一人での夜会への参加

「それじゃあ行ってきます」

 早めの夕食を食堂で食べたレイは、身支度を整えて竪琴の確認をした。一応、予備の竪琴も持っていく事にする。

 ルーク達も今夜はそれぞれ別の予定があるらしく、食事が終われば早々に出かけてしまったので、見送ってくれた従卒と執事達に手を振り、レイはラスティと竪琴を持ってくれている執事と一緒に城へ向かった。



「そう言えば、今日までの竜の面会では新たな主は現れていないんだね」

 渡り廊下を歩きながら、隣を歩くラスティに小さな声で話しかける。

「そうですね。今のところご縁は無いようですね。ですが、実際に面会で竜の主が現れるのは数年に一度程度ですから。このところの未成年の方々の急な出現を考えると、ちょっと今年はご縁が無いのではないかともっぱらの噂ですね」

「どうなんだろうね。僕は年上の方が竜の主になってくれれば嬉しいけどなあ」

「ティミー様がお越しになられたら、末っ子卒業ですね」

 笑ったラスティの言葉に、レイは目を輝かせる。

「本当だ。じゃあもっと頑張らないとね」

「そうですね。及ばずながらお手伝いしますので、どうぞしっかり頑張ってください」

「はい、よろしくお願いします」

 無邪気に答えるレイの様子に、後ろを歩く執事も自然と笑顔になるのだった。




 到着した会場には、まだ始まっていないにも関わらず既に多くのご婦人方が集まっていた。

 会場に一人で入ったレイには、主催者であるリューベント侯爵夫妻が出迎えてくれる。

 まずはリューベント侯爵と挨拶を交わし、差し出された手を取ったレイの丁寧な挨拶に、ラフカ夫人はにっこりと笑って膝を軽く曲げて礼をした。

「ようこそお越しくださいました。レイルズ様の竪琴を聞きたいと皆申しておりますので、どうぞたくさん演奏してくださいませ」

「はい、喜んで。えっと、何かご希望の曲などありますでしょうか?」

 主催者から竪琴を弾いて欲しいと言われている場合、希望の曲を聞くのも礼儀のうちだ。あまり難しい曲じゃないと良いな、などと思いながら気軽に尋ねると、思わぬところで叱責を受けた。

「レイルズ様。えっと、はおやめなさい。以前から良くない口癖だと思っておりました。いい機会ですから注意させていただきます。公式の場で話す際には気をつけなさい」

「あ、申し訳ありません」

 夫人に厳しい口調でそう言われて、慌てて口元を押さえたレイは素直に謝った。

 これはルークや執事達からも何度も注意を受けているが、うっかりするとつい口から出てしまうのだ。まさかのラフカ夫人からの厳しい指摘に、レイは気をつけようと肝に銘じていたのだった。

 その素直に反省する様子を見て満足そうに頷いた夫人は、にこりと笑った。

「素直でよろしい」

 しかし、その笑顔が意外にもとても優しそうで、改めて一礼したレイは密かに驚いていたのだった。




「では、この花を君へ、をお願いしてもよろしくて」

 その優しい笑顔のままのラフカ夫人にそう言われて、レイはこれ以上ない笑顔で頷く。

 それは以前マティルダ様と共演した事もある曲で、互いを想う恋する男女の気持ちを歌った歌だ。

「かしこまりました」

「それなら私は、空の彼方へ、をお願いしたいね。好きな曲なんだ」

 侯爵の言葉に、一瞬驚いたがすぐに笑顔になる。

 公式の場で歌った事は無いが、空を飛ぶ竜に憧れを抱き、自分にも、自由に大空を舞う事が出来る翼があれば良いのにと願う、空と竜に憧れる若者の心情を歌った歌で、レイも気に入っている歌だ。

「かしこまりました。ではその二曲を歌わせていただきます」

「あら、もっと歌ってくださってもよろしくてよ」

 背後から聞こえた声に振り返ると、リーフシェン伯爵夫人をはじめとしたラフカ夫人の取り巻きのご婦人方が勢揃いしていた。当然、全員が血統至上主義。つまりレイを目の敵にして粗探しをしている人達だ。

 しかし、いつもと違って皆、妙に優しそうな笑顔をたたえている。

「えっ……」

 えっと、と言いそうになって、軽く咳払いをして誤魔化す。

「失礼しました。では何かご希望の曲はございますか?」

 すると、次々に曲名を言われて思わず慌てる。

 一応知っている曲ばかりなので演奏するのは不可能ではないが、これを全部弾いたら多分レイ一人で相当の時間を取る事になるので、幾ら何でも他に演奏する方に失礼だろう。

 しかし、取り巻きの一人のアインリーデル侯爵夫人であるリーゼン夫人が、戸惑うレイに向かってにっこりと笑って教えてくれた。

 他に演奏予定だった方が、お二人も急な予定変更があり抜けてしまったので、ダンスの後の時間が予定外に余ってしまっているのだと。

 なので是非助けて欲しいのだと言われて、レイは笑顔で頷いた。

「かしこまりました、それならもちろん喜んでいくらでも演奏させていただきます。……では、ご希望の曲があればカードに書いて届けていただけますか」

 えっと、と言いそうになったが何とか誤魔化せた。

 曲をカードに書いて演奏者に届けるのは、舞台に上がった後でも追加で演奏して欲しい曲がある時などに取られる方法だ。

「あら、それは良いですわね。では希望の曲を集めておきますわ」

 リーゼン夫人が笑顔でそう言うのを見て、レイは密かにどんな曲が来るのかと考えて心配になっていたのだった。



『おやおや。あの連中は今度は何を企んでおるのだ?』

 壁に作り付けられた大きな燭台に座ったブルーのシルフの呟きに、会場にいたシルフ達が嬉々として集まって来て、先ほど彼女達が話していた内容を教えた。

『ほう、なんとなあ。ならば彼女達の企みを思いっきり潰してやろうではないか』

『もちろん手伝いま〜す』

 ブルーのシルフの声に、ニコスのシルフ達が集まって来て胸を張った。

『そうだな。こういった場面では我よりも其方達の方が遥かに役に立つだろう。よろしく頼む、レイを守ってやってくれ』

『もちろん喜んで!』

 もう一度得意げに胸を張ってからその場でくるりと回ったニコスのシルフ達は、そのまま消えてしまった。

 彼女達を見送ったブルーは密かに笑いながら、集まってまだ話をしているレイと夫人達をこっそりと眺めていたのだった。

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