懇親会の始まり

「ええ、こっちから攻められたら、守る時はこれしか無いでしょう?」

 戸惑うようにレイがそう言いながら、王の駒の前に無理矢理自分の僧侶の駒を置く。

 これでは次に僧侶の駒が王の代わりに取られてしまうが、ここに置かなければ王の駒を落とされてしまってそこで勝負が終わってしまう

「ところがそうではないのだよ。そのまま横に陣地をずらして角を使って守りを固めるのだ、ほら、置いてごらん」

「閣下、それでは次のターンでこっちがガラ空きになりますよ。まだレイルズにはその防御方法は無理ですよ」

 向かいのソファーから、同じくワイングラスを手にしたマイリーが口を出し、ついでに腕を伸ばして横から別の駒を動かして攻撃線を遮って見せる。

「ええい、其方はいちいちうるさい。誰も其方の攻め方を聞いてはおらん!」

 ディレント公爵が嫌そうにそう言い、動かされた駒を戻す。

「目の前で、まだ出来もしない防御方法を教えられたら、俺に我慢出来るわけがないでしょうが!」

 苦笑いしたマイリーが立ち上がり、レイの横に座っていたゲルハルト公爵と交代して座る。

 これでレイはディレント公爵とマイリーに挟まれた状態になってしまった。

 頭上で真剣に始まった別の攻撃と防御の方法について、レイは分からないなりにも真剣にひたすら黙って聞いているくらいしか出来ない。

 そんなレイの膝の上にはニコスのシルフ達が並んで座り、激論を交わすディレント公爵とマイリーを面白そうに眺めていたのだった。

 どちらも、陣取り盤に関しては最強と名高い二人だが、攻め方も守り方もかなり違う。なのでこういった公の場でのこの二人の打ち合いには、見物人達が集まって来て列を成すほどの人気なのだ。

 今も、ソファーの周りにはさりげなく集まってきた人達が、彼らの手元を覗き込んではああでもないこうでもないと好き勝手に言い合っては楽しんでいたのだった。




 懇親会が始まってからずっとこの調子で、最初のうちこそレイは陣取り盤の専門家達に取り囲まれた形でソファーに座り、貴腐ワインを片手に目の前の陣取り盤を見ながら、陣地を攻められた時の防御の方法や駒が減った時の攻め方などについて、実際に駒を動かしながら詳しく教えてもらって過ごしていた。

 向かい側のソファーでは、マイリーとルークがそんな彼らを揃って面白そうに見ていた。

 そのマイリーは時折、我慢が出来ないらしく横から口と手を出してはディレント公爵に嫌がられていたのだが、とうとう痺れを切らしたマイリーが本格的に参戦してきて、結局最後はマイリーとディレント公爵の一騎討ちを皆で見学する形に落ち着いたのだった。

 しばらく両公爵やルークやマイリーと一緒に陣取り盤を楽しみ、他の人に陣取り盤を譲った後は、あまり飲めなかった貴腐ワインを改めてもらって、摘みの罪作りの乗せられたチーズを食べながらのんびりと過ごしていた。

 今日はあまり無理にお酒を勧められる事もなくて、密かに安堵しているレイだった。




「おお、レイルズ様。お体はもう大丈夫なのですか? どうかご無理をなさいませぬよう」

 ちょうど人が途切れたのを見計らっていたみたいに、笑顔のウィーティスさんがそう言いながら駆け寄ってきた。

「ああ、ウィーティスさん、先程は失礼しました」

 先ほどはレイが急な立ちくらみを起こしたせいで話が途中で終わってしまい、そのままになっていたので気になっていたのだ。なのでレイも笑顔で答える。

「えっと、ご希望の竪琴を持ってきましたよ。どうすれば良いですか?」

「では、ここでお願いしてもよろしいでしょうか。あと二名、一緒に譜面を書いてくれる者がおります」

 満面の笑みのウィーティスさんの背後には、大きな五線譜の束と万年筆を持った男性が二人、こちらも満面の笑みで揃って直立していたのだ。

「あはは、じゃあちょっと待ってくださいね。えっと、すみませんが預けてある竪琴を持って来てもらえますか」

 側にいた執事にお願いすると、一礼した執事はすぐにレイの竪琴を持って来てくれた。

 いつも使っているニコスから貰ったお気に入りの竪琴の方だ。



「おお、間近で見れば、細工の素晴らしさがよく分かりますね。これは本当に美しい」

 感動のあまり目を潤ませるウィーティスさんに、レイは笑って頷き、そっと竪琴を撫でる。

「僕も気に入ってます。ほら、ここの部分の彫刻が実は凄いんですよ」

 レイが持つ斜めになった土台部分には全体に見事な彫刻が彫られているのだが、指差したそこにはごく小さな彫りで精霊達が刻まれていた。

 丁度模様になっている隙間の部分を覗き込むみたいに集まっている精霊達は、まるで生きているかのように表情豊かだ。

「おお、これは気付きませんでした。この細やかな細工は間近で見なければ気付きませんね」

 目を輝かせたウィーティスさんの言葉に後ろから五線譜を持った二人も覗き込み、こちらも目を輝かせていた。

 遠くから見た時に見事な輝きを放つ、貝殻の内側の虹色の部分を細かく切り出して嵌め込んで模様を作る螺鈿らでん細工と呼ばれる技法と、ごく間近で見ないと気付かないほどの細やかな彫刻。どこから見ても完璧に計算し尽くされたその細工の見事さに、彼らはもう言葉も出ないほどに感激していたのだった。



「じゃあ、弾きますね。えっと、机とか要りますか?」

「いえ、大丈夫ですのでどうぞお気遣いなく」

 笑顔で答えた三人は、大きな板を取り出して抱えた。既に板の上には真っ白な五線譜が何枚も載せられている。

 笑って頷き竪琴を構えるレイに、部屋にいた人達が気付いてあちこちで会話が途切れ、ワインを飲む手も止まる。

 ひと勝負終えて別のソファーに移動していた両公爵も、笑顔でレイを見ている。

 周りの人達の様子に気付いたレイは、照れたように一礼するとそのまま改めて竪琴を抱え直した。



 そして小さく深呼吸をしたレイは、母さんが歌っていたあの旋律をゆっくりと爪弾き始めたのだった。

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