夕食会と主催者の立場

「それじゃあ、ゆっくり休んでね」

 それぞれの主にしっかりキスを貰い、遠慮なく触れ合ったブルーとターコイズは仲良く並ぶ愛しい主達に見送られて、夕暮れの中を湖へ戻っていった。

 巨大な竜達の姿が湖に沈んで見えなくなるまで見送ってから、レイ達は書斎へ戻った。




 夕食は、昼と違って少し改まった席となっていた。

 要するに、本読みの会の後の夕食は、ティミーの歓迎会という形にするのだと執事から聞かされたレイは驚きに目を見開く。

 しかも屋敷の主人であるレイルズが主催者であり、当然主賓はティミー、ルークと若竜三人組は招待客という設定だと言われて、レイは声なき悲鳴を上げて書斎の机に突っ伏してしまった。

「あはは、そりゃあ良い。初めての主催での夕食会だな。しっかりしてくれよ」

 顔を上げたところで笑ったルークにそう言われて背中を叩かれ、情けない悲鳴を上げて顔を覆った。

「これも経験でございます。お身内だけですから、失敗しても問題ございませんでしょう?」

 笑顔の執事にそう言われてしまってはレイも拒否出来ず、初めての自分主催の夕食会の開催となった。



 まずは、書斎からルーク達とティミーを控え室へ案内する。

 それから一旦下がって、今夜の料理を先に一通り料理長から説明を受け、出すワインを確認する。

 打ち合わせが終われば、別室にて寛いでいる招待客を迎えに行くところから始まるのだが、もうレイの頭の中は真っ白になっていた。

「えっと、最初に招待客の人達を案内して、最後に主賓を案内するんだよね」

 教わった事を必死で思い出しつつ、自分の役割を指を折って一つずつニコスのシルフ達に確認する。

 しかし、いつもなら積極的に詳しく教えてくれる彼女達が、頷くだけで何故だかあまり教えてくれない。


『主様はもう分かってるはず』

『もう出来るはずだよ』

『だから大きく間違いそうな時は教えてあげるから』

『一から自分でやってごらん』

『大丈夫大丈夫』


 笑ったニコスのシルフ達にそう言われて、大いに焦りつつも必死になって、まずはルーク達を大真面目な顔で夕食会のための部屋に案内していったのだった。

 ルーク達も、面白がったり揶揄う様子も見せずきちんと相手をしてくれたので、レイも無事に案内する事が出来た。

 最後にティミーを迎えに行った時には、お互いの不安そうな顔を見て小さく吹き出し、笑って手を叩き合い、拳をぶつけ合ってから並んで廊下へ出た。

 それを見ていた執事達は、密かに笑ったり満足気に頷いたりしつつ、素知らぬ顔で控えていたのだった。



「ほら、主催者なんだから挨拶くらいしないと」

 席に着いたらすぐに食事が始まると思っていたレイは、笑顔のルークにそう言われて慌てた。

「えっと……」

「難しく考えなくていい。今の気持ちを素直に言葉に表してごらん。人前で話をするのも経験だよ」

 優しい声でそう言われて、不安になりつつも立ち上がって一礼する。

 全員が自分に注目しているのを感じ、落ち着かせるように小さく息を吸った。



「えっと、本日は本読みの会にお集まり頂き、ありがとうございます。今夜はささやかですがティミーの歓迎会という形を取らせていただきました。どうぞ楽しんでください」

 そこで、一旦言葉を切って唾を飲み込む。

「ティミー、改めておめでとうを言わせてください。それからターコイズにもおめでとうを。二人のこれからが長く長く続くよう、僕も精霊王にお祈りさせてもらいます」

 ティミーの肩に座っていた大きなシルフが、その言葉に嬉しそうに一礼する。

「ティミーは、僕にとっては初めての後輩になります。でも、どうやら僕の方がティミーから習う事は多そうです。頼りにしてるからよろしくね」

 大真面目なレイの言葉に、真剣な顔で聞いていたティミーだけでなく、あちこちから控えめに吹き出す音が聞こえてレイも笑顔になる。

「これら先、きっといろんな事があるでしょう。楽しい事だけじゃなく、辛い事や苦しい事だってあるかもしれません。僕もここへ来た当初は不安でいっぱいでした。ティミーもきっとそうだと思います。でも、頼もしい仲間がいるから大丈夫だって今なら思えます。僕もティミーもまだまだ出来ない事の方が多いし、きっとたくさん迷惑をかけると思います。どうか、よろしくご指導ください。僕も、自分に出来る精一杯の事を頑張ります」

 笑顔で一礼するレイに、全員から大きな拍手が贈られた。

「では、乾杯のワインを開けさせていただきます」

 乾杯は、軽めの赤のワインでティミーにはキリルのジュースが用意された。

「精霊王に感謝と祝福を」

 レイの言葉に、それぞれグラスを掲げた一同の声が揃う。

「精霊王に感謝と祝福を」

 一息にワインを飲み、無事に主催者としての役目を果たしたレイにもう一度拍手が贈られたのだった。




「なかなか立派な挨拶だったな」

 ようやく席に着き、何度か深呼吸をして息を整えたところで、隣に座ったルークにそう言われてレイは慌てて首を振った。

「ええ、もう必死だったんです。どこかおかしくなかったですか?」

「言っただろう。なかなか立派な挨拶だったって。直前に言われてあれだけの挨拶が出来るんなら、そろそろ一人で夜会に行かせても大丈夫だな」

「いや、それは全然大丈夫じゃあありません! お願いですから一緒に行ってください!」

 必死になるレイの言葉に、ルークが遠慮なく吹き出し、反対側に座ったティミーも一緒になって笑っていた。

「でも、冗談抜きでレイルズもそろそろ独り立ちしないとね。言っただろう、今のうちに失敗も経験しておくべきだって」

「だよなあ。まあ一人で行かせる際にはまずはある程度厳選して、大丈夫そうな相手を選んで行かせるから安心しろって」

 ロベリオの言葉に、笑ったルークが腕を組んでウンウンと頷く。

「全然安心出来ませんって」

 情けない顔で眉を寄せるレイに、部屋は笑いに包まれるのだった。





『ほう、レイもなかなか立派な事を言うようになったな』

『確かに、頼もしい先輩がいてティミーも安心だな』

 満足そうなブルーのシルフの呟きに、ターコイズの使いのシルフも嬉しそうに頷く。

 燭台に座ったそれぞれの竜の使いのシルフ達が、そんな二人を嬉しそうに見つめていたのだった。

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