午前中の予定
「へえ、そりゃあ凄い。子供の間は精霊魔法に適性がなくても精霊達が見える事があるって話は、訓練所の講義で聞いた事があったけど、生まれて半年までの赤ん坊には精霊達が無条件で見えるんだ。しかも成長して目が見えるようになると、精霊は見えなくなるのか。へえ、なんとも驚きだ。凄いなあ」
カウリは、レイから聞いた話に何度も凄いと言って感心している。
「今度の休みに屋敷に帰ったら、その話はチェルシーにも教えてやろう」
「赤ちゃん、早く生まれて来るといいね。楽しみだね」
「そうだな。俺も楽しみにしてるよ」
無邪気なレイの言葉に、カウリも笑顔で頷く。
「ねえ、聞いていい? カウリは、男の子と女の子、どっちが良いの?」
最後の一口を食べたカウリは、笑ってレイを振り返った。
「たまに夜会なんかでも聞かれるな、それ。だけど俺はいつもこう返してるよ。元気で生まれてきてさえくれれば、男の子でも女の子でも、どちらでも嬉しいってね」
一瞬目を瞬いたレイもそれを聞いて嬉しそうに大きく頷く。
「確かにそうだね。じゃあ僕ももちろんどっちでも嬉しいから、楽しみに待つ事にします」
笑顔でそう言ったレイも残りを一口で平らげ、きちんと飲みこんでから食器を片付けてカナエ草のお茶を用意してからデザートを取りに行った。
「実を言うとさ。このところお腹の子供の様子が何だかよくないらしくて、今日、ガンディが様子を見に屋敷まで来てくれるんだよ」
カナエ草のお茶を飲みながらのカウリの突然の告白に、レイとタドラが揃ってものすごい勢いで振り返る。
「そんな……彼女についててあげなくて、いいんですか?」
心配そうなレイの言葉にカウリは苦笑いして首を振った。
「これに関しては、俺に出来る事なんて一つも無いって。屋敷にいたって邪魔になるだけだよ」
ため息を吐いてそう言ったカウリは、肩をすくめて見せる。
「それはそうかもしれないけど……」
「いや、一応シルフ達にチェルシーの具合がおかしくなったり、お腹の赤ちゃんの様子が変だったりしたら絶対にすぐに知らせるようにはお願いしてるよ。だけど俺に分かるのはそれくらいで、もしも何らかの異常や問題があっても、そもそも医学的な知識の無い俺の指示では、シルフ達にも分からないんだよ。何でも先生の説明によると、そろそろお腹の中で赤ん坊が動いていないとおかしいのに、まだ全く動きがないらしいんだ」
「お腹の中で動くって?」
妊婦など身近に全くいないレイにとっては初めて聞く話だ。
「ええと、胎動って言ってな。今ちょうど妊娠の五ヶ月目くらいらしいんだけど、それくらいになると、母親のお腹の中で赤ちゃんが動くらしいんだ。文字通り外から触ってて分かるくらいにな」
初めて聞く話に興味津々のレイの横では、タドラも同じくらいに真剣にカウリの話を聞いている。
「まあシルフ達は大丈夫だって言ってるから、俺は心配してないんだけどさ。チェルシーはちょっと不安になってるみたいだから、念の為ガンディに診てもらう事にしたらしい。彼ならシルフ達を通じて、俺なんかよりさまざまな事が分かるらしいからさ」
「ああ、ガンディは実際の診察の際にシルフ達からの情報も使うんだって聞きますね」
タドラの言葉にレイも笑って頷く。
「確かに、ガンディの指示でシルフ達が体の中に入っていくのを見た事があるよ」
「らしいな。まあその辺りはさすがだよな。精霊魔法を使える医者でも、シルフ達の伝えてくれる情報を診断に使えるくらいまで聞ける人って、ほとんどいないらしいからなあ」
カウリの言葉に、レイは感心して聞いている。
「まあ、命に関わる怪我かどうかの判断にはシルフの情報が使われるって話は、国境の砦で何度も聞いた事があるね。それに出血を伴う怪我には、ウィンディーネ達にお願いすれば、一時的なら守ってくれたりもするよ」
タドラは、あの国境でマイリーが大怪我を負った戦いの際に、彼を治療出来る砦まで運ぶまでの間、ウィンディーネ達に頼んでマイリーの血の流れを整えて守ってもらっている。
実際の戦場を知るタドラの言葉に、見習い二人は揃って居住まいを正して背筋を伸ばしたのだった。
「午前中は、何かする事ってあるんですか?」
食堂から本部へ戻りながらレイが隣を歩くタドラに尋ねる。
ティミーが来るのは午後かららしいので、それまで本部で何をしたらいいのだろう。
今のところ、やらなければいけない日々の事務処理は日報くらいだし、何度かやった報告書の練習用の課題も、今は出されていない。
「午前中は、ゆっくりしててくれていいよ。なんなら瑠璃の館のお披露目会用の招待客リストを作ればいい。相談くらいは乗ってあげるからね」
タドラにそう言われて、廊下を歩いていたレイは思わず足を止める。
「お願いします! 知り合いを呼べばいいって言われても、誰を呼べばいいのかさっぱり分からないんです!」
眉を寄せるレイの言葉に、揃って苦笑いしているタドラとカウリだった。
「だから、お前の屋敷なんだから、お前が呼びたい人を呼べば良いんだって」
カウリに額を叩かれて、レイは困ったように眉を寄せる。
「そんな事言ったら、マークやキム、それにディーディーやニーカも入るんだけど」
「そりゃあそうだろう。なんだよお前、まさか呼んでやらないつもりだったのかよ?」
カウリの言葉に、同じく驚いて振り返ったタドラを見てレイはわかりやすく笑顔になる。
「いいんですか!」
「まあ、いきなりお泊まりはやめとけ。マークとキムなら前もって言っておけば別に泊まってもらっても構わないだろうけどな。呼ぶなら巫女達は昼食会にだな。それで夕方まで、つまり日が暮れるまでには分所に帰れるように手配してやればいい。彼女達を呼ぶなら、当然後見人であるディレント公爵閣下も一緒にお招きすべきだ。この場合はご夫婦単位で招待するのを忘れずにな。巫女達には、城から館までの往復の馬車の手配を用意しておくのを忘れるなよ」
突然始まったカウリの詳しい説明の言葉を、レイは必死になって持っていたメモに書き留める。
「えっと、ご夫婦でお招きした方が良いんですか?」
「もちろん。まあその辺りはラスティかグラントリー辺りが手配してくれるだろうけど、一応お前も自分で確認しておけよな」
「分かりました。ラスティに聞いて教えてもらいます」
「おう、頑張れ」
真剣な表情で答えるレイに、カウリは笑いながら彼の背中を叩いた。
「まあ、これも経験だよ。教えてもらって経験して、一つずつ覚えていけば良いから。あまり焦らなくていいぞ」
これまた真剣な表情で頷くレイを見て、カウリは苦笑いしつつも愛おしげにそんなレイを見つめていたのだった。
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