再会の約束と指の怪我

 父親を殺めたのだというその男について話すレイの言葉に、ガイの使いのシルフは戸惑いつつも頷いた。

『俺がその夢を直接見たわけじゃあない』

『だからはっきりした事は言えないけどな』

『まあ状況を考えるとそれで間違いなかろう』

 小さく震えたレイは、ブルーのクッションを力一杯抱きしめた。

「それなら、アルカーシュにタガルノの手の人がいたって事になるね?」

『まあそうなるだろうな』

『アルカーシュは鎖国していたわけじゃあない』

『密偵が入り込む可能性は充分あるよ』

「そんな……ねえ、まさかこの国にもいるの!」

 クッションを抱えたまま怯えたように話すレイに、ガイは困ったように首を振った。

『そらまあ全くいないわけじゃあないよ』

『だけど守護竜がおわすこの国に』

『碌な精霊魔法使いがいないタガルノが』

『簡単に何か出来るとは思えないな』

『まあ情報収集程度はやってるだろうが』

『そんなのは当然そっちの奴らも把握済みだよ』

『だからその点は安心して良いぞ』



 ガイの使いのシルフのその言葉に、レイは大きな安堵のため息を吐いてクッションに顔を埋めた。

 いろんな事が一度に入ってきて、頭の中がぐちゃぐちゃで上手く考えられない。

 心配そうに自分を見つめるガイの使いのシルフに、レイはゆっくりと深呼吸をしてから話しかけた。

「またお話ししてくれますか?」

 するとガイの使いのシルフは笑って頷いてくれた。

『もちろんだよ』

『遠慮せずいつでも呼んでくれて良いからな』

『何なら恋の相談も乗るぞ』

 からかうようなガイの使いのシルフの言葉に、レイは悲鳴を上げてブルーのクッションに突っ伏した。

『それはやめておけ。あやつの知識は巫女殿には刺激が過ぎよう』

 真顔のブルーの即座に断言するその様子に、レイとガイの使いのシルフが吹き出すのは同時だった。

『おいおい俺を何だと思ってるんだよ』

『酷え言われようだなあ』

『でもまあ確かにそうかもな』

『初恋の初々しさは二度と無いんだから』

『せいぜい今を楽しんでおくれ』

 笑って顔の前で手を振るガイの様子まで、シルフは律儀に伝えてくれる。



「忙しいのに話を聞いてくれてありがとうございます。僕には何にも出来ないけど、どうかタガルノでのお仕事、頑張ってください」

 遠慮がちなその言葉に、ガイの使いのシルフは笑ってもう一度レイの肩に飛んでいってその頬をそっと叩いた。

『これはもともと俺達の役目でもあるんだって』

『それに今の主殿の役目は成長して立派な大人になる事だよ』

『だからそれまでの面倒事は俺達に任せておけって』

『ご友人達としっかり勉強してくれよな』

『また会えるのを楽しみにしてるよ』

「はい、頑張ります。また会えたら手合わせしてもらえますか?」

『もちろん喜んで』

 顔を上げて笑うレイに、頷いてもう一度そっとキスを贈ったガイの使いのシルフは、笑って手を振るとそのままくるりと回って消えてしまった。



 黙ってそれを見送ったレイは、ちょうど戻ってきたラスティの足音に気づいて扉を振り返る。

 ブルーのシルフが軽く手を叩くと、何かが割れる音がした直後にノックの音がしてラスティが戻ってきた。背後に薬箱を抱えたハン先生がいるのが見えて、レイは慌てて抱えていたブルーのクッションを置いた。




「ちょっと傷口を確認させてください。ラスティから聞きましたが、以前も怪我をした箇所なんですって?」

 包帯を解きながら真顔でそう質問されて、レイは頷く。

「はい、そうです。えっと、竜熱症を発症する少し前に、岩塩をおろし金で削っていて指先を引っ掛けちゃったんです。そのあとひと月近く怪我が治らなくて……その、今から思えば竜熱症の初期症状だと思います。酷かった咳があれ以来ぴたりと無くなったからね」

 ちょっと小さくなって上目遣いにハン先生を見ながらそう説明するレイに、ハン先生は当時の大騒ぎを思い出して苦笑いしていた。



「ああ、確かにここの所が硬くなっていますね。ううん、これはちょっと注意が必要ですね」

 包帯を解き湿布を剥がして、改めて患部を綺麗に洗ったハン先生は、傷口を見て真顔になる。

 レイはまたしても怪我を間近で見てしまい痛みが再発していた。そのあとはもうずっと抱えたクッションに半ば顔を埋めて、出来るだけ患部を見ないようにしていた。



「痛みはどうですか?」

 新しい湿布を患部に当てて包帯を巻きながら心配そうにレイを見る。

「えっと、ちょっとは痛いけど、我慢できないほどじゃあないです。それより、包帯が邪魔していろんな事が不自由で困ります」

 実際、読書をしようと思っても、この指ではページを押さえるのも一苦労。眉を寄せるレイを見て、ハン先生は吹き出しそうになるのを必死で我慢していた。

「まあ、それは仕方がありません。しばらく我慢してください」

 小さくため息を吐いてレイの腕を叩いたハン先生は、そっとレイの額に手を当てた。

「少し顔色が悪いようですが、貧血はどうですか」

「えっと、別に今は大丈夫だと思いますけど?」

「そうですか? でも出来れば良い機会ですから、今日はゆっくり休んでいてくださいね」

 心配そうなハン先生の言葉に、戸惑いつつも頷く。

「では、一応痛み止めを置いておきますので、痛みが強かったら食後に飲んでください。飲んだら知らせてくださいね」

 そう言って、机の上に薬用の薄紙で包んだ痛み止めの丸薬を置いた。

「分かりました。えっと、ちょっと事務所へ行くくらいは良いですよね?」

 別に動けないほどの怪我ではないのだから、あまり過保護にされるのも困ってしまう。

「事務仕事はその指ではちょっと大変だと思いますけど?」

「違います。あの、ルークとちょっとお話ししたくて……」

「それなら構いませんよ。ルークも今日は事務所にいると言ってましたからね」

 薬箱を片付けたハン先生は笑ってそう言うとラスティに追加の薬の入った袋を渡してから、一礼してから部屋を出て行った。



 ソファーに転がってしばらく考えていたレイは、不意にクッションを置いて立ち上がった。

「えっと、事務所へ行ってきます」

 脱いでいた上着を着ながらそういうレイに、ラスティは心配そうにしつつも包帯のせいでボタンが留められずに苦労しているレイを見て、黙って手を貸してくれた。



「じゃあ行ってきます」

 身支度を整えて剣帯に剣を装着したレイは、笑顔でそう言って手を振ると早足に部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見送ったラスティは、机の上に置かれたままの痛み止めの薬を見て慌ててレイの後を追ったのだった。

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