早朝の雷と朝練

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、まだ少し眠い目を擦りながらベッドから起き上がって大きく伸びをした。

「ふああ、まだちょっと眠いや」

 ようやく包帯の取れた右手で髪の毛をかき上げようとして、これまたいつもの如く豪快に絡まり合っている髪に気付いて小さく笑う。

「もう、また僕の髪の毛で遊んだね」

 周りに集まってきたシルフ達を見上げて文句を言うが、どう見てもその顔は笑っている。


『だって主様の髪が大好きなんだもの』

『大好き大好き』

『ふわふわで柔らかいものね』

『ふわふわふわふわ』


 集まってきたシルフ達が、レイの周りをくるりくるりと飛び回りながら楽しそうにそう言って手を取り合って笑っている。

「まあ良いけどさあ。ラスティが解いてくれる時には手伝ってあげてね」


『了解了解』

『お手伝いお手伝い』


 楽しそうに、自分達がやらかした悪戯を直すのを手伝うのだと言っているシルフ達を見て、レイは堪えきれずに小さく吹き出した。

「さて、今日のお天気はどうかな?」

 今朝はいつもよりも部屋が暗いので、恐らく曇っているのだろうと予想して窓を開く。

「あれれ、今日は雨なんだね」

 窓を開けると、音はそれほどしないがかなりの雨が降っている。しかも、気温が高くじっとりとした湿気を含んだ不快な空気が部屋に吹き込んできた。

「うわあ、これは駄目だね」

 諦めて窓を閉め、ため息を吐いたところで扉をノックする音が聞こえた。

「おはようございます。朝練に行かれるのなら、そろそろ起きてください」

 いつものように白服を手にしたラスティが入ってくるのを見て、振り返ったレイは笑って手をあげた。

「おはようございます。こっちこっち」

 誰もいないベッドを見て驚く彼に、レイが声を掛ける。

「ああ、そちらにいらっしゃったんですね。今朝は窓は閉めておいた方が良いかと。風も少し出てきましたから、雨が部屋に吹き込んではいけませんからね」

「もう閉めたよ。でも雨って久し振りだね」

 閉めたままの窓から、先ほどよりも雨足が強くなった空を見ながらそう呟く。

「確かに久し振りの雨ですね。このところ晴天が続いていましたから、植物達は水をもらって喜んでいるのでは?」

「確かにそうだね。じゃあ顔を洗ってきま……」

 そう言って窓から離れた瞬間、部屋が一瞬真っ白になるくらいの稲光が走り、直後に地響きのような轟音が響き渡り窓がビリビリと震えた。



「うわあ!」



 レイとラスティの悲鳴が重なる。

 二人とも同時に互いを庇うようにして抱き合ってその場にしゃがみ込む。

「い、今のって雷の音だよね。どこか近くに落ちたんじゃあなくて?」

 そう叫んで窓を見ようとするレイを、ラスティが慌てて止める。

「お待ちください。近くに落ちていたら危険です」

「ああ大変だ。見て! お城の塔に落ちたみたいだよ!」

 レイが叫んで指差したそれはお城の北側にある高い塔の一つで、屋根の一部が真っ黒になって穴が開いているように見えた。

 塔自体が崩落するほどではないだろうが、あの惨状では塔の最上階の部屋の中には被害が出ていると思われる。

「ああ、雷の塔に落ちてくれたのなら大丈夫ですね。よかった」

 しかし、何故かラスティはそれを見て安堵のため息とともにそう言って笑ったのだ。

「か、雷の塔って……何ですか?」

 レイが驚いてそう尋ねると、笑ったラスティは自分の指を上に向けて立てた。

「あの塔は、城の中でも五本の指に入る高さのある塔です。確か、避雷針と呼ばれる金属製の棒が塔の先端部分に取り付けられているそうで、そこに落ちた雷はそのまま金属の棒を伝ってそこからさらに繋がった金属の線が地面まで続き、地中に埋められた金属板に届くのだとか。なので、建物や周りの人にはほとんど被害が出ないのだと聞きました。これもドワーフの技なのだとか。すごいですよね」

