四季の曲

 レイの爪弾くやや物悲しい旋律が、静まり返った部屋の中に響く。

 ウィーティスさん達は、それはそれは真剣な顔で必死に五線譜にペンを走らせている。



「おや、これはさっきの舞台で演奏していた曲だね」

「確かに、聞いた事が無いが、知っているかね?」

 何人かは、その旋律に聞き覚えがあったらしく、そんな囁きも聞こえてくる。

 一応、母さんが歌っていた部分を全部弾き終えたレイは、一旦そこで演奏を止めた。

「えっと、どうですか?」

 一礼してお互いの書いた譜面を確認しているウィーティスさん達を、レイは笑顔で見ている。

「あの、大変申し訳ないのですが、確認の為に……」

「もう一度弾けば良いですか?」

 恐縮する三人に笑顔で頷き、もう一度最初からもう少しゆっくりと弾き始めた。

 三人は、自分の譜面を見つめたままでレイの演奏を真剣な顔で聞いている。

 二度目の演奏が終わった時、あちこちから感心したような拍手が起こった。

「優しくも哀愁に満ちた何とも不思議な旋律だな。それはレイルズ様の作曲ですか?」

 声を掛けてきたのは、竪琴の会の会長を務めるボレアス少佐だった。

「えっと……」

 どこまで説明すべきか一瞬困っていると、目の前にブルーのシルフが現れた。

『我が歌っていた曲だ。かのアルカーシュの神殿で、秋分の日の祭事の際に演奏されていた曲だよ』

「ほう、それは素晴らしい」

 感心したようなボレアス少佐の呟きに続き、あちこちから感心したような声が聞こえた。

「あれ、もしかして今のブルーの声って、皆さんに聞こえてたんですね」

 無邪気なレイの呟きに、笑いが聞こえる。

「秋分の日の祭事に……」

 ウィーティスさんは、そう呟くと先程の五線譜に何かを書き込み、ブルーのシルフに向かって深々と頭を下げた。

「あの、大変厚かましいお願いで恐縮なのですが、貴方様が他にご存知の曲があれば、それを我らに教えてはいただけぬでしょうか!」

「お願いします!」

「お願いします!」

 ウィーティスさんの叫ぶような声に続き、我に返った残りの二人も五線譜を抱えたまま頭を下げた。

『どうする?』

 笑ったブルーにそう聞かれて、レイは目を瞬いた。

「えっと、つまり僕がブルーから聞いて覚えて演奏してあげれば良いの? それともここで、シルフ達に演奏してもらう? そんな事出来るかな?」

『さすがにシルフ達には無理であろう。我が教える故、弾いてくれるか』

 面白がるようなブルーの言葉に、レイは笑顔で頷き竪琴を抱え直した。

 慌てたように執事が椅子を持ってきてくれて、ウィーティスさん達がレイの前に並んで座る。

 周りも興味津々で覗き込んでいる中を、レイはゆっくりと弾き始めた。



「えっと、これは冬至の日に演奏されてた曲なんだって」

 ニコスのシルフ達が弦の横に現れて、どこを弾くのか指差して教えてくれる。レイは出来るだけゆっくりと、ニコスのシルフ達を追いかけ、教えてもらいながら曲を演奏していった。

