夏のお菓子と勉強会の始まり

「美味しそうなケーキだね。これは初めて見るけどすごく綺麗」

 席につき、目の前に出されたケーキを見てレイは嬉しそうにそう言って笑顔になる。

 すると、それを見て何故かティミーが得意げに胸を張る。

「これは母上が皆様でご一緒にって言って、ここへ来る時に持たせてくれたんです。母上が贔屓にしている菓子職人の店の夏の新作ケーキですよ」

 丸いケーキをカットしたそれは、土台の部分はどうやら分厚いビスケット生地のようだが、その上の部分は綺麗な透明の層になっていたのだ。

 ほんのりとだが青い色のついた透明のそれの中には、星の形にカットされた様々な果物やチョコレートが沈んでいて、まるで泉の水を一部分だけ切り取ってお皿に乗せたかのような不思議な眺めだったのだ。

「へえこれは凄い、ここまで透明なゼリーは初めて見るね」

 感心したようなロベリオの言葉に、ユージンとタドラも揃って頷いている。

「えっと、ゼリーってガラスの器に入ったのは見るけど、こんな風に切っても大丈夫なんだね」

 グラスに入ったゼリーなら、レイも何度も食べた事がある。柔らかくてプルプルとした不思議なお菓子で、スプーンですくったら、すぐに形が崩れてしまうくらいに柔らかい。それに口の中に入れると、あっという間に溶けて無くなってしまうのも不思議なお菓子なのだ。

「これはゼリーとは違って、植物から作るんだって言ってました。どうやって作るのかは僕も知らないですけどね」

 笑ったティミーの言葉に、思わずレイは首を傾げる。

「ええ、待って。ゼリーって……そもそも何から出来てるの? 僕、何かの植物の絞り汁なんだって思ってたけど」

 しかし、レイの質問にはさすがのロベリオ達も困ったように首を振っている。

「お前知ってるか?」

「レイルズが知らない事を、僕が知ってるわけないです」

 振り返ったロベリオに聞かれて、タドラも苦笑いしつつそう言って首を振る。

「知ってる?」

 ロベリオに聞かれて、ちょうどお茶を出していたラスティも困ったように首を振った。

「ロベリオ様。ゼリーに使われているのは、動物の皮や骨などを長時間煮出してして取り出されるゼラチンと呼ばれる特殊なものでございます。実際にどのようにして作られているのかは、残念ですが私も知りませんね。何でも、ゼラチンの製造を一手に担っているドワーフギルドでも、これは直接製造に携わっている方々しか知らない秘伝の技術なのだと聞いたことがありますね。元を正せば、これも文字や印刷技術と同じく、竜人からドワーフ、人へと教え伝えられた知識なのだとか」

 見兼ねた執事の一人が、苦笑いしながらそう教えてくれる。

「へえ、そうなんですね。初めて知りました。じゃあ、味わっていただくことにします」

 笑顔でそう言い嬉しそうに大きく切ったケーキを食べるレイを見て、ロベリオ達も笑ってそれぞれにケーキを切って口に入れた。

「へえ思ったよりしっかりしてたけど、やっぱり口に入れたらすぐに溶けて無くなったね。ううん、これは美味しい」

 嬉しそうなレイの言葉に、ティミーも笑顔で食べ始める。

「美味しいし見た目も華やかで涼しげで良いね。どこのお店なのか後で教えてもらおう。これは女性が喜びそうだ」

 ロベリオがそう呟き、ユージンとタドラも揃って頷いている。

 どうやら女性へのお届けものに良さそうなので、レイもどこのお店なのか後で教えてもらおうと密かに考えていた。



 その後は聞いていた通りに場所を変えて、小さな会議室に向かう。

 若竜三人組とレイとティミーだけなので、それほど広い部屋は必要ない。

「まあ座って。後でグラントリーも来てくれるけど、竜騎士関係の事については、まずは俺達が説明するからね」

 ロベリオの言葉とともに分厚い紙の束を渡され、レイとティミーはそれぞれ真剣な顔でそれを受け取った。



「まずはここからだね」

 ユージンの言葉に、レイとティミーはもらった資料をめくる。

「まず、一番最初に知っておいてもらう事はこれだね。竜騎士とは、竜の主の事。竜の主とは精霊竜と絆を結び、共に生きる事を選んだ人の事だよ」

 話し始めたロベリオの言葉に、二人が真剣な顔で頷く。

「竜の主と人の精霊使いとで大きく違うのは、竜の主は、そもそも竜の主となった事により精霊魔法を使えるようになったって事だ。なので基本的に、その伴侶の竜の使える精霊魔法がそのままその主が使える精霊魔法になる。光の精霊魔法は全ての竜が扱えるんだけど、人の中には光の精霊魔法に対して全く適性を持たない人が多くいる。なのでその場合は、残念ながら光の精霊魔法は竜の主でも扱えないわけだ。それ以外の四大精霊に関しては、全く適性の無い竜の主であっても最低限の精霊魔法程度は扱える。その場合は逆に適性が高い精霊魔法は高位まで扱える場合が多いね」

 素直に感心する二人を見てロベリオ達は苦笑いしている。



「だからこう言っちゃあ何だけど、最強の古竜の主であるレイルズは、言ってみれば最強の精霊魔法使いでもあるわけだ」

「仮に俺達が三人がかりで本気で戦ったとしても、若竜の主である俺達では、古竜の主であるレイルズ一人には絶対敵わないね」

「そうだな。三人揃って叩きのめされる結果しか想像出来ないよ」

「そうだよね。間違いなく一瞬で勝負はつくだろうね」

「僕、そんな事しません!」

 揃ってしみじみと頷き合う若竜三人組の言葉に、慌てたようなレイの声が重なる。

「あはは、まあこれはものの例えだよ。そんな事、俺達だって絶対嫌だよ」

 すごい勢いで頷くレイを見て、若竜三人組はまたしても揃って苦笑いしていたのだった。



『そんな事態は、我も御免こうむるな』

 苦笑いしたブルーのシルフの呟きに、一緒に並んで座っていた若竜三人組の竜達の使いのシルフが揃って頷く。

『それは我らも同じ気持ちです』

『蒼竜様と争うなど自殺行為』

『全くもってその通りなり』

 人同士の年齢以上に、竜の年齢による力の差は大きく歴然としている。

 若竜如きが何頭いようと、古竜に傷一つ付けられないのだというのは、竜達には当然の事実として理解している。

『言ったであろう。其方達が誠実である限り、我の側から何かする気は一切無いよ。心配は要らぬ』

 笑ったブルーのシルフの言葉に、若竜三人組の使いのシルフと、それからターコイズの使いのシルフも、仲良く揃って嬉しそうに頷き合っていたのだった。

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