適性の話とジャスミンの決意

「そういえば、ティミーの適性検査の結果ってどうだったの?」

 レバーフライを挟んだ三つ目のパンを食べ終えたレイが、スープを少し飲んでからティミーを振り返った。

 その質問に、こちらはまだ一つ目の同じくレバーフライを挟んだパンを食べていたティミーが顔を上げる。

「ええと、適性は以前調べた時よりもどれもかなり上がってたらしくて、風と水は高位適性の認定を受けました。それから、以前はほとんど無かった火と土にもかなりの反応があったって聞きました。なので全属性に相当高位の適性が確認されたって言われて、ええと、全属性高位適正って受講票と学生証に書かれました」

「おお、さすがは竜の主だなあ。まだ、全く精霊魔法に関する知識が無い状態でも高位認定されちゃうんだ」

 感心したようなキムの呟きに、ティミーは食べかけのパンを置いて困ったように首を振った。

「そうですよね。僕も同じ事を思ったので教授方やロベリオ様やユージン様にもそう言ったんですが、適正の認定は精霊魔法を操る技術とは違うからって言われました」

 大真面目なティミーの言葉に、横で聞いていたマークも笑いながら頷く。

 当然マークも全属性高位適性の認定を受けている。

 今ではどの精霊魔法も軽々と制御して使いこなしている彼だが、ここに来てからレイと出会うまでの間、精霊魔法の中でも比較的簡単とされる一番の攻撃魔法の基本であるカマイタチやカッターさえ全く使えず、長い間恥ずかしい思いをしていたのだ。

「そうだったよなあ。大層な事を受講表に書かれてるのに、ろくに攻撃魔法が出来なくて長い事恥ずかしい思いをしていたんだよなあ」

 ベルトの小物入れから自分の学生証を取り出して眺めながらそう呟く。

「あら、そうなんですか?」

 不思議そうなジャスミンの言葉にマークがジャスミンを見る。

「あれ、話した事無かったっけ?」

 そう言って小さく笑い、自分がここへ来てからなぜか攻撃魔法だけが全く出来ずに苦労した事を詳しく話した。

「で、レイルズに麦を刈る時のやり方を教えてもらって、それでコツを掴んだんだよ」

「麦を刈る時ですか?」

 首を傾げるジャスミンと違って、ニーカとクラウディアは納得したように何度も頷き、ジャスミンに実際の麦を刈る時のやり方を説明していた。



「左手で麦の束を掴んで、右手で持った鎌で切る。確かにカマイタチっぽいですねえ」

 二人に教えられた通りに空中で何かを掴んで切る振りをして、納得したようにジャスミンが何度も頷く。

「これなら確かに、もっと上手くカマイタチの技が出来そうですね。ありがとうございます。あとでやってみます」

 真剣な顔でそう言われて、逆にジャスミン以外の全員が驚く。

「あれ、ジャスミンって下位の実技は全部終わってたはずだよね?」

 上位の実技は少し苦労していると聞いているが、下位で苦労したとは聞いていない。

「ええ、何とか及第点は貰えたんですが、なんて言うか……何度やっても自分で上手く出来たって思えないんです。特にカマイタチは、ある程度時間をかけて集中してからやらないと威力のある技が放てないんです。教授は、攻撃魔法には慣れもあるからってあまり気にしておられないようなんですけど、正直言っていざって時に即座に出せる自信は全くありません」

「ジャスミン、貴女一体何と戦うつもりなのよ」

 呆れたようなニーカの言葉に、レイやマーク達も苦笑いしつつ頷いている。

「だって、そりゃあ私は竜司祭になるのだから、竜騎士様みたいに危険な最前線での戦いに出る事は無いでしょうよ。でも、だからと言ってオルダムにいれば絶対に安全って訳ではないわ。もしも私の目の前で大事な誰かを傷付けられるような事があったら……って考えたら、そんなの絶対に嫌だもの。今の私には、誰かを守れるだけの力があるわ。それだけのものを私は伴侶の竜であるコロナから貰ったんだもの。その力を使いこなせるように訓練するのは、竜の主としての義務ではなくて? 実際に使うかどうかは、この際問題じゃあないわ」

 真剣なジャスミンの答えに、笑っていた全員の顔をが一気に真顔になる。

「そりゃあ確かに、私は戦いなんて怖いし、実際にそんな場面に遭遇すれば、きっと何も出来ないわ。以前、花祭りの最後の日に神殿でディアがナイフを持った男性が暴れた時に巻き込まれそうになった事件があったでしょう」

「合成魔法の盾が偶然発動したあれだね」

 レイの言葉に、ジャスミンも真剣に頷く。

「あの時、レイルズは咄嗟に光の盾を飛ばしただけでなく、自ら飛び出してディアを庇って男のナイフを弾いて彼女を守ったわ」

「まあ、彼女を守らなきゃって思って必死だったからね」

 照れたようなレイの言葉に、笑ったニーカが小さく拍手をする。

「すごい距離をひとっ飛びだったもんなあ」

「確かにあれは凄かった」

 マークとキムも苦笑いしながら頷き合っている。

「マークとキムは、即座に精霊魔法の盾を飛ばして彼女を守って駆け寄っていたし、ニーカだって自分の竜に咄嗟に助けを求めたでしょう?」

「まあね、私も精霊魔法の盾を飛ばせれば良かったんだろうけど、咄嗟に口から出たのはスマイリーに助けを求める言葉だったものね」

 苦笑いするニーカの言葉に、ジャスミンはため息を吐いて首を振った。

「それだけでも凄いわ。私なんて、恥ずかしいけど悲鳴をあげて顔を覆う事しか出来なかったもの」

「いやいや、それが普通の反応だって。レイルズも俺達もそんな時の為に鍛えてるんだから、俺達にはあれが当然の反応なんだって。だからジャスミンは、自分が何も出来なかったからって恥ずかしく思う事は無いよ」

 マークが慌てたようにそう言って、俯いたジャスミンの背中を撫でる。

「あの後、何度も思ったの。私ももっと強くなりたいって。そりゃあレイルズ達みたいに剣を持って戦う事は出来ないわ。そんなのは分かってる。だけど、いざって時に誰かが助けに来てくれるまでの間だけでも、自分と周りの人を精霊魔法で守れたらなって。今はそう思ってるの」

 ジャスミンの真剣な言葉を、ティミーは食い入るように聞いている。そしてそれぞれの竜の使いのシルフ達もまた、真剣に彼女の言葉を聞いていたのだった。



「確かにそれは有効かもしれないな。実際には竜の主であるジャスミンに早々危険があるとは思えないけどさ。そんな風に考えておくだけでも、万一何かあった時の対応に雲泥の差が出ると思うな」

 大きく頷くキムの言葉に、ニーカとクラウディアも真剣な顔で頷いた。

「そうね、日々の心がけが有るのと無いのでは違うわよね。ありがとうジャスミン、私ももっと頑張って攻撃魔法も出来るようになるわ」

「いやいや、ニーカこそ一体何と戦うつもりなんだって。それなら、いろんな盾を即座に作ったり飛ばせる訓練をしろよな」

 笑ったキムの言葉に、ニーカが誤魔化すように笑って舌を出し、その場は温かい笑いに包まれたのだった。

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