者なら各地の軍人とはまた違った視線で世界を見ているのだろうからなあ」
ヴィゴとマイリーの言葉にレイは少し考えて、皆から少し離れて別のソファーに座り直した。
「えっと、ちょっとギードに聞いてみるね」
どうしたのかと心配そうに自分を見ているルーク達に笑って手を振り、膝に座ったブルーのシルフを見つめる。
「ねえブルー、ギードは今何をしてる?」
『今日は蒼の森も土砂降りの大雨で農作業はお休みだよ。作業場で道具の手入れをしておるようだな。呼んでやる故ちょっと待っていろ』
そう言った直後、ブルーのシルフの横にいつものように伝言のシルフ達が何人も現れて座った。
『もしもドワーフが彼らに話しを聞かれるのが嫌だと言うたなら、その直後に其方の周りに強固な結界を張ってやるゆえ安心して話しなさい』
レイの耳元でごく小さな声でそう言われて小さく頷く。
「分かった、じゃあそれでお願いね」
笑って頷いてくれたブルーのシルフに笑いかけ、レイはもう一度今度は大きく頷いて見せた。
『おやレイ』
『こんな時間にどうかしたか?』
しばらくして笑顔のシルフの口から優しいギードの声が聞こえて、レイも思わず笑顔になる。
「お仕事中にごめんね。えっと、今話しても大丈夫かな?」
『構いませんぞ』
『今日は昨日と違って一転して土砂降りの大雨になっとるから』
『農作業はお休みなんじゃよ』
『予定外に時間が空いたので』
『時間のかかる道具の手入れをしておりました』
「そうだったんだね。オルダムも今日は朝から土砂降りだよ。それに雷も鳴ってます」
『こっちでも時折ゴロゴロと大きな音で鳴っておりますぞ』
『昼前頃は特に酷かったなあ』
『おそらくだが森にも落ちておるだろうな』
『まあ家の中に居れば雷も関係ないんじゃがなあ』
「石の中にあるお家だもんね」
笑ったレイの言葉に、ギードも笑いながら頷く。
『していかがした?』
『何かワシに用があったのではないのか?』
「えっとね……」
ギードと話しながら振り返ると、こちらを見ているルーク達と目が合ってしまった。
「あのねあのね。ギードの昔話を竜騎士隊の皆も聞いてみたいんだって。マイリーが、冒険者だったら軍人とは違う視点で世界を見ているだろうからって。どう、お話を聞かせてもらう時に竜騎士隊の皆も一緒でも構わないかな?」
胸元に手をやってお願いするようにシルフ達に向かって身を乗り出して話すレイを、ルーク達は心配そうにしつつも黙って見ている。
『おやおやそれは光栄な事よのう』
『ですがこれは十年どころかもっと以前の話ですから』
『今とはかなり様子が違っていると思いますがなあ』
『それでも構わんと仰るのであれば』
『いつなりとも話すくらいはいくらでも致しますぞ』
揃って笑顔で拍手をするルーク達を見て、レイも笑顔で頷く。
「あのね、実を言うと今本部の休憩室にいるんだ。それで、少し離れたところだけど同じ部屋に皆も一緒にいるんだ。えっと、一応さっきの話は、もし断られたらすぐにブルーが結界を張ってくれる予定になっていたんだよ。黙っててごめんなさい」
一応、精霊通信で会話する際に、同室に自分以外の人がいれば先にそれを言ってから話を始めるのが普通だ。
うっかりそのままいつものように話してしまったので、彼らに会話が聞こえている事をギードに話していない事に今更ながら気付いて慌てるレイだった。
『おやおや』
『すこし離れたところにシルフ達が集まっておるのは』
『どうしてなのかと思っておりましたが』
『成る程そう言う事でしたか』
『もちろん構いませんぞ』
『聞かれて困る話などしておりませんからなあ』
驚くレイに、ブルーのシルフが得意げに胸を張って見せる。
「あはは、そういう事だったんだね。ありがとうねブルー」
手を伸ばしてブルーのシルフを撫でてから、レイは満面の笑みでルーク達を振り返った。
「ギードが一緒に聞いても良いってさ!」
揃って拍手をするシルフ達を見て、ギードは笑いを堪えるのに苦労していた。
『ならば逆に尋ねますが』
『今皆様はお時間はおありですかな?』
「大丈夫だよ」
ルークの声に皆も笑いながら頷いている。
ロベリオとユージンとティミーとジャスミン以外は、この場に全員揃っている。
『ならばタガルノでの一件を先にお話しいたしましょうかのう』
笑ったギードの何気なく放たれたその一言を聞き、離れた場所にいた全員がものすごい勢いで自分目掛けて一斉に走って来る。
突然の彼らの行動にレイは驚きのあまり立ち上がり損ねてしまい、もう少しでソファーから転がり落ちそうになったのだった。
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