朝の食堂にて
「ティミーの部屋はここを使うんだね。楽しみだなあ」
その日、朝練を終えて部屋に戻ったレイは、軽く湯を使って着替えた後、食堂へ行く為に廊下へ出たところで自分の隣の部屋を見て嬉しそうにそう呟いた。
その部屋の扉は今は開かれていて、先に届いていたティミーの私物の搬入が終わったところだ。
ティミーの第一従卒には、ロベリオの担当の第二従卒の中から、やや年配のロートスが担当する事になった。とても優しく物静かな人物で、一緒に食事に行った事が何度もあるが話題も豊富でとても物知りだ。
今は部屋の中で荷物の整理をしている。
「ロートス、食事は?」
部屋を覗き込みながらそう尋ねると、振り返った彼は笑顔で首を振った。
「皆様が朝練に参加なさっている間に先に食べてまいりました。どうぞ行ってきてください」
「あれ、そうなんだね。お仕事ご苦労様。じゃあ行ってきます」
カウリとタドラが着替えて部屋から出てきたので、笑顔で手を振りカウリとタドラ、それからラスティ達と一緒に食堂へ向かった。
「今日、ティミーが本部に引っ越してくるんだよね。何時に来るんですか?」
パンをちぎりながら隣に座るカウリに尋ねる。
「おう、午後の一点鐘の頃って聞いてるよ。まあ、今日のところは本部の見学と説明で終わるだろうからなあ」
自分の時を思い出して遠い目になる彼を見て、レイとタドラは顔を見合わせて笑った。
「今朝は、朝練に参加していたカウリとタドラ以外は朝から誰も見ていないけど、皆忙しいのかな?」
もしかして、自分達だけで出迎えるのかと心配になってそう言いながらカウリを見る。
「ああ、もちろん午後には全員戻ってくるよ。せっかくなんだから出迎えは全員でしないとな」
安心して笑顔で頷くレイに、タドラが笑って腕を突っつく。
「ティミーが来たら末っ子卒業だね。頑張って教えてあげないとね」
満面の笑みで頷くレイに、タドラも笑顔で頷き拳を突き合わせたのだった。
「それはそうと、瑠璃の館のお披露目っていつにするんだ?」
丸パンにレバーフライを二枚も挟んで豪快に齧っていたカウリが、思い出したようにそう尋ねる。
「えっと、まだ正式な日は決まってないけど、今月中にはやりたいです。それで昨夜、ラスティと一緒に招待したい人のリストを書き出していました。もう沢山いて大変なんです。もしかしたら日を分けてするかもしれないみたいです」
困ったようにしつつも嬉しそうなその様子を見てラスティが苦笑いしている。それだけで大変そうな状況が想像出来てしまいカウリは小さく吹き出した。
「ああ、そりゃあ大変そうだな。だけど頑張れ。これも経験だよ」
誤魔化すように軽く咳払いしてからそう言い、残りの丸パンにも同じようにレバーフライを挟む。
「そう言えば、カウリのお屋敷って行った事がないね。銀鱗の館だっけ。どんな風なの?」
こちらも残りの丸パンにレバーフライを挟んでいたレイがふと気がついてカウリを振り返る。
自分の屋敷のお披露目会をするのなら、カウリのお屋敷もお披露目会をしたのだろうか。自分は行った覚えがないので密かに慌てていると、どうやらレイの言いたい事がカウリには何故か伝わったらしく、苦笑いしながら教えてくれた。
「まあ、もしもチェルシーが社交会に正式に顔を出していたら、俺も陛下から屋敷を賜った後に大々的にお披露目会をしただろうな。だけど、彼女は社交会への参加は一切していない。だからこの場合は公式には自宅は非公開になるからお披露目会はしなくていいんだよ。館に招待するのは、あくまでも個人的な付き合いのある人に限られるわけだ。だけど、そろそろ彼女の具合も落ち着いてきたから、できれば一度くらいは竜騎士隊の皆を招待して食事会程度の事はしたいんだけどなあ」
「是非お願いします。だけど自分の住んでるお屋敷に竜騎士隊が全員集合したら、チェルシーは緊張して固まっちゃいそうだね」
素直だが核心をついたその言葉に、カウリも苦笑いしつつ頷く。
「そうなんだよなあ。だからまあ、もしするとしたら……そっちは子供が生まれてから、子供のお披露目を兼ねて、かな」
「確かにそうだね。それじゃあ来年を楽しみにしてます」
嬉しそうなその返事に、カウリも笑っている。
「チェルシーがお前に会いたがっていたぞ。そっちの準備が落ち着いたら個人的に招待するから、よかったら一度館に遊びに来てくれよ。お前の好きそうな本も大量にあるし、デカくなったペパーミントに会ってやってくれよな」
「もちろん喜んで行かせてもらいます。そう言えばペパーミントって大きくなってるの?」
するとカウリはいきなり笑い出した。
「いや、あれはデカくなってるなんてもんじゃないぞ。毎回屋敷へ帰る度に、別の猫になってるんじゃないかって本気で心配するくらいにデカくなってるぞ。ついに寝室への立ち入りを禁止にしたよ。さすがに妊婦の腹の上で寝られたら危険だからな」
驚くレイにカウリは両手を広げて見せた。
「今、ちょうどこれくらいかな。毛が長いからさ。体の大きさ以上にデカく見えるってのもあるだろうけどさ。それに間違いなく赤ん坊より重いと思うぞ」
「ええ、ちょっと待って。それって奥殿にいるあのレイより大きくない?」
真顔のレイの言葉に、こちらも真顔で頷くカウリ。しばし黙ったまま顔を見合わせた二人は同時に吹き出した。
「ええ、ちょっと待ってよ。ペパーミントってまだ一才になってないよね?」
「おう、年が明けてから生まれたって聞いてるから、約半年ほどだな」
「……半年でそれなら、もうあの子より大きくなるのは確実だよね?」
奥殿にいる猫のレイの大きさと重さを思い出し、もう一度カウリの手が示す大きさを見たレイは、思いっきり心配そうにそう言ってカウリを見た。
「まあ、確実に今よりは大きくなるだろうな。今の俺の心配は、赤ん坊と仲良くしてくれるかどうかって事だけだな。だけど逆に仲良くなったとしても、あれが赤ん坊の上に乗ったら、悪気は無くても確実に赤ん坊の息が止まると思うぞ」
苦笑いしつつそう言うカウリにレイは本気で心配になってきた。
『大丈夫だよ』
『私達がお守りするからね』
『赤ちゃん大好きだもん』
『猫ちゃんも大好きだよ』
『大好き大好き』
突然現れたシルフ達が胸を張ってそう言うのを見て、レイはこれ以上無いくらいの笑顔になる。
そして、アルジェント卿のところで教えてもらった、生まれたばかりの赤ちゃんにはシルフ達が見えているのだと言う話を嬉々としてカウリに教えたのだった。
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