ダンスとワインとシルフ達
夜会が始まると、まずはダンスの時間だ。
しかし、最近最初のダンスをお願いしているティンプルもシュクレも今日の夜会には参加していないようで姿が見えない。
困って周りを見回していると、見覚えのある女性が笑いながらこっちを見ているのに気付いた。その女性の肩にはシルフが座っているのが見えてレイは目を瞬かせた。
それは精霊魔法訓練所で何度か見かけた事がある女性で、クラウディアやニーカとも仲が良く、食堂では何度も一緒に話をしているのを見た覚えがある。
そしてカウリの恋人発覚事件の発端になった訓練所での食堂での一件の際、カウリに相手をしてくれるのかと言って笑った女性だったのだ。
しかし、最近では訓練所では見かけた記憶が無いのにも気付き、少し考えてゆっくりと近くへ行ってみた。
「お久し振りです。レイルズ様」
予想通りに話しかけて来てくれたので、笑顔で一礼して立ち止まる。
確か、お父上が城に勤める事務官で地方貴族の方だと聞いた事を思い出し、今日の夜会の人達の顔ぶれを考えて少し違和感を覚えた。
一地方貴族の事務官のお嬢さんをわざわざリューベント侯爵夫妻が夜会に招待するなんて、血統至上主義の公爵夫妻とはどんな関係なのだろう。
それによく考えたら彼女の名前も知らない事実に気がつき、レイは密かに焦っていた。
なんとなく苦笑いした彼女は、小さく頷きそっと右手を差し出す振りをした。
これは女性の側から、あなたと踊りたいと密かに示す際の方法の一つだ。
女性の心の機微には全く疎いレイでも、さすがにこのサインは分かるようになった。
「一曲お願い出来ますでしょうか」
名前はいざとなったら改めて気が付いた振りをして聞けば良いと開き直り、とにかく笑顔で右手を差し出す。
「まあ、喜んで」
笑顔でそう答えてくれて、そのまま腕を取って進み出る。
流れ始めた音楽に合わせて、ゆっくりと彼女の手を引いて踊り始めた。
「あら、お上手なんですね」
女性としては決して小柄というわけでは無いその女性だが、レイと向かい合うとかなりの身長差となっている。
「とんでもありません。いつ足を踏むんじゃないかと思いながら踊ってるんです」
下を向いて眉を寄せるレイを見て、見上げていた彼女は遠慮なく吹き出す。
「あらあら、そうなんですね。でも大丈夫ですわ。今日の私は甲の硬い靴を履いておりますから、遠慮なく踏んで頂いて構わなくてよ」
からかうようにそう言われて、思わずお礼を言うとまた笑われた。
「そういえば名乗っていませんでしたわね。ローザベル・ジークリットと申します。改めてどうぞよろしく。でも、この春で訓練所はもう卒業してしまったので、もうあまりお会いする事も無いかと思いますわ」
踊りながら器用に肩をすくめる彼女を見て、レイは最近訓練所で見かけた覚えがない理由に納得した。
「そうだったんですね。卒業おめでとうございます」
そう言いながら音楽に合わせて少し離れて、手を繋いだ彼女をくるりと回してやる。それからまた手を取り直して踊り始める。
「ラフカ叔母様は、私の母の腹違いの姉になるんです」
小さな声でそう言われて、驚きのあまり思わず足を止めそうになって慌ててステップを踏み直す。
「そ、そうだったんですね。えっと、どういうご関係なのかなって、ちょっと思ってました」
オルダム在住の主な貴族の人達については、一通り習った覚えがあるので、名前を聞けばある程度は分かるが、さすがに地方貴族の人達までは把握していない。しかし、貴族間は意外なところで婚姻関係で繋がっていたりするので、別に驚くほどの事ではないのだろう。
彼女はそんなレイの内心をまるで分かってるかのように小さく頷き、ちょうど曲が終わったところで足を止める。
「ちょっと喉が渇きましたわ」
下がりながらそう言われて、レイは近くにいた執事からワインを貰う。
そのまま一つを彼女に渡して、軽く捧げてから自分も飲もうとした時、いきなり彼女がレイの袖を引いたのだ。
そしてそれと同時にニコスのシルフ達が現れて、同じくレイの腕を思い切り引っ張ったのだ。そしてそのうちの一人は、なんとレイのワイングラスを持っていた指を思い切り叩いたのだ。
ワインを飲もうとした腕をいきなり引っ張られて、それと同時の突然のニコスのシルフの行為に、レイは驚いて持っていたワイングラスを取り落としてしまった。
直後に彼女も持っていたワイングラスから手を離し、二つのワイングラスが落下していく。
咄嗟にシルフに頼んで止めようとすると、またニコスのシルフが現れていきなりレイの口を押さえたのだ。
ちょうど音楽が途切れたタイミングだった為に、止めるのが間に合わなかった二つのグラスの割れる大きな音があたりに響き渡る。
突然の音に驚いて、周りの人達が振り返る。
「ああ、申し訳ありません、せっかくのドレスにワインの染みが!」
焦ったレイがそう言い、咄嗟に彼女を抱き抱えるようにしてその場から下がらせる。
「お気になさらず。汚れたのは自分が落としたワインのせいですわ」
まるで泣きそうな顔でそう言われてどうしたら良いのか分からずに戸惑っていると、またニコスのシルフが目の前に現れた。
『今は彼女から離れないで』
『それからここでは赤のワインは飲まないで』
『飲んではいけない』
真顔のシルフ達にそう言われて、戸惑いつつも頷く。
シルフ達がこんな風に一方的に何か言う時は、必ず理由があるのだ。
しかもこの場で理由を説明しないという事は、間違いなく何らかの問題があるのだとすぐに理解したレイは、素直に頷いた。
その間に彼女は、すぐに執事が渡してくれた濡れた布でドレスの汚れた部分を何度か叩き始めた。
すると、ウィンディーネが二人、彼女の指輪から出てきてあっという間にワインの汚れを取り除いて濡れた布に移してしまった。もうほとんどドレスの汚れた部分は分からない位に綺麗になっている。
これはニーカが使っている洗浄の技で、上位の水の精霊魔法だ。
「お見事です。水の精霊魔法は上位までお使いになるんですね」
レイの言葉に、照れたように頷いた彼女は、俯いたままレイのそばに顔を寄せた。
「ここではワインは飲まないでください。絶対に、絶対に……」
ごく小さな声でそう言われて、驚きに目を見開く。
「それって……」
どういう意味だと尋ねようとしたところで、またいきなりニコスのシルフに口を塞がれた。
『言っては駄目』
『知らない振りをして』
また真顔でそう言われて、小さく頷く。
何が何だか全く理解出来ないが、自分の知らないところで、明らかに何らかの問題が起こっている事だけは理解出来た。
戸惑うレイの背後から近寄る人物がいる事に気付いていたが、ブルーのシルフまでが現れて真顔で首を振るのを見て、レイは気付かない振りをしてじっとその場に立っていたのだった。
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