ルークとレイとブルーのシルフ

「まず、相手は仮にも侯爵夫人だ。軍部に申し立てを行うみたいに、こちらから表立って事を荒立てるのはあまり得策じゃない」

 黙ったままで頷き、しかし明らかに納得していない表情のレイを見て、苦笑いしたルークが更に口を開く。

「だからこの場合、無関係だった第三者として来てくれたゲルハルト公爵を頼るのが一番良いだろうね」

「ゲルハルト公爵閣下を、頼る?」

「そう、閣下はそう思って一緒に来てくださったんだ。まあこんな事になってるとは思わなかったからさ。俺達は、主催者であるラフカ夫人かリューベント侯爵その人との間に、何か揉め事でもあったのかと思ってたんだよ」

 真剣な顔で頷くレイを見て、ルークも真剣な顔で頷く。

「閣下はもう、恐らくだけどイプリー夫人やあの場にいた執事達から話を聞いて、裏での出来事も含めて何があったのかって事は正確に理解しておられるだろう。お前にとっては突然で驚いただろうけど、正直言うとこんな話は珍しくない。まあ、事が表沙汰になったって意味では逆に珍しいかもな」

 驚きに目を見開くレイに、ルークは嫌そうに肩を竦めた。

「そもそも、俺達竜騎士には薬は効きにくい」

 それはガンディやハン先生からも何度も聞いているので頷くレイに、ルークは苦笑いして首を振った。

「だけど、媚薬は関係無いみたいで、何故か俺達にも効くんだよな。困った事に」

 もっと驚くレイに、ルークは嫌そうに肩を竦める。

「まあ、実を言うと俺もやられた事がある。ちなみにタドラもある。マイリーもある。ヴィゴとカウリは既婚者だし、ロベリオとユージンは竜騎士になった時点で既に婚約者がいたから、そこまであからさまな真似はされなかったけど、実を言うと裏ではもっと色々とある」

 真顔になるレイに、ルークは嫌そうに顔をしかめて肩を竦める。



「……それって、どうなったか聞いていいですか」



 遠慮がちな真顔の質問に、ルークは小さく吹き出す。

「ご婦人との火遊びなんて別に珍しくもないけどな。ただ双方合意の上での遊びと、薬を盛られて一方的にとなると、さすがに意味が違う。俺達には伴侶の竜が寄越したシルフ達がいるからね。当然、合意も無く事に至る前には阻止されてるよ」

 安堵のため息をもらしたレイに、ルークは苦笑いを止められない。

「まあ、そういう意味での色仕掛けは、さすがに竜達の寄越したシルフが気付いて守ってくれるって。だから、そこは安心するといいよ」

「そうだね。分かりました。じゃあこの一件は、ゲルハルト公爵閣下にお願いすればいいんですか?」

「そうだな。俺からお願いしておくよ。閣下からリューベント侯爵に、最近夫人のお遊びが過ぎるって言って貰えば、あとは旦那である侯爵が対処してくれるよ。この場合は、恐らくだけど夫人はしばらく謹慎、ってとこかな」

 ニコスのシルフ達が揃って頷くのを見て、レイも頷く。



「えっと、僕は何かする事ってありますか?」

 クッションを抱え直したレイを見て、ルークは優しく笑って首を振った。

「今回は、お前は何も気付かなかった事にしておけ。後で閣下と密かに会わせてやるから、その時に直接お礼を言うと良いよ。お世話になりました、ってね。これで閣下に借り一つ、だな」

 真顔で頷くレイに、ルークも笑って頷いた。

「ラフカ夫人が叫んだ内容を覚えている誰かから、もしかしたら彼女との事を何か言われるかもしれないけど、何か言われたらこう言っておけばいい。そうなんですか、でも彼女は僕の演奏の最中にお帰りになったみたいですよ。ってね」