「す、素晴らしい……これで、四季の祭りの曲が全て揃いました。ああ、夢のようです。蒼竜様、そしてレイルズ様、心から感謝いたします!」

 もう床に擦り付けんばかりに頭を下げたウィーティスさん達に、レイは笑って立ち上がった。

「お役に立てたのなら良かったです。今度までに、他に無いかもうちょっと詳しく聞いておきますね」

 また次があると聞き、もうこれ以上無いくらいの笑顔になる三人を見て、呆れたようにゲルハルト公爵が側へ来る。

「おやおや、なんだか凄い事になったようだね」

「ああ、ジャスター。君にも本当に感謝するよ、持つべきものは広い人脈を持った友人だね」

 そう言うなりゲルハルト公爵の手を握る。

 ゲルハルト公爵を名前で呼び、そのままぶんぶんと音が立ちそうなくらいに握った手を振り回すウィーティスさんを見て、レイは堪えきれずに吹き出したのだった。




「お疲れさん。ほら、お前の好きな貴腐ワインだよ。それほど酒精の強いのじゃあないから、安心して飲んで良いぞ」

 ルークに差し出された真っ赤なワインを、レイは笑顔でお礼を言って受け取って口にした。

「はあ、美味しいです」

「こっちは冷たくしたワインだ。貴腐ワインじゃあ無いけどこれもなかなかに美味しいぞ」

 マイリーの言葉に、またお礼を言って受け取り口に含む。

 以前飲ませてもらった、エケドラ産のワインのようなすっきりとした味わいだ。

「これも美味しいです」

 そこからはワイン談義に花が咲き、レイは出来るだけ酒精の強くないワインを教えてもらいながら皆の話を聞きながら、ワインを味わっていたのだった。




「えへへ、どれも美味しいれす」

 しかし結局、かなり赤くなった顔でレイはご機嫌で置いてあった竪琴を抱えている。

「これは、僕の、お気に入りの、竪琴なんれす!」

「はいはい、わかったからこれでも飲んでおけ」

 笑ったルークが、竪琴を取り上げて横に置き水の入ったグラスを持たせる。

「これは、良き水……れすか?」

「ああ、そうだよ。良いから飲めって」

 ぐらぐらする頭を押さえて無理矢理飲ませる。

「いやあ、何度見ても可愛いなあ」

「全くだ。普通はもっと暴れたり吐いたりするんだがなあ」

 両公爵の楽しそうな会話が聞こえて、これ見よがしの大きなため息を吐いたルークは振り返った。

「完全に面白がってますね」

 同時に吹き出す両公爵を見て、釣られて笑う声があちこちから聞こえた。

「まあ、気持ちは分かりますよ。酔った時まで良い子でいなくていいのにな」

 手を伸ばして赤毛の頭を撫でてやると、目を細めてご機嫌で笑うレイの額を突っついた。

 空になったグラスを置いたレイは、また竪琴を取り出して撫でている。

 そして、そのまま不意に頭の中に浮かんだ旋律を酔ったレイは何も考えずに弾き始めた。



 まるでミスリルの鈴が鳴るかのような転がるような優しい音に、あちこちから感嘆のため息が聞こえる。

 慌てて五線譜を取り出したウィーティスさん達だったが、譜面を取る事は叶わなかった。

 いきなり、レイの演奏が途切れたのだ。



「痛っ!」



 鈍い音と共に突然弾いていた弦が切れ、レイの悲鳴が上がる。

 右の親指の先から血が滲み、そのまま床に血の滴が落ちる。それを見たレイは、慌てたように怪我をした指を口に咥えた。

 ルークやマイリー達が慌てて駆け寄ってくる。

「おい、大丈夫か?」

 頷いて咥えていた指を見せると、爪の横の部分が大きく裂けていて、またみるみるうちに血が滲み始める。

「うわあ、大変だ!」

 そう叫んでもう一度指を咥える。

「大至急ハン先生を呼んできてくれ!」

 ルークの声に、執事が一人一礼して部屋から駆け出していった。

「とにかく血を止めないと。これを使いなさい」

 そう言ったゲルハルト公爵が持っていた布を渡してくれ、受け取ったルークが指先にきつく巻きつけてくれる。

「うう、痛い……」

 眉を寄せるレイを見て、あちこちから心配する声が聞こえた。



 レイの肩に座ったブルーのシルフは、ニコスのシルフ達と顔を見合わせ無言で頷き合い、レイの頬に心配そうにキスを贈った。

 レイの頭上では、ペンダントに入っていたはずの大きな光の精霊達がいつの間にか出てきていて、心配そうにレイの赤毛を撫でているのだった。

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