書斎にて

「ねえ、ブルー。ちょっとここの所、聞いてもいい?」

 二冊目の本を読んでいた時、不意に顔を上げたレイが小さな声で自分の腕に座って一緒に本を読んでいたブルーのシルフに話しかける。

『ああ、構わないぞ。どうした?』

 顔を上げたブルーのシルフに小さく頷いたレイが、今読んでいた部分を指で示す。

「あのね、古い時代の魔法陣について書かれた本なんだけどさ。変なんだよね。ほらここ。例題として挙げられている魔法陣の展開の際の計算方法が、僕の知っているのとは違ってる気がするんだけど、どういう事? これだと多分、計算が合わないよ」

 机の上に置かれていたノートを取り、開いたページに一気に計算を書き始める。

「ほら、やっぱり。これだと次の外側の円の展開が違ってくるよ?」

 真剣に悩むレイを見て、ブルーのシルフは笑って頷く。

『ああ、これはそもそも元になる計算式が違うのだよ。なので外側の展開方法も当然変わる』

「ええ? 魔法陣だよ。そんな事ってあるの?」

 レイにしてみれば、精霊魔法そのものは、たとえ千年前であろうとも変わらないと思っていたので、魔法陣の展開方法がそもそも違うと言うのは驚きだった。



 レイの反応を見て笑ったブルーのシルフは、広げたままの問題の本の横に降り立つと、パラパラとページをめくって簡単に読み始めた。

『ほお、これはまたかなり古い時代の本だな。しかもこの本は、それよりもさらに古い、精霊王の時代よりも前の羊皮紙を手に入れて研究したのを書き記した本だよ。これほどの本が今の時代にまで普通に読める状態で残っていたと言うのは驚きだな』

 嬉しそうなブルーの言葉に、レイだけでなく、ティミーとタドラも揃って驚きに顔を上げた。

『大元の最初の羊皮紙が書かれた時代は、まだ一部の魔法陣の展開方法が未成熟で、複雑な術の発動は一部の高位の精霊魔法使いにしか出来なかった時代だよ』

 驚きに目を見開くレイに面白そうに笑ってそう言い、ブルーのシルフは先ほど示された部分の魔法陣の詳しい計算の説明を始めてくれた。

 しかしそれは確かに、今のレイが精霊魔法訓練所で勉強したそれとは明らかに違っていた。




『な。分かったであろう。魔法陣だって不変のものではない。それぞれの時代の人達が創意工夫を重ね、今の形となったのだよ』

 詳しい説明を聞いて何度も頷くレイを見て目を細めたブルーのシルフは、いつの間にか側に来て二人の話を真剣に聞いていたタドラを振り返った。

『エメラルドの主は、この話を知っているようだな』

「はい。でも知っていたと言っても、詳しい話は今初めて聞きましたね。以前、見習い神官として神殿にいた頃に、神殿の図書館に精霊魔法に関する古い本が何冊かあって勉強の為に読ませてもらっていたんです。その時に読んだ魔法陣に関する本に、精霊王の時代よりも以前は、魔法陣の展開方法が今とは違っていた。とだけ書かれていたんです。ちょっと気になっていたのですが、それ以上のことは分からなくて、そのままになっていたんです。ありがとうございます。今になって長年の疑問が解けましたね」

 肩を竦めて笑うタドラに、ブルーのシルフも同じように肩を竦めて笑った。

『ほう、良い事を聞いた。では今度時間のある時に、神殿の図書室にある本をこっそり見てみる事にしよう。掘り出し物が色々とありそうだな』

「何それ、僕も見たい!」

 目を輝かせるレイの叫ぶ声に、タドラとティミーが揃って吹き出すのは同時だった。



「レイルズ様、いくら何でもそれはいけません」

「ええ、駄目かなあ」

 口を尖らせるレイを見て、ティミーは呆れたように壁一面に広がる本棚を見た。

「これだけの本があるのに、まだ別のものが読みたいんですか? それなら、せめてここにある本を全部読み尽くしてから行ってください」

「ええ、そんなの一生かかっても無理だよ」

 情けない抗議にまた二人が笑う。

『待ちなさいレイ。それならこうしてやろう。まず我が先に行って見て来てやる。それで其方にも読んだ方が良いと思える本があれば、あの白の塔の長の竜人に頼んでやる故、彼に連れて行って貰えばよい。彼はかなり上位の神官の資格である、正一位の薬師神官の位を持ってると言っていたからな。それならば外部の人間を連れていても、神殿の図書館に入れるぞ』

「分かった、じゃあ待ってるから見てきてね」

『ああ、了解だ。でもまずはここの本をしっかりと読みなさい。特に、あの公爵が持ってきてくれた本は、思っていた以上に価値のある本が多かったようだな』

 ニコスのシルフ達も現れてブルーのシルフの横で嬉しそうに頷いている。

「そうだね。じゃあ、まずはここの本をしっかり読む事にするね」

 笑って頷いたレイは、置いてあった先程の本を手に取り、時折ノートに計算式を書き出したり、ブルーに聞いたりしながら真剣に読み進めていった。



「さすがは古竜だね。本当に知識の宝庫だ」

 感心したようなティミーの呟きに、顔を上げたブルーのシルフは小さく笑うと、レイの頬にキスをしてからふわりと飛び上がり、ティミーが読んでいる本の横に降り立った。

『其方の伴侶であるターコイズも、我ほどでは無いが相当な知識の持ち主ぞ。彼は、我でさえも知らぬ事を幾つも知っておった。ここで我が彼から習った事も多い』

 ブルーのシルフの言葉に、ティミーは目を輝かせる。

『しっかりと学び、ターコイズの良き主となれ。我も手伝う故な』

 笑って彼の細い指先をそっと撫でると、そのままレイの肩に戻ってしまった。

「ティミーと何をお話ししてたの?」

 戻って来たブルーのシルフにレイが嬉しそうに話しかける。

『大した事ではない。ターコイズは素晴らしい竜だと言ってやっただけだよ』

 素知らぬ顔でそう言うと、レイの滑らかな頬に改めてそっとキスを贈ったのだった。

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