畑仕事をしながら

「それにしても、毎日良いお天気が続きますねえ。おかげでどれも元気に育ってますよ」



 畑で夏野菜の出来具合を見ていたアンフィーが、立ち上がって腰を伸ばしながらよく晴れた空を見上げる。



「確かにそうだなあ。この時期って天候の急変が多くて畑仕事をする時なんかには注意が必要なんだけど、このところ良いお天気続きだな」

 隣の畝で、同じように腰を伸ばしていたニコスも笑いながらそう言って空を見上げた。



「真っ青な空ですねえ」

「そうだな。よく晴れてる」

 アンフィーの呟きに、ニコスも空を見上げたまま笑顔で答える。



「ねえニコス。ここに来てからいつも思っていたんですが、ちょっと作業をしながらで良いんで聞いてもらえますか」

「うん? もちろん。一体何を思っていたんだ?」

 てっきり自分達に何か不満があって、こっそり言いたい事があるのだとばかり思い慌てて振り返ったニコスは、楽しそうな笑顔で空を見上げているアンフィーの横顔を見て自分の勘違いに気がついた。

 嬉しそうな笑顔のまま、空を見上げていたアンフィーは大きな体にふさわしい大きな深呼吸を一つしてからニコスを振り返った。

「蒼の森から見上げる空は、ロディナの空よりも綺麗な気がします。私はずっとロディナで生まれ育って他の土地を知りませんから特にそう思うのかもしれませんが、蒼の森で見る景色は、空も森の緑も本当に綺麗だと思いますね」

 照れたようにそう言って笑ったアンフィーに、ニコスも笑って大きく頷く。

「それに何て言ったら良いんでしょうかね……この空を見上げていると……そうだ。透明度の高い深い湖を覗き込んでいる時みたいな感じで、不意に吸い込まれそうな気がするんですよね。それに、何だか空の青がロディナよりも濃いような気がします」

「どうだろうなあ。逆に俺はロディナの空を知らないから何とも言えないけど、確かに蒼の森の空は、言われてみれば他の土地よりは透明度が高いような気はするなあ」

「どうしてなんでしょうか。やっぱり空気が綺麗なんですかね?」

「どうだろうなあ。でも確かに空気が綺麗ってのはあるだろうな。オルベラートの街から見上げた空よりも、言われてみれば透明度は高い気がするなあ」



 改めて空を見上げながら、今となっては胸の痛みもなく思い出せる懐かしいオルベラートでの様々な生活を思い出す。



「私はオルベラートって行った事が無いんですが、王都はなんて名前だっけ? 確かユニ……」

「王都はユニオニール。ファンラーゼンとは違って街の周囲に城壁は無いな。なだらかな平地が広がる土地に発展した賑やかな良い街だよ」

「へえ、そうなんですね。国によって街の作りにも違いがあるんだ」

「俺だって、オルベラートの王都であるユニオニールや一部の辺境の地、この国ではブレンウッドの街くらいしか知らないよ。興味があるならギードに聞いてみると良い。彼は元冒険者だから、ファンラーゼンだけじゃなくオルベラートにもかなり長い間いたらしいからな」

「へえ、そうなんですね。それはちょっと興味があります。じゃあ今夜にでもギードに聞いてみます」

 目を輝かせてそう言いながら隣の畝に移動したアンフィーは、また別の苗の出来具合を調べ始めた。



「何だ。ワシに何か用か?」

 その時、先ほどまで収穫していたトマトをまとめて倉庫に持って行っていたギードが、空になった籠を両手に抱えて戻って来た。

 ちょうどアンフィーの呟きが聞こえたらしく、不思議そうに彼を見上げる。

「今、ニコスに聞いたんですが、ギードは元冒険者なんですって?」

 まるで子供のように目を輝かせるアンフィーに、ギードは何度か目を瞬いてから満面の笑みになった。

「おう、そりゃあ行った事が無い場所を探す方が早いくらいに世界中を回ったぞ。実を言うとな、ここだけの話じゃが一度だけだがタガルノにも行った事があるぞ」

「ええ! あの、タガルノに……ですか?」

 その話は初耳のニコスも驚いて作業の手を止めてギードを振り返る。

「まあ、若気の至りってやつじゃな。興味本位で一度だけ若い時にとある商人の護衛役で行った事がある。もう何十年も前の話じゃよ。それこそ前の王が即位して間もない頃の事だな」

「へえ、どんな風なんですか?」

「ワシが行ったのは、国境を超えて一番最初にたどり着く、イグレダって街だけじゃが、ブレンウッドのような城壁に囲まれた城郭都市だったな。一見華やかで店も多いし賑やかなんだがろくな街じゃあなかったよ」

 ギードが持ってきた籠を抱えて新しいトマトの畝に移動したアンフィーが、その言葉に驚いたように振り返る。

「俺が護衛していた商人は薬屋をやっとってな。出来上がった薬はもちろん、タガルノでは手に入らない薬の素材も多く取り扱っておった。こちらではさほど珍しくもない薬でも、タガルノでは場合によってはとんでもない高値がつく。出入り出来る商人は限られていたが、皆かなり儲けておるみたいだったぞ。わずかな期間の護衛の給金にしては破格の報酬だったからなあ」

「へえ、でもまあ何処ででも上手くやって儲ける商人はいますからね」

「確かにそうだなあ。だがあの街は何というか……とても不自然で不自由な感じがした。一部の人をのぞいて外国人の行動はかなり制限されておって勝手に街から出る事は許されなかったし、街の中での行動にはあちこちに監視の目があった。まあ、今どうなっておるかは知らぬが」

「行動が監視されてるって……」

 驚くアンフィーにギードは苦笑いして肩を竦める。

「とにかく、街中のありとあらゆる場所に兵隊が立っておる。そしてこれ以上ないくらいに偉そうなんじゃよ」

 ギードのその嫌そうな言葉に、アンフィーも納得したのか苦笑いしている。

「そして、言ってみればハリボテの街じゃったな」

「ハリボテ、ですか」

 しみじみとしたギードの呟きに、トマトの実を選んで切っていた手が止まる。

「そう、ハリボテじゃ。外国からの商人が出入りするイグレダの街は、いわば見せかけの街なんじゃ。行動を制限されれば、破りたくなるのが人情ってものだろう?」

 得意気なギードの言葉に、ニコスとアンフィーが揃って吹き出す。

「おいおいギード。お前さんまさか……」

 呆れたようなニコスの言葉に、自分も籠を抱えてトマトの畝に移動したギードは笑って肩を竦めた。

「おう、盛大にやらかして酷い目にあったよ。だがこの話をすると長いからなあ。詳しい話は夕食の後にでも話してやるよ」

「お前、よく生きてたなあ」

 呆れたようなニコスの呟きに、今度はギードとアンフィーが揃って吹き出したのだった。

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