お疲れ様と楽しいからかい
「ふう、もうこんな時間だ」
暦の計算問題を一生懸命解いていたレイは、時を告げる鐘の音に気づいて書いていた手を止めて顔を上げた
久しぶりの天文学の授業は、楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまった。
「はい、では今日はここまでにしましょう。お忙しい中、月の観測も定期的に続けていただいているようで、とても有難いです」
レイが渡した最近の観測をまとめたノートを手に、天文学のアフマール教授は嬉しそうだ。
時折、授業の後に観測ノートを教授に渡して見てもらっているのだが、レイが使っている天体望遠鏡はかなり性能が良いらしく、細かな模様まで観測出来るので、他の教授や助手の方達にも重宝されているらしい。
「では、次回の授業の予定はこちらで調整して後日連絡いたしますね」
「はい、よろしくお願いします」
笑顔のレイの元気な返事にアフマール教授も笑顔になる。
「ありがとうございました!」
資料をまとめて部屋を出ていく教授を見送り、レイも自分の資料をまとめて片づけて鞄に突っ込む。それから戸締りをして明かりを消してから鞄を抱えて廊下に出た。
「お疲れさん。クラウディア達はお祈りの時間があるからって言って先に帰ったよ」
廊下で待っていてくれたマークが、出てきたレイに気付いて教えてくれる。
「お疲れ様。あれれ、そうなんだ。残念」
もう一度顔を見られると思っていたのでちょっと残念だったが、お勤めのお祈りの時間なら仕方がない。
「俺達だけ会ってて悪かったなあ」
にんまりと笑ったキムにからかうようにそう言われて困ったようにため息を吐いたレイは、黙ってキムの額を何の前触れもなく思いっきり指で弾いた。
見事に決まり、声も出せずに床に沈んだキムを見てマークが堪えきれずに大きく吹き出す。
「こらこら、待て。何もしていない俺を蹴るんじゃない」
転がったキムが足を伸ばして八つ当たりで自分を蹴ろうとするのを見て、まだ笑っていたマークは慌ててそう言いながら後ろに下がった。
それからレイとマークは顔を見合わせてひとしきり笑い合い、同じく笑いながらまだ床に転がっていたキムを二人で引っ張って立ち上がらせてやった。
「ところでティミーは?」
マークとキムの二人だけしか廊下にはいないので、先に帰ったのだろうか?
周りを見ながらそう尋ねると、キムが笑って廊下の奥を示した。
「別室でロベリオ様達と一緒に待ってるよ。さすがにあの顔ぶれで廊下に出て来たら大騒ぎになるって」
肩を竦めるキムの言葉に、納得して改めて鞄を持ち直したレイは、二人と一緒に足早に別室へ向かった。
「お疲れさん。それじゃあ帰るとするか」
大きなソファーが置かれた応接室のような部屋で揃って座って待っていたロベリオとユージン、それからティミーとカウリがレイ達の顔を見て立ち上がる。
「それではケレス学院長。明日から彼を通わせますので、どうぞよろしくお願い致します」
ロベリオの言葉に笑顔になったケレス学院長は、ロベリオと改めて握手を交わした。
「では、明日からよろしくお願いします。本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございました」
「はい、どうぞここでしっかりと精霊魔法や様々な事を学んでください。協力は惜しみませんからね」
笑顔のティミーとも握手を交わしてそう言ってくれたケレス学院長は、ティミーの側に立つと大人と子供どころの体格差ではない。身長差はまあ当然だが、横幅に至ってはティミーの数倍は軽くあるだろう。
いつも思うがあの中には何が入ってるんだろうと若干失礼な感想を内心で抱きつつ、レイも笑顔で久しぶりに会ったケレス学院長と挨拶を交わしていた。
見送りに出てきてくれたケレス学院長や事務方の人達に笑顔で手を振り、一行はそれぞれのラプトルに乗って本部へ向かった。
「それで、初めての精霊魔法訓練所はどうだった?」
鞍上でのユージンの声に、少しぼんやりして前を見ていたティミーは慌てたように背筋を伸ばした。
「明日から通うのが楽しみです。早くいろんな精霊魔法を覚えて、シルフ達ともっと沢山自由にお話し出来る様になりたいです」
「おお、頑張れ」
目を輝かせるティミーの様子に、ロベリオとユージンは安堵したように笑っていた。
「ティミーは光の精霊魔法にもかなり高い適性があったもんなあ。今後の彼の成長次第では、武術は最限度の習得だけにして、実戦では精霊魔法に特化させるってのも確かに一つの手だよなあ」
ロベリオとユージンと並んでラプトルを進めるティミーの小さな背中を見て、カウリはごく小さな声でそう呟いた。
実は、もしもティミーが成人年齢までに体力的に武術の習得が無理だと判断された場合、精霊魔法に特化させた、いわば精霊魔法使いの竜騎士として働かせる事も対策の一つとして考えられているのだ。
ジャスミンやニーカの竜司祭と同じく全く前例のない役職なので、もしもそういった役職を新たに作るとなるとかなりの調整や根回しは必要だろう。
だが、あの少食さと体の線の細さを見る限り、正直言ってレイルズのような急激な成長は望み薄なのではないかと、カウリは密かに心配しているのだ。
「まあ、本人はかなりやる気になってはくれているみたいだけど、実際にこればっかりはなあ。どうなるかなんてのは……それこそ、精霊王のみがご存知なんだろうさ」
ため息と共にそう呟くと、今度は聞こえたらしいレイが、驚いてカウリを振り返った。
「ええ、何が精霊王だけがご存知なの?」
目を瞬いたカウリは、レイを見てにんまりと笑った。
「いやあ、ロベリオとユージンの結婚式も近づいて来たことだし、レイルズ君と彼女の間にも、そろそろ何か新しい変化があってもいいんじゃあないかと思ってね」
その言葉に一瞬で耳まで真っ赤になったレイは慌てたように小さく首を振った。
「待って待って、一体何の話? ねえ、新しい変化って一体何!」
「ええ、そこを俺に聞くかあ?」
笑って態とらしく肩を竦めるカウリの言葉に、何事かと振り返ったロベリオ達だけでなく、彼らの前後を守っていた護衛の者達までがあちこちで吹き出して大笑いになったのだった。
「もう、知らない!」
レイはそう叫んで、見えてきた本部目掛けて一気にラプトルを走らせる。キルートとレイの護衛の者達が遅れずに即座について走り出す。
「ああ、逃げたな」
呆れたようなカウリの言葉に、とうとう我慢していたキムとマークまでが笑い出してしまい、振り返ったカウリと顔を見合わせて笑い合った。
そんな彼らの周りでは、一緒になって大喜びで笑い合っていたシルフ達が、手を取り合って楽しそうにくるりくるりと輪になってダンスを踊っていたのだった。
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