居間での語らいと明日の予定
「なあ、さっきの畑で聞いた話の続きだが、あれってレイルズにも聞かせて良い話か?」
夕食を食べ終えて食器を片付けながら、ニコスが一緒に食器を片付けてくれているギードを振り返った。
「聞かせて良い話かとは、何を基準に?」
にんまりと笑ったギードを呆れたように横目で見たニコスは、これ見よがしの大きなため息を吐いた。
「お前さんが具体的に何をやらかしたのかをレイに聞かせても大丈夫かって事だよ。もしも色街で何かやらかしたなんて話なら、俺だって絶対聞きたくないからなあ」
嫌そうなニコスの言葉に、お皿を流しに置いたギードが堪える間も無く吹き出して大笑いしている。
突然笑い出したギードの笑い声が部屋中に響き、机を拭いていたタキスが驚いて振り返る。
側でお酒の用意をしていたアンフィーがその声を聞いてこちらも吹き出し、昼間の畑で聞いたギードの話をタキスに詳しく話した。
「まあ、ギードは元冒険者ですから国中のありとあらゆる所へ行ってると言うのは別に驚きませんが、さすがにタガルノへ行ったことがあるって聞くと驚きますね。その話は私も初耳ですよ」
「そうじゃったかな。まあ、我らは今までここでずっと共同生活をしていたが、考えてみれば互いの事はほとんど詳しく話さなかったからなあ」
タキスをチラリと見て笑い、肩を竦めたギードは知らん顔で戸棚を開けてそこからお酒の瓶を手に取って選び始めた。
「そうだなあ。確かに言われてみれば、お互いの詳しい身の上話や考えなんかを話すようになったのって……」
洗い物を始めたニコスが、少し考えてから小さく呟く。
「レイがここに来てからじゃなあ」
両手にお酒の瓶を持ったギードがタキスとニコスを振り返ってそう言う。
「ええ、確かにそうですね。あの子が来た事で私達は皆、己の過去と向き合い、そして和解したんですよ」
「オルダムでは、レイは恵みの芽と呼ばれておるそうじゃ。確かにあの子は我らにとっても、大いなる恵みの芽じゃったなあ」
「そうですね。あの子がここにいたのは二年にも満たない……それまでの私達にしてみれば、ごく僅かな時間だったのに、あの子の存在が全てを変えてくれましたね。しかも全てが良い方向に」
座ってギードがグラスに氷を落とすのを見ながらタキスが小さな声でそう呟く。
それぞれのグラスにお酒が注がれ、全員が立ち上がってグラスを掲げた。
「精霊王に感謝と祝福を。そして遠いオルダムの地で頑張るレイに祝福あれ」
タキスの言葉に全員が唱和する。
これは、ここでアンフィーを含めた皆で飲むときには必ず行う乾杯の言葉だ。
「それで、一体全体何をやらかしたのですか?」
座って、ニコスが用意してくれたチーズやクラッカーを摘みながらしばらくはのんびりと飲んでいたのだが、顔を上げたタキスの言葉に、ギードが笑いながらもう一度グラスを掲げた。
「若き日の愚かなる勇者の物語をお聞きあれ〜〜」
まるで吟遊詩人のように、節を付けて歌い出したギードに、見ていた三人が同時に吹き出す。
「事の起こりは、取引が終わってさあ帰ろうと言うておった時じゃったんじゃが……」
笑いを収めてギードが話を始めてすぐ、机の上に複数のシルフが現れて並んで座った。
「おやおや、噂をすれば何とやら。だな」
ニコスがそう言って驚いていると、先頭に座ったシルフが口を開きいつものようにレイの声が聞こえた。
『こんばんは』
『いま話しても大丈夫? またちょっと声が聞きたくなっちゃった』
照れたようなレイの言葉に皆笑顔になる。
「レイ、元気にしていますか?」
嬉しそうなタキスの声に続き、ニコスとギードも笑顔でシルフに話しかける。
「あの、いつものごとく私もおります」
アンフィーも小さく一礼しながら、これもいつものように片手を軽く上げて遠慮がちに伝言のシルフに向かってそう話しかけた。
『もちろんアンフィーもそこにいてね』
『いつもありがとうね』
そうしていつものように、まずは彼の日常の様子を詳しく聞いた。
ティミーが竜騎士隊の本部へ来て、彼が精霊魔法訓練所に通い始めた事や、ようやく親指の包帯が取れた途端に夜会で久し振りに竪琴の演奏を頼まれて焦った話で笑い合った。
話題は尽きず、四人はレイが話してくれるオルダムでの出来事を身を乗り出すようにして聞いていたのだった。
「ああ、すっかり遅くなってしもうたな。ではあの話はまた今度じゃなあ」
小さな声でそう言い笑ったギードの言葉に、ニコス達も苦笑いしている。
しかし、律儀なシルフ達がその呟きまでレイに届けてしまったらしく、いきなり先頭に座っていた伝言のシルフが身を乗り出すようにして腰を浮かせた。
『ええ何なの?』
『僕には内緒の話?』
口を尖らせる様子まで再現してくれる伝言のシルフに笑いかけ、ギードは残り少なくなったグラスを飲み干す。
「ワシの冒険者時代の話をしておりましてな」
『ええ何それ!』
『ずるいよ僕も聞きたい!』
「いやいや、俺達もまだ聞いてないって」
苦笑いしたニコスが顔の前で手を振る。
「そうですよ。さあ話を聞こうって乾杯したところで貴方からの伝言のシルフが来たんです」
タキスも笑いながらそう言い、そっと伝言のシルフを撫でた。
『へえそうだったんだね』
『邪魔してごめんね』
すぐに機嫌を直したレイの言葉に、グラスを持ったニコスも笑っている。
「レイ、それなら明日の夜の予定は?」
『えっと明日は夜会は無いって聞いてるよ』
『天体観測でもしようかと思ってたんだけど』
『それがどうしたの?』
それを聞いてにんまりと笑ったニコスは、ギードを振り返った。
ニコスの言いたいことがすぐにわかったギードが頷くのを見て、ニコスは伝言のシルフに向き直る。
「それならレイ、明日の夜はもう少し早い時間でも構わないから、また伝言のシルフを寄越してくれるか。せっかくだからレイも一緒にギードの昔の武勇伝を聞こうじゃないか」
『良いの?』
『聞きたい! 聞きたい!』
大声でそう言ったレイの伝言のシルフは、顔の前でパチパチと手を叩いている。
「あはは、それだけ期待されたら頑張って話さねばならぬなあ」
照れたように笑ったギードがそう言い、ニコスもタキスやアンフィーを振り返って笑顔で頷き合った。
『それじゃあもう休むね』
『おやすみなさい』
『皆にブルーの守りがありますように』
いつものお休みの挨拶をして手を振って消える伝言のシルフを見送り、四人は同時に小さくため息を吐いて笑い合った。
「では、詳しい話は明日の夜だな。ふむ、上手く話せるようにまとめておかねばなあ」
腕を組んで苦笑いするギードに、三人は揃って笑いながら残っていたグラスを掲げたのだった。
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