詳しい事情説明とレイの感情
「まずは、さっきお前が聞こえなかったって言った、ラフカ夫人が何て叫んでいたかって話だけどな」
何やら言い淀む様子のルークに、レイは真剣に頷く。
「あの時すぐ近くにいたイプリー夫人によると、彼女は突然真っ青になってこう叫んだそうだよ。私はあの者もそろそろ女性を知っても良い年頃だと思ったから、仲の良さそうなローザベルを当てがってやったまで。責められる筋合いなどない、媚薬を盛ったのは単なるお節介だ、ってね」
驚きに声も無く目を見開いたまま固まるレイを見て、ルークはこれ以上無いくらいに大きなため息を吐いた。
沈黙が部屋を支配する。
「ええ? ちょっと待ってください! それじゃあ、ラフカ夫人が考えてた僕の相手って、僕の相手ってローザベルだったんですか?」
無言で頷くルークを見て、レイもまた無言になる。
しばらく無言で固まっていたが、静かに持っていたグラスを黙って机に置くとぱったりとソファーに倒れ込んだ。そのまま目の前にあったクッションに抱きつき顔を埋めてしまった。
「気持ちは物凄くわかる。ついでに言うと、今回の騒動をローザベルがどこまで知ってたかは俺には分からない。単にお前に何かを盛るって話を聞いて、密かにお前に伝えてくれただけかもしれない」
クッションに抱きついたまま無言で頷く。
「そっか、急に彼女が舞台へ上がってくれたのは……もしかしたら、ラフカ夫人から、その、何か言われたからかもしれないね」
クッションに抱きついたまま、小さな声でそう呟く。
またしばしの沈黙の後、レイはいきなり起き上がった。
向かいのソファーから立ち上がって心配そうに覗き込んでいたルークが、いきなり飛び起きたレイに驚いて飛び上がる。
「うわあ、いきなり動くなって!」
そのままソファーに座ったルークの声には反応せず、レイは真顔で天井に向かって叫んだ。
「ブルー! いるんでしょう。今すぐ出てきて! それで、絶対にブルーは今回の一件の事、知ってたでしょう!」
眉を寄せて叫ぶレイの目の前に、ブルーのシルフが現れる。
無言で睨みつけるレイに、ブルーのシルフは嫌そうに頷いた。
「ああ、確かに知っていたさ。だからお前がワインを飲もうとした時にシルフに邪魔をさせた」
無言で頷いたレイは、クッションを抱きこむみたいに胸元に抱え込んで大きなため息を吐いた。
「じゃあ、ラフカ夫人が突然叫んだのって、ブルーが何か言ったから?」
その言葉に、聞いていたルークが目を見開く。
もう一度嫌そうに頷いたブルーのシルフは、ふわりと浮き上がってレイの腕に立ってその頬にキスを贈った。
『ああそうだ。もう我慢がならなかった。なのであの場で我はあの女に問うてやったのだ。自分が何をしたか分かっておるのか、とな』
強い怒りを含んだその声に、レイは小さく笑って首を振った。
「怒らないでブルー。僕は何ともなかったんだから。でもそっか、さっきブルーがルークと話してた、本気で庭の池に頭から放り込んでやろうかって言ってのは、彼女の事だったんだね」
優しい声でそう言ったレイはまた沈黙する。
「我慢してくれてありがとうね、幾ら何でもそんな事したらブルーが悪者になっちゃうよ。でもじゃあラフカ夫人はブルーに問い詰められて、それでそんな事を大声で叫んだ訳? 皆が聞いている目の前で?」
小さなため息を吐いてブルーのシルフにキスを贈ったレイは、もう一度クッションを抱え直してから座り直した。
それから意見を求めるかのようにルークを見る。
その視線を受けて、ルークもため息を吐いてから小さく頷き口を開いた。
「恐らくだが、まず企みそのものが露見するなど、彼女はそもそも考えてもいなかったんだろうな。だけどラピスに真実を言い当てられて、自分がしでかした事の重大性に初めて気付いた。そして、この後どうなるかって考えて、恐怖のあまり一時的に錯乱状態になって言い訳を叫んだんだと思うよ」
これも思い切り嫌そうなルークの言葉に、レイも頷く。
「……馬鹿だね」
しばらくの沈黙の後、小さな声でそう呟く。
「そうだな。馬鹿だな」
ルークも小さな声で同意するように呟いた。
「何でも自分の思い通りにならないと気が済まない。自分がやった事は、全部正しいと思い込んでる。以前の……以前の彼らと同じだね」
レイがごく小さな声でそう呟いた言葉に、ルークは無言で頷く。
当然その彼らが誰を指すのか、ルークには分かっていた。
「そうだな、同じだな」
またしばらく沈黙したレイは、クッションを抱えたままルークを見上げた。
「ラフカ夫人はどうなるの? これって罪になるの?」
ある意味無邪気な問いに、ルークは苦笑いして首を振った。
「まず、罪にはならないだろうな。この場合、お前が正式に申し立てを行なって軍部が取り調べを行なって、ラフカ夫人がそれを認めれば、まあ、彼女が罪に問われる可能性もない訳じゃあないが、そもそも今回は未遂であって実際の被害は何もない訳だからな。仮に申し立てを行ったとしても、軍部が動く可能性は低いね」
「じゃあ、僕が黙っていれば良いわけ?」
無表情でそう聞かれて、ルークの方が戸惑う。
「まあ納得はしないだろうけど、それが一番無難だな」
「そんな……」
何か言いかけて口を噤むレイに、慰めるようにブルーのシルフがまたキスを贈る。
「ここから先は、大人の事情ってのが絡むから。後始末は俺達に任せてくれるか」
苦笑いしたルークの提案に、レイはまた驚いて目を見開くのだった。
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