レイの想い

「本当の精霊王への誓い……すごいや」

 目の前で見た、まるで物語の中の一場面のようなその様子に、レイは密かに感動に震えつつ小さくそう呟いてマイリーを見た。

「まあ、そういう事だから、レイルズも迂闊に口外しないようにな」

「はい、もちろんです!」

 子供のように目を輝かせて何度も頷くレイに、マイリーは苦笑いしていた。



 そのあとは、もう少し具体的にギードが見たタガルノの街の様子や国境にあるタガルノ側の関所の様子などを詳しく話していた。

 あくまでも参考資料だと言いつつも、マイリーとルークは特に真剣にメモを取りながら幾つも質問をしていて、ギードはもう途中からは必死になって思い出しながら話をしていたのだった。



「すっかり時間を取らせてしまいましたね。お仕事をしていたのに申し訳ない」

 ようやく話も尽きたらしく、苦笑いしてそう言ったマイリーが手にしていた手帳を胸元に戻す。ルークも同じように手帳を小物入れの中に戻して改めてギードの使いのシルフを見る。

「貴重なお話をありがとうございました。また機会があれば今度はオルベラートの地下迷宮の話を是非聞かせてください」

『こちらこそ思いの外楽しゅうございましたわい』

『こんな事でよければいつなりともお相手いたしますぞ』

『ならばオルベラートの話をする際には』

『ニコスにも参加してもらわねばなりませぬなあ』

 そう言って照れ臭そうに笑ったギードの様子まで、律儀に伝言のシルフが再現してくれる。

 その言葉に、ルーク達も笑って嬉しそうに頷いていたのだった。




「ああそうだ。ねえギード!」

 話は終わりだと思っていた時に突然大声を出したレイに、ギードのシルフが飛び上がって驚く。

『おう何事じゃ?』

「あのねあのね、以前栗拾いに行った時に、ギードが冒険者だった頃に描いた地図があるって言ってたよね。あれってどうなったの? もしかして無かったのかな?」

 何事かと身構えていたギードの使いのシルフが、安堵したようにため息を吐く。

『ああ地図じゃな』

『もちろんございますぞ』

『昨年末に大掃除をしていて見つけましたわい』

『もう忘れておるかと思っておったが』

『覚えておったか』

 笑うギードのシルフに、レイは得意げに目を輝かせながら頷く。

「忘れる訳ないよ。ねえ、僕その地図を見てみたい!」

 身を乗り出してシルフに向かって叫ぶ様子にギードも思わず笑顔になる。

『了解じゃ』

『ならばニコスが次にそちらに荷物を送る際に』

『頼んで一緒に送る事に致そう』

「見せてもらったらまた送り返せばいいね。あ、でも秋頃に一度休暇を貰えるって聞いてるから、森に帰れるんだって。だったらその時でも良いかな?」

 真剣に考えるレイの言葉に、ギードのシルフが嬉しそうに笑う。

『おう秋には休暇をもらえるのか』

『それは嬉しいのう』

「ああ、しまった! 直前まで内緒にしてて皆を驚かそうと思ってたのに、うっかり言っちゃったよ」

 慌てたようにそう呟いて口元を覆うレイを見て、ルーク達が揃って吹き出す。

「ううん、レイルズ君。今のはちょっと迂闊だったなあ」

 からかうようなルークの言葉に、レイが悔しそうにしつつも笑って頷く。

「でも、出来たらタキス達には内緒にしててよ。今のは僕とギードだけの内緒のお話って事でお願い!」

 無邪気なレイの言葉に、ルーク達がまた堪え切れずに口元を押さえて笑っている。

『わはは』

『そりゃあ良いわい』

『了解じゃ』

『ならば今のは聞かなかった事にする故』

『ワシは何も知らんからな』

「ありがとうギード! 大好き〜!」

 胸元で手を組んで叫ぶその様子にルーク達だけでなく、その様子をシルフが律儀に再現してくれたおかげでギードまでが盛大に吹き出してしまい、その場は笑いに包まれたのだった。




「お疲れ様。それじゃあお仕事頑張ってね」

 手を振る伝言のシルフ達がくるりと回って次々に消えて行くのを見送ってから、レイは小さくため息を吐いた。

 今の話は本当に驚きの連続だった。レイにとっては、タガルノは全く何も知らない、単に隣にある怖い国だ。

 ニーカとクロサイトの故郷であり、精霊竜を憎んで殺す国。そして、大人が子供に日常的に暴力を振るうのが当たり前なのだと言う。恐ろしい常識がまかり通っている国でもあるらしい。

 それに、新しく即位したはずの今の王様もどうやらあまり優秀なお方では無いと聞いた覚えがある。

 ガイをはじめとしたアルカディアの民達が向こうで色々と活躍してくれているらしいが、彼らがタガルノで具体的に何をしているのかなんて、レイは全く知らない。

 だが、少なくとも今のギードの話を聞いて、市井の人々はファンラーゼンとはそれほど違いはないようで安心した。

 しかし、ファンラーゼンと違って国自体が貧しいためなのか、下々の者達にまでなかなか教育が行き届かず、識字率はかなり低いようだ。

 ファンラーゼンでは、地方ではまた事情が異なるが、オルダムの街だけで言えば識字率は相当高いと聞く。

 街の住民達は最低限の読み書き程度は皆出来る。難しい算術や長い文章を書いたりするのはさすがに無理だろうが、神殿でのお祈り用の冊子を渡されると、皆それを見ながらその場でお祈りの言葉を唱えられるくらいには読めるのだ。

「ニーカも、この国へ来てから文字や算術を覚えたって言っていたものね。もっと、人々が幸せに暮らせるようになればいいのにね」

 いつの間にか自分の肩に座っていたブルーのシルフに、レイはそう呟いて様々な思いを込めたキスを贈ったのだった。

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