「へえ、それはすごいね。初めて聞きました。じゃあ、あの塔の最上階はどうなっているの?」

「落雷があった時を考えて、最上階は使われていないと聞いていますね」

「へえ、そうなんだ。それなら安心だね」

 空を見上げれば、先程のような酷いものではないがまだあちこちで稲光が光り雷の音が鳴り響いている。

「今日は一日事務仕事だって言ってたね。良かった。出かける用事があったら大変だったね」

「まあ、お出掛けの際には雨の日は普通は馬車を出しますから問題ありませんが、この雨では、出掛ける事自体をためらいますね」

「そうだね」

 まだゴロゴロと音が鳴り響いている空を見上げながらレイは困ったようにそう呟き、シルフ達が前髪を引っ張るのに気づいて慌ててラスティを振り返った。

「のんびり空を見ている場合じゃないです! ラスティ、髪の毛を戻すのを手伝ってください。もう朝練に行くまでの時間がないよ!」

 レイの叫びに、目を見開いたラスティも何度も頷き、二人は足早に洗面所へ駆け込んで行ったのだった。




「おおい、そろそろ行くぞ」

 開けっ放しだった扉から、ルークとカウリそれからタドラの三人が揃って部屋を覗き込む。

「ごめんなさい! もうちょっとだけ待ってください!」

 ようやく髪の毛を整えたレイが、そう言いながらラスティと一緒に洗面所から駆け出してきて豪快に寝巻きを全部脱いだ。

 部屋に入ってきていた三人が、その豪快な着替えを見て堪える間も無く揃って吹き出しルークは黙って扉を閉めてくれたのだった。



「大変お待たせいたしました!」

 手早く身支度を整えたレイは、立ったまま待ってくれていた三人に向かって直立してお礼を言う。

「珍しいね。どうしたの? 寝坊でもした?」

 タドラが笑いながらそう言ってくれたので、レイはさっき聞いた雷の塔の話をした。

「ああ、成る程ね。確かにさっきの雷は凄かったよな。そっか、雷の塔に落ちたんだ」

 カウリとルークがそう言って揃って外を見る。

「無駄な仕組みだなんて批判もあったけど、実際にああやってあそこに雷が落ちるのを何度も見ると、確かにあれはすごい仕組みなんだなって思い知らされるよなあ」

 カウリの言葉に、一緒に聞いていたラスティも何度も頷いていたのだった。



 そのまま三人と一緒に朝練の会場へ向かい、いつものようにマークとキムと一緒に準備運動や荷重訓練などを行い、後半は三人と順番に手合わせしてもらってしっかり汗をかいたのだった。

「へえ、元冒険者のギードの昔話ねえ」

 朝練を終えて本部へ戻る途中に、レイは昨夜の蒼の森の家族から聞いた話をした。

「それで今夜もう一度連絡を取って、ギードから昔の話を聞かせてもらうんだ。どんな話をしてくれるのか、もう今からすっごく楽しみなんだよね」

 嬉しそうなレイの言葉に、直接ギードを知っているルークが笑顔で頷く。

「なあ。俺もその話を聞きたいけど……駄目かなあ」

 笑顔のルークにそう言われて、レイは思わず足を止める。

「えっと、僕は別に構わないけど、ギードはどうかな?」

 目を瞬くレイを見て、ルークが苦笑いしている。

「えっと、じゃあこうしようよ。あとでギードに連絡して、ルークもお話を聞きたがってるけど一緒に聞いても良いかって聞いてみるよ。もしも、何か聞かれて困る話だったりするといけないからね」

 慌てたようにレイがそう言いルークが頷いた時、タドラとカウリも揃って右手をあげた。

「ご迷惑でなければ、俺も聞いてみたいです!」

「僕も、僕も聞いてみたい!」

 目を輝かせる二人を見て、レイは笑ってそれじゃあまとめて聞いてあげると答えたのだった。



『おやおや。元冒険者の話は大人気のようだな』

『でも何を話してくれるのかは我らも知らないよ』

『知らない知らない』

『楽しみ楽しみ』


 まだ遠雷が鳴り響く窓辺に並んで座ったブルーのシルフとニコスのシルフ達は、楽しそうに笑い合う彼らを愛おしげに眺めていたのだった。

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