惨状と暴挙の報告
ラスティから痛み止めを渡されたレイは、それをベルトの小物入れにしまうとそのままいつもの本部の事務所へ向かった。
「ああ、良かった。全員いた」
事務所に入ったレイは、アルス皇子以外の全員が揃っている事に小さく安堵のため息をもらした。
「あれ、今日はお休みだって聞いてるよ。どうしたの?」
ちょうど書類を手に立ち上がったタドラがレイに気付いて驚いてこっちを振り返る。
「ゆっくり休んでて良いのに、その指じゃあ事務仕事は大変だぞ」
自分の親指を指差しながら同じく振り返ったカウリも苦笑いしている。
「うん、今日はお休みだよ。ちょっとね」
誤魔化すように笑ってそういい、自分の席に行って一旦座る。
「あのね、ちょっと竜騎士隊の皆にお話があるんです。ちょっとだけお時間をもらっても良いですか。その、出来れば人のいないところで……」
綺麗に整理された机の上を見て、小さく深呼吸をしたレイはすぐ隣のルークに小さな声でそう話しかける。
「内密の話か? しかも全員に?」
算術盤を使って計算をしていたルークが手を止めて、驚いたように顔を上げて同じく小さな声で聞き返す。
困ったように頷くレイの肩にブルーのシルフが現れて座った。
そして鷹揚に頷いて見せる。
『今、皇王と皇子も呼んだ。すまぬが全員に大事な話があるので別室の手配を頼む』
陛下とアルス皇子まで呼んだと聞かされて、ルークの目が更に驚きに見開かれる。そして今の声が聞こえていた竜騎士達全員が、一瞬だけ手を止めて、すぐにそのままそれぞれがしていた作業を続けた。
「了解だ。部屋を手配するからちょっと待ってくれるか」
真顔のルークの言葉に、ブルーのシルフはもう一度頷いた。
机の上の書類を手早く片付けたルークは、そのまま書類を手にマイリーの横へ行き、それを見せながら耳元でごく小さな声でレイとブルーの言葉を伝える。
「了解だ。それで準備してくれ」
マイリーの言葉にルークが頷き、そのまま書類を手にレイと一緒に事務所を出て行った。それからしばらくして、マイリーがヴィゴに書類の箱を持ってもらって一緒に出ていく。カウリが机の上に残っていた書類を見て、慌ててそれを掴んで二人の後を追った。
若竜三人組は揃って顔を寄せて何やら談笑していたが、しばらくしてロベリオが立ち上がって残りの二人と一緒に事務所を出て行った。
事務所にいた人達は特に疑問に思わない、いつもの光景だった。
皇王とアルス皇子は、それぞれ別の執務に当たっていたのだが、ブルーの使いのシルフの言葉に、即座に手を止め本部へ向かった。しかも、本部に到着した二人は、そのまま小会議室へ入り、そこから裏の廊下を通って指定された会議室までやって来たのだ。
全員が揃った部屋に、皇王とアルス皇子が入って来た時点で執事や従卒達は全員外へ出る。
ブルーのシルフが、彼らの目の前で強固な結界を張る。
誰一人口を開かず、黙ってブルーのシルフがする事を見ていた。
『これで良いな』
満足そうにそう言ったブルーがレイの肩に戻ってくる。
『急に集まってもらってすまぬ。だがこれは皆にも知っていてもらうべきだと考えた。信じられぬかも知れぬが、レイのペンダントの中にいる光の精霊達が、アルカーシュの最後の日の光景をレイに見せたのだ』
「どうやって?」
驚くルークの言葉に、ブルーのシルフは大きく頷く。
『過去見の能力を使い、彼に夢を見せた。我は彼と一緒にその夢を見た』
全員の驚きの視線がレイに集まる。
黙って頷くレイに真顔のマイリーが口を開いた。
「聞こう。レイルズの話し易い順で構わない。とにかく話してくれ。君が何を見たのかを」
誰一人、たかが夢の話などと言わない。
レイの過去見が本物である事は、この場にいる全員が知っていたからだ。
