本部と竜舎の見学
「剣を装着するのは初めてらしいから、しばらくは重く感じたりどこかに当たったりするかもしれないけど、これはもう慣れだから気にしないでいいよ」
「抜く事はまだ無いだろうけど、早く慣れるためにもこれからは普段から剣を身につけておくようにね」
ロベリオとユージンの二人からそう言われて、真新しい剣帯を締めて剣を装着したティミーは、それはそれは真剣な顔で頷くのだった。
「じゃあ、この後は竜舎かな。せっかくだから、竜騎士見習いの制服姿をターコイズに見せてやらないとね」
ターコイズの使いのシルフはずっとティミーと一緒にいるのはわかっているが、やっぱり実際に会わせてやるのが一番だ。
直接の触れ合いは、まだ出会って間もない竜と幼い主の絆を確かなものにしてくれる。
若竜三人組とレイに付き添われて、ティミーは前回と違って正面側の出入り口から表の道を通って竜舎へ向かった。
「ゲイル!」
第一竜舎へ駆け込むなり、ティミーは自分だけが呼べる大切な名前を呼び、大きな顔を柵の外まで首を伸ばしたターコイズに飛びついた。
「会いたかったぞ、ティミー」
これ以上ないくらいに優しく小さな体に鼻先を擦り付けたターコイズは、嬉しそうにそう言って大きな音で喉を鳴らした。
「僕も会いたかった」
ごく小さな声でそう呟き、大きな頭を両手を使ってしがみつくようにして抱きしめる。
しばらくじっとしたままターコイズの頭に抱きついていたティミーだったが、突然顔を上げて手を離し、少し離れた場所に両手を広げて立った。
「ほら見て! これが新しい竜騎士見習いの制服なんだよ。僕、武術の基礎は少しだけ習ったくらいで、剣を装備するのなんて初めてなんだよ。あのね、この剣は陛下が僕にくださった剣なんだよ。すごいでしょう!」
目を輝かせてそう言って、目の前でくるっと回って見せる。
「よく似合っておるぞ。なかなかに立派な騎士様振りだな」
嬉しそうなターコイズの言葉に、こちらも嬉しそうにティミーが笑う。
「これからはずっと一緒だよ。以前も言ったけど、自分の竜には、好きな時に会いに行ってくれていいんだからな」
ロベリオの言葉に、もう一度ターコイズに抱きついたティミーは嬉しそうに何度も頷いていたのだった。
心ゆくまでターコイズとの逢瀬を楽しんだティミーは、ルビーをはじめとする第一竜舎にいる他の竜達にも一通りの挨拶をしてから、揃って本部に戻った。
「えっと、この後って何かするんですか?」
本部の階段を上がりながら、レイが隣を歩くユージンに質問する。
「一旦本部の休憩室に戻って、まずは少し休んでお茶だな。その後は、ちょうどいい機会だからレイルズも一緒に、会議室で勉強会をするよ」
笑ったユージンの言葉にレイが目を瞬く。
「えっと、僕も一緒に、ですか?」
「そう。絶対に知っておかなければいけない、竜騎士としての義務と権利なんかの詳しい話だね。レイルズもここへ来て一番最初の頃に間違いなく聞いてると思うんだけどさ。多分、貴族の子息であるティミーと違って、そもそも貴族社会の身分制度や軍隊内部での竜騎士隊の扱いについてなんかは、全く理解出来ていない時だったろう? だから話を聞いていても、そもそもの基礎の部分が解っていなければおそらく覚えてないだろうし、理解もしてないだろうと思ってさ」
少なくとも聞いた事のある話なら、ニコスのシルフ達が覚えていてくれるから心配はしていないが、実際に自分で覚えているかと聞かれると、残念ながらどう考えても覚えていないので誤魔化すように笑って小さく頷く。
「だからさ。レイルズ君も、もう一度最初から覚え直しだ。まあ多分、今聞いたら以前と違ってよく分かると思うよ」
「そうですね。わかりました。じゃあ、もう一回一から勉強のし直しですね」
素直な返事にユージンだけでなく横で聞いていたロベリオ達も笑顔になる。
「まあ頑張れ。質問は随時受け付けるから、疑問に思ったらどんな些細な事でも放置しないように。いいね」
「はい!」
見習い二人の返事が揃い、廊下に並んで直立する。
「はいよろしい。しっかり勉強してくれたまえ」
からかうようなロベリオの言葉に、また見習い二人の返事が重なる。
「真面目でよろしい。でもその前に、まずはおやつの時間だよ」
ユージンの言葉にレイとティミーは大喜びで手を叩きあい、そのまま休憩室へ向かった。
「おかえりなさい」
休憩室にはティミーの従卒のロートスやマーカスも来ていて、ラスティ達と一緒にお茶の支度をしてくれていて、揃って戻って来た竜騎士達を見て笑顔で出迎えてくれた。
「はい戻りました。あのね、ゲイルに会って来たんだよ。それから本部の中をいっぱい見せてもらったんだ。一階にある倉庫には、沢山武器が置いてあったよ」
目を輝かせて、さっき見て来た事を思いつくままに報告するティミーを、マーカスはこれ以上無いくらいの笑顔で見つめていた。
ティミーにとって、ここは何もかも、見るのも聞くのも生まれて初めての事だらけの世界なのと同じように、実はティミーと共に竜騎士隊の本部へやって来た執事のマーカスにとっても、ここは彼の今まで知っていた世界とは全く違う未知の常識がまかり通っている驚きの世界だったのだ。
もちろん、一般的なマナーや常識は変わらない。
全く違っていたのは、ここでは精霊達が常に一緒にいる事が当たり前の世界だったのだ。
当然、彼らにはその姿を見る事は出来ないが、明らかにいるのがわかる事例がひっきりなしに起こっていたのだ。
現に先ほども、ティミーの為のお菓子を用意していたマーカスの手元をシルフ達が楽しそうにからかって遊んでいて、その為、時折ケーキを切っているナイフが突然動かなくなったり、綺麗にお皿の真ん中に置いたはずの切ったケーキの向きが、何故か一緒に盛り付ける果物を取るためにちょっと目を離しただけで、明らかに変わっていたりしていたのだった。
その度に驚きの声を上げて慌てるマーカスを見て、ロートスをはじめとする従卒達や竜騎士隊付きの執事達が、どうしてそうなるかの説明をしてくれた。
「本当に、ここは驚く事ばかりですね」
ようやく気が済むまで話を終えて、自分の席に戻ったティミーの後ろ姿を見ながらのその実感のこもったマーカスの呟きに、揃って密かに笑いを噛み殺すラスティ達だった。
そんな彼らの周りでは、いつもと違う顔ぶれに興奮したシルフ達が大はしゃぎしながら飛び回ったり、お菓子を突っついたり髪を引っ張ったりして遊んでいたのだった。
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