人との付き合い方と考え方

「だって、そんなの無理ですよ。人の考え方を変えるのは簡単じゃあないって、さっき言っていたでしょう?」



 気に入らない物事を自分達の思い通りにしたいから同じ考えの人を集めるのだと言われて、理解出来ないレイの眉間の皺がまた深くなる。

「だからこそさ。それが出来るのが権力だと彼女達は考えているからだよ」

「それが権力?」

 驚くレイに、マイリーがため息を吐く。

「まあ、これはいずれレイルズ自身も経験するだろうさ。身分をかさに他人を思い通りにしようなんて考える奴は、貴族社会には大勢いる。だけどそんな奴でも、表向きはにこやかに良い人を演じていたりするんだよ」

「理解出来ません」

 口を尖らせて首を振るレイに、二人は困ったように顔を見合わす。



「ううん、この辺りの教育はまだまだこれからだな。これはお前の得意な分野だからな。よろしく頼むよ」

 笑ったマイリーがルークを見て肩を竦める。

「マイリー、俺に丸投げしましたね」

 態とらしくため息を吐いたルークが横目でマイリーを見る。

 鼻で笑ったマイリーは、まだ口を尖らせているレイに向き直った。

「これも適材適所だよ。まあ、今のは極端な例だが、こんな話はいくらでもあるさ。それでもこれから先、そんな連中とも笑顔で付き合っていかなければいけないんだ。しっかり頑張ってくれ」

 理解は出来てもやっぱり納得出来ないとばかりに口を尖らせて唸るレイを見て、マイリーはもう一度困ったように笑っている。

「理解出来たかはとにかく、今の例え話でそう言った考えの人達が一定数いるんだって事は分かっただろう?」

 ルークの説明に、レイは納得は出来ないものの多分理解出来たと思うので小さく頷いた。



 先程の話は、マイリーやグラントリーから今までにも何度も聞かされてきた事と本質は同じだろう。

 これから先、例え自分の気に入らない相手であっても、知らん顔をして付き合わない、と言うわけにはいかないのが大人の社会なのだと。

 なので、気に入らない相手や嫌いな相手とでも夜会などでお会いしたら、平然と笑顔で話が出来るようにしなければいけないのだとも言われた。

 しかしまだ、レイにとってそこまで嫌な相手というのはいない。

 ラフカ夫人をはじめとする血統至上主義の方々も、実を言えば顔を見たくもないほどに嫌いかと聞かれればそこまで嫌いという訳ではない。

 例えば、少し前に陣取り盤の攻略方法では大いに盛り上がる事が出来たし、きっと頑張って探せば他にもあの人達とだって話の合う事が見つかるかもしれない。

 そう思って一人で頷いていると、何故か口元を押さえて笑うのを我慢しているマイリーと目が合った。

「えっと……」

「お前が今考えていた事を当ててやろうか」

 笑いを堪えたマイリーの言葉に無言で頷くと、軽く咳払いしたマイリーはにんまりと笑って口を開いた。

「今の話は納得出来なくても内容は理解した。問題点も多分解ったと思う。でも、ラフカ夫人をはじめとしたご婦人方も、よく考えれば顔も見たくないほど嫌いじゃあないから、頑張って今度会った時に話の合うところを探してみれば他にもあるかもしれない。どうだ?」

「マイリーすごい。どうして分かったんですか!」

 目を輝かせて身を乗り出すレイの言葉に、隣で聞いていたルークが盛大に吹き出す。

「お前、全然分かってないじゃねえか!」

 そう言いながら勢いよく横から頭を叩かれて、レイは頭を抑えて振り返った。

「痛いです。暴力反対!」

「はいはい、悪かったって、思わす手が出ちまったよ」

 全然悪いと思ってなさそうな謝罪に、レイは黙って横からブーツの先でルークの足を蹴っ飛ばした。しかも、ちょうどブーツの上側の生身の部分だ。

 情けない悲鳴を上げて仰反るルークを向かいに座っていたマイリーが見て、さっきのルーク並みに盛大に吹き出す。

 誤魔化すように咳き込む彼を見て、レイも堪えきれずに笑った。



「はあ、あざになったらどうしてくれるんだよ」

 赤毛を横から突っつかれて、レイは嫌がるように顔をしかめて舌を出す。その舌の先を指で引っ張られそうになって慌てて仰反ると、またマイリーが向かいで笑っている。

「こらこら、何をしてるんだよ。子供か、お前らは」

 やっと笑いを収めたマイリーの言葉に、座り直したレイは改めてマイリーに向く直った。

「さっきの話の答え合わせをお願いします」

「答え合わせ?」

「僕が考えてる事をマイリーは当てて見せたけど、ルークの言い方はそれが正解じゃあないみたいだったから、正解を教えてください」

「正解って……」

 ルークの呟きに、レイは勢いよく振り返った。

「だってそうでしょう? 仲良くしないといけないのなら、話の合うところを探すのが良いと思ったんだけど、違うんですか?」

「だから、その仲良くしようって考えが違うんだよな?」



 目を瞬くレイに、ルークは一転して優しい顔になる。



「レイルズにとって、にこやかに話をするって事は、つまり仲良くするって事な訳だ」

 その通りなので頷く。

 しかしルークはまた困ったように笑う。

「ううん、お前にはまだ表面上のお付き合いってのは無理かな?」

「表面上のお付き合い?」

「そう。例え腹の中ではどれだけ嫌っていようとも、にっこり笑って挨拶程度が出来ればそれで良いんだ。大抵は相手だって自分のことを嫌いなんだから、どう転んでも仲良くしようとはお互い思っていない。だから無理にそれ以上仲良くなる必要はないんだって」

「それがつまり、表面上のお付き合い?」

 レイルズにとっては、それは相手に対して不誠実な態度な気がして嫌だと思う。しかし、ルークは小さく笑って肩を竦めた。

「そうだよ。例えば以前、俺が父上を嫌って公式の場でも口をきこうとしなかった、あの一件。俺は一切話さないどころか父上の顔も見ようとはしなかった。あれは庶子とはいえ親子だったから許された行為であって、俺とディレント公爵の間に血縁関係が無かったとしたら、仮に二人の間でどれだけ大きな揉め事があったのだとしても、俺の態度はそれこそ陛下から直接叱責されるくらいの問題ある行動だった訳だよ」

 突然の話に、レイは驚きに言葉もないまま隣に座るルークを見つめた。

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