「最初は、僕が父さんと母さんに会いたいって、そう言った事が始まりだったんです」
レイの言葉に皆が頷く。
そこからレイは、何度もつっかえたり涙ぐみつつも自分が見た夢の詳しい話をした。
時折ブルーのシルフが説明不足なところを補いつつ、アルカーシュの最後の日の惨状を涙ながらに説明したのだった。
全員が言葉も無くレイの話を聞いていた。
ようやく一通りの話を終えたレイが、以上です、と消えそうな声で呟くと、側にいたルークが手を伸ばしてレイの背中や腕を何度も撫でてくれた。
必死で泣くのを堪えているレイを見て、ルークは黙って横から力一杯抱きしめてくれた。
「よく話してくれた」
泣きながらも何度も頷くレイに、駆け寄って来た若竜三人組も手を伸ばしてレイの頭を撫で交互にルークごとしっかりと抱きしめてくれた。
レイを慰める若者組を横目に、皇王を中心に大人組とアルス皇子は無言で互いの顔を見合い、最後に揃って皇王を見た。
「陛下は今の話をどう思われますか」
真顔のマイリーの問いに、陛下が無言で腕を組んで考える。
「実を言うと、アルカーシュの最後の日の惨状については、明らかに人では無いものの力が加わっていたのでは無いか、というのは当時のオルダムでも密かに言われていた事らしい。いくら急襲されたにしても、シルフの一人も飛ばせないのはあまりにも不自然だったからな」
陛下の言葉に、マイリー達も頷く。
「実際、このオルダムであっても、誰かが結界内部で本気で闇の眷属を召喚すれば、聖なる結界に穴を開ける事は決して不可能ではない」
『人のする事全てを管理するなど不可能だからな』
陛下の苦々しい言葉に、同じく嫌そうにブルーのシルフが答える。
「じゃあ、どうしようもないって、そう仰るんですか!」
泣きながらも顔を上げたレイの悲鳴のような言葉に、ルークがもう一度背中を撫でてやる。
「落ち着けって。この国には守護竜がおられる。そして陛下とアルス皇子もな」
レイが何とか頷いた時、ペンダントが跳ねて光の精霊達が飛び出して来た。
『要石たる王に告げる』
『守護竜の主殿も知りおくべし』
『先日の悪しき風の件がある』
『決して守りを疎かにしてはならぬ』
『守護竜と多くの竜達が守りを固めるこの国であれば』
『あれほどの惨事は起こらぬであろう』
『だが万一という事がある』
『故に知ってもらうべきだと考える』
『彼の国で何があったのかを』
突然現れた光の精霊達の言葉は、光の精霊が見える者だけでなく、マイリーやヴィゴ達光の精霊が見えない者達にも僅かな影と共に声は聞こえていた。
『邪悪なる結界に阻まれ』
『多くの精霊達も彼の地に閉じ込められた』
『そして愛しき者達の惨事を目の当たりにする事となった』
『邪悪なる者達が彼の地を去った後』
『多くの精霊達は傷つき怯えて精霊界へ帰って行った』
『我らが彼の地の惨劇を知るに至ったのは』
『巫女姫様が時の繭より目覚めた後の事』
『知った時には全ては後の祭り』
『我らも嘆き悲しんだ』
『しかし彼の地を逃れ生き延びた者もまた多くいた』
『だが邪悪なる結界を超える際』
『多くの力無き者達は記憶を封じられた』
『襲ってきたのはタガルノの兵士達だと』
『偽りの記憶に置き換えられた』
『闇の眷属に関する部分だけを封じられたのだ』
『哀れなり』
『哀れなり』
全員が真剣な顔で光の精霊を見つめる。
光の精霊は大きく震えると、一気に輝きを増して部屋を光で包み込んだ。
『心得るべし』
『嵐はすぐそこまで近づいている』
『決して守りを疎かにするでない』
『いずれ来る嵐の時に備えよ』
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