「ああ、姿が見えなかったのって、やっぱり先に帰ったからだったんですね」

 それなら、彼女はラフカ夫人の叫ぶ声を聞いていないだろう。安心したように笑うレイを見て、ルークは小さくため息を吐いた。



「あれ、ちょっと待ってください」

 クッションを置きかけたレイが、何やらまた考え込んで無言になる。

「おう、どうした。聞きたい事があれば今のうちに聞いてくれよ」

 ルークの言葉に頷き眉を寄せて考えていたレイは、小さく深呼吸をして顔を上げた。

「ローザベルを守ってくれたミレー夫人は、どこでこの一件を知ったんだろう?」

『それは我が教えたからだよ』

 ルークが何か答える前に、レイの膝に座ったブルーのシルフがそう答えた。

『レイを狙ったよからぬ企みが進行しておる。出来れば口出ししてもらえぬか、とな」

「つまり、ラフカ夫人が僕に薬を盛ろうとしてた事と、彼女が、その……ローザベルに僕の相手をさせようとしてたって事を言った訳?」

 頷くブルーのシルフを見て、またクッションを抱えたレイが横に倒れる。

「ええ〜! 僕、次にどんな顔をしてミレー夫人に会えばいいんだよ」

 吹き出すルークに、クッションを抱えたまま腹筋だけで起き上がったレイが口を尖らせる。

「ルーク!」

「あはは、悪い悪い。大丈夫だって。彼女ならこういう事態の後始末は心得てくれているよ。しかも今回の一件、お前に落ち度は無いんだから堂々と胸を張って次の夜会に出ればいい。何なら、彼女にも後日こっそり会わせてやるから、直接お礼を言えばいいよ。お世話になりましたってな。それで、後で花でも贈っておけ」

 笑ったルークの言葉に、レイがまた目を瞬く。

「えっと、この場合の僕の落ち度って、例えて言うならどんな事が当てはまるの?」

「まあ、今回のお前はいわば一方的に狙われただけの完全な被害者だからね。だから気にしなくて良いって言ったわけだ。例えばこれが、仮にお前とローザベルの間に多少なりともそう言った関係を匂わせる噂や出来事があれば、また別だろうけどなあ」

 ルークのその言葉に、突然レイが真顔になる。

「おい、まさかと思うけど何かあるのか?」

 こちらも真顔で尋ねるルークに、レイはローザベルと一緒の舞台の後、彼女の手を取ってキスを贈った事を話した。その際に彼女が真っ赤になった事や、会場から冷やかすような笑い声があった事も話した。

「ああ、まあその程度ならまだ笑い事の範疇だな。気にしなくていいよ。もしも何か言われたら、彼女の歌声が素敵だったらお礼のキスを贈ったって言えば良いさ」

「良かった。思わずキスを贈ったんだけど、後で何か言われたらどうしようって思いました」

 ため息を吐いてまたクッションを抱え込むレイに、ルークは苦笑いしてグラスを持った。

「まあ、今回はちょっと冗談で済まない事もあるけど、お前やローザベル嬢に被害が無くて何よりだよ。これも経験だ、しっかり勉強してくれ」

「もうやだ〜! 僕、泣いて森のお家へ帰ります〜〜!」

 クッションを抱えたレイのお約束の叫びに、ルークは遠慮なく吹き出したのだった。





『まあ後始末はまだありそうだが、ひとまず一件落着したようだな。この程度の騒ぎで済んで良かったと言っていいのか』

『そうだね』

『あとで何か言ってくる人もいるかもしれないけど』

『それは負け犬の遠吠え』

『放っておけば良い』


 苦笑いするニコスのシルフ達にそう言われて、ブルーのシルフはため息を吐いて首を振った。


『それにしても、人の子の考えは、我には理解出来んよ。全く、どいつもこいつも度し難い愚か者どもだ』

『でも主様の周りの人は良い人達ばかり』

『良い人良い人』

『確かにそうだな。それはきっと……とても稀有であり、有難い事なのだろうな』

『大事にしないとね』

『そうだな……』


 長きに渡り人間に不信感を抱き嫌悪していたブルーだったが、レイと共にこの地で暮らし、彼の周りの人達を見て、少しは人間を信用しても良いとまで思えるようになっていたのだ。

 そんなブルーのシルフの言葉に、ニコスのシルフ達は嬉しそうに何度も頷いていたのだった。

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