内密の話

「まあ、軍部関係はそんなところかな。まだ君達が実戦に出る事は無いから、この辺りはもう少し後から改めて説明したほうが良さそうだね」

「だな、これこそ実際に体験すれば間違いなく理解出来るんだけど、机上の説明だけではなかなか分からないと思うよ」

 ロベリオとユージンの説明に、タドラも苦笑いしつつ同意するように何度も頷いている。



 若竜三人組から軍内部における竜騎士隊の扱いについて詳しい説明をしてもらい、ようやくさまざまな事を実感して理解し始めていたレイは、改めて聞いた詳しい説明が以前とは違いよく解る事に密かに驚いていた。

 しかし、逆に軍関係の話はティミーにはまだ難しかったらしく、これらは先程とは違ってずっと黙ったままひたすら聞いているだけだった。そんなティミーを見て、ロベリオとユージンは苦笑いしながら何やら真剣に相談しながら手帳に書き留めていたのだった。



 その後はグラントリーが来てくれて、それ以外の貴族達との関係や神殿での祭事の際の役割、日常での竜騎士達の役割についての説明を受けた。



「ううん、竜騎士様の役割って、僕が思っていた以上に色んな事があるんですね。僕、大丈夫かなあ。やっぱり自信ないや」

 一番最初の基本的な説明が終わったところで、一礼して部屋を出て行くグラントリーを見送ったティミーは、小さなため息を吐いて自信なさげにそう呟いた。

「大丈夫だって。今の説明でほぼ理解出来てるだけでも充分優秀だよ」

「だよな。俺、ここへ来てすぐの頃にグラントリーから同じ説明を受けたけど、正直に言うとさっぱり分からなかったものなあ」

「俺も似たようなものだったなあ。貴族間の関係や役割についてはある程度はわかったけど、特に軍関係はさっぱりだったよ。俺には関係のないところだと思ってたからね」

 揃ってしみじみとそう言って頷きあうロベリオとユージンを見て、タドラは呆れ顔だ。

「まあ僕も似たようなものだったけどね。逆に僕の場合は、個人的なゴタゴタが多かったから、特に最初の頃って記憶そのものが曖昧なんだよね」

「毎晩、帰りたいって泣いていたもんなあ」

「言わないで。だけど割と本気で逃げる気になった事が何度もあるよ」

 恥ずかしそうなタドラの言葉に、レイとティミーが目を見開く。

「だよなあ。だけど俺達だって似たようなものだったから、偉そうな事は言えないけどな」

 顔を見合わせて笑い合うロベリオとユージンを見て、戸惑うように顔を見合わせるレイとティミーだった。

「まあ、誰だって新人の時は不安だし、分からない事だらけで逃げたくもなるって事だよ」

 もう一度顔を見合わせたレイとティミーは真剣な顔で揃って何度も頷くのだった。




 その後は、若竜三人組の新人時代にやらかしたさまざまな出来事や、出来なくて苦労した事などを聞かせてもらった。

 特に、体力的に平均以下だったために身体作りに苦労したタドラの話を、ティミーは真剣に聞いていたのだった。

「確か、マイリーも苦労したって言ってたよね」

「ああ、そりゃあそうだろうさ。彼の場合は特に衰えは酷かっただろうからね」

 ロベリオとユージンの言葉に、タドラとティミーが不安そうにしつつも小さく頷くのを見て、レイは少し考えて右手を上げた。

「はい、質問です」

「おう、どうした?」

 ロベリオの返事に、ユージンとタドラだけで無く、ティミーまでが驚いたように顔を上げてレイを見た。

「今の会話って? 衰えが酷かったって、マイリーに何かあったんですか?」

「あれ? もしかして……聞いてない?」

 急に真顔になった三人の言葉に、レイは困ったようにティミーを振り返った。

「えっと……今の話、ティミーは分かってるみたいだったけど?」

 するとティミーは困ったようにロベリオを振り返った。

「まあ少しは。だけど、これって僕が言っていいような話じゃあないですよね?」

 真顔で頷いたユージンが、ロベリオに何か耳打ちしてから立ち上がった。

「ごめん、すぐ戻るからちょと待っていてくれるかい」

 揃って頷く見習い二人に笑いかけて、早足でユージンは部屋を出て行ってしまった。



 しばらく、居心地の悪い沈黙の時間が過ぎる。

「ごめん、お待たせ」

 そう言って戻ってきたユージンは、ロベリオとタドラの二人と顔を寄せて小さな声で何やら相談を始めた。

 顔を見合わせて困っていると、大きなため息を吐いたロベリオが振り返って席に座った。二人も左右に座る。

「あのな、ティミーは知っているみたいだけど、一応最初から説明しておくから。これは公然の秘密として扱われてて、公式の場での話題は禁止だ。つまり、口外無用。いいな」

 真顔のロベリオに言われて、レイは慌てて居住まいを正した。隣でティミーも同じく座り直して背筋を伸ばしていた。



 三人の口から語られた、マイリーが国境の十六番砦勤務だった若い頃に、突然始まった大規模な戦いでタガルノの捕虜となり紫根草の中毒にさせられたのだという話に、レイは驚きのあまり声を出す事すら出来ずにいた。

「俺達も話に聞いただけで実際に見た訳じゃあないから、どれほど酷かったのかって聞かれても答えられないけどさ。半年後に捕虜交換で帰国した時、彼は自力で歩く事はおろか立ち上がる事さえ出来なかったって聞いているよ。そのまま白の塔にある薬物患者専門の施療院に入院して、自力で動けるようになるまで四年近くかかったんだって聞いた。その後、二十六歳の時にようやく動けるようになった頃に面会の順番が来てね、なんとか無理をして行った竜の面会で、彼も運命と出会う事になったわけ」

「捕虜になってお体を悪くされていたんだって聞いてました。まさか紫根草の中毒にさせられていたなんて……」

 怯えたようなティミーの呟きに、ロベリオが立ち上がってティミーの背中を何度も撫でていた。

「俺達だって、これに関しての詳しい話を聞いたのは最近なんだ。ほら、ニーカがここへ来た時、クロサイトが紫根草の中毒にかかっていて大変だったんだよ。その関係で紫根草の話がちらほら出てきてね。それで、いい機会だから改めて教えておくって言われて、ヴィゴから詳しい説明を聞いたんだ」

 ロベリオの説明に、レイとティミーは言葉もなく、揃って半泣きになりながら頷く事しか出来なかったのだった。



 会議室の壁面に作り付けられた戸棚の一番上の段では、ブルーのシルフだけでなく、それぞれの竜の使いのシルフ達も揃って並んで座り、真剣な顔で話をしている彼らの主を見つめていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る