昼食までの時間

 書斎でそれぞれ好きな本を読んで過ごしていると、レイの前にシルフが現れて座った。

 これは伝言のