それぞれの役割
「いずれ来る嵐、と、大爺のみならず其方達までもがそう言うか」
真顔の皇王の言葉に、光の精霊達は揃って頷いた。
『いかにも』
『だがそれがいつ来るのかは我らには分からぬ』
『なれどそれが避けらぬ未来の一つである事だけは分かる』
『故に知ってもらうべきだと考える』
『彼の国の惨事を繰り返さぬ為にも』
『心して守りを固めるがよし』
「了解だ。警告感謝する」
短く答えた皇王はアルス皇子と顔を見合わせて大きく頷き合った。
『それから良い機会だから言わせてもらうが我から一つ提案がある。いや、我の希望と言うべきかな』
今まで黙って話を聞いていたブルーのシルフの言葉に、全員の注目が集まる。
『竜の面会が終われば、一度国内の上空を飛んで結界の状態を確認しておきたい。特に国境周辺と南側の辺境地域。以前巡回で行った際に海側は一通り確認したが、他はまだ殆ど手付かずだ。定期的にシルフを各地に派遣して問題が無いかの確認をしてはいるが、シルフの目では見えるものも限られる故、出来れば平和なうちに一通りこの国の上空を飛んで、我の目で結界の状態を含めて様々な事を確認しておきたい。しばし王都を離れる事になるが構わぬだろうか?』
「もちろんだ。好きになされよ」
即答する皇王に、ブルーは満足そうに頷く。
『感謝する。ああ、行く際には姿隠しの術を使う故、現地での気遣いは一切無用に願う。我に世話は必要無い』
てっきり自分も一緒に行くのだとばかり思っていたので、その言葉にレイが慌ててブルーのシルフに向き直る。
「ええ、待ってよ。ねえ、僕は一緒に行かなくて良いの?」
若干拗ねたようなその言葉に、ブルーのシルフが思わず吹き出す。
『すまぬが必要無い。これは本来の我の役目だからな。だが、何かあればいつなりと、何処にいようとも我は唯一の主である其方の元へは即座に戻る事が出来る。故に心配はいらぬよ』
目を瞬かせたレイは、少し考えてブルーのシルフを覗き込んだ。
「えっと、それはつまり……この国の何処にいても、僕の元へは瞬時に転移の術で戻って来られるって事?」
『いかにも。其方は理解が早いな』
嬉しそうに笑ってレイの頬にキスをするブルーのシルフを、その場にいた全員が呆気に取られて見つめていた。
ブルーが転移の術を使うと言うのは、まあ予想の範疇だ。何しろこの世界最強の古竜なのだから。
だが、この国のどこにいても自分の主であるレイルズの元に戻れると言うのは、普通はあり得ない。転移の術といっても万能では無く、飛べる距離は限られているのだから。
「へえ、ブルーは凄いね」
無邪気に感心するレイの言葉に、その場にいた全員が内心でこう叫んでいた。
いや、それは凄いねですませていい事か? と。
『まあ、それは本当の緊急事態での事だよ。我にとってもそれは簡単では無い。普段は跳ぶ距離は限られるよ』
まだ呆気に取られて自分を見つめている彼らに、面白そうに笑ったブルーのシルフはそう言い、誤魔化すように肩を竦めた。
その跳べる距離とても、普通の人に比べれば実ははるかに長いのだが、それはわざわざ言いふらす事ではない。
「成る程。我らの預かり知らぬところで、だが古竜には古竜としての本来の役割が、精霊王により多く与えられているという事だな」
皇王の言葉にブルーが頷く。
『いかにも。まあ、先の光の精霊達の警告とても今すぐにどうと言う話では無い。あまり難しく考えるな』
揃って真剣に考え込んでいる竜騎士達を見て、ブルーのシルフはそう言って苦笑いしていた。
「ならば今優先すべきは、城壁に穴を開けて風通しを良くして行うのだという街の浄化と、一般兵を含む兵達の訓練の強化くらいか」
その言葉に小さくため息を吐いて顔を上げたマイリーの言葉に、ルークも同意するように頷く。
「その通りだな。国内の兵の訓練と配置については任せろ」
陛下の言葉に皆も頷く。それを考えるのは陛下の役割であって竜騎士達の役割ではない。
「話はそれで以上でいいか?」
ルークの言葉に、まだ少し目を赤くしていたレイが頷く。
「はい、以上です」
「分かった。じゃあレイルズは部屋に戻って休んでいてくれていいぞ」
もう一度しっかりと抱きしめて背中を叩いたルークの言葉に、ようやく笑ったレイは小さく頷いた。
「それじゃあ、戻ったら昼食かな」
気分を変えるように言ってくれたロベリオの言葉に、レイも笑顔で振り返る。
「そうだね。僕、お腹空きました」
「しっかり食べろよ、育ち盛り」
呆れたようなマイリーの言葉に、部屋は笑いに包まれたのだった。
また裏部屋に通じる裏の廊下から城へ戻る陛下とアルス皇子を見送ってから、レイも一緒にひとまず事務所へ戻った。
先に若竜三人組が戻り、ルークとレイがそれに続く。しばらくして大人組が揃って戻って来たところで、そのまま昼食の為に揃って食堂へ向かった。
レイはもうすっかりいつも通りで、満面の笑みでお皿に盛られた山盛りの料理を手に戻ってきたレイは、カウリに呆れられていたのだった。
「それはまたウィスプ達も無茶をしたものだな」
バザルトの呆れたような言葉にガイが苦笑いしつつ頷く。
ガイが語る、レイが見たのだという過去見の夢の話に、聞いていたアルカディアの民達は揃って顔をしかめていた。
ガイも含めて、この中ではアルカーシュの惨劇があった当時の事を実際には知らぬ者の方が多い。
だが、生き延びた者達の口からアルカーシュで何があったかは詳しく聞いている。
バザルトは、当時を知る貴重な生き残りの一人でもある。
高位の精霊使いであり、人間とは違う血を持つアルカーシュの民は、闇の結界を抜ける際にもその支配を受けなかった稀有な存在なのだ。
当時、彼らは燃え落ちるアルカーシュに留まり最後まで闇の眷属達に対して抵抗を続けた。しかし、いくら彼らの個々の腕が立とうとも多勢に無勢。多くの仲間の死と共に、共和議会の主だった議員達をことごとく失い、星系神殿の玻璃窓が燃え落ちるのを見てこの国の終焉を悟った彼らは、出来うる限りの街の人々を逃してから自力で逃げ延びて野に散ったのだ。
美しかった星系神殿も、ドワーフ達の技術の全てをかけて作ったアルカーシュの民達の誇りであった共和議会講堂も、全ては無数の闇の眷属と、その後に押し寄せて来た無知なタガルノの兵士達によって跡形もなく破壊され、暴虐と略奪の限りを尽くされる事となったのだった。
ようやく見つけたと思われた終の住処も失うこととなった彼らは、その後は国を持たない流離う民となった。
そしてそんな中で、市井の人々の中に紛れていた同じ血族の者を探し出して密かに仲間に加えていったのだった。
先人達の無念を想って黙って顔を見合わせた彼らは、揃ってミスリルの剣を抜き、一気に鞘に収めた。
聖なる火花を見て無邪気に大喜びするシルフ達を見て、ガイは泣きそうな顔でそれでも笑ったのだった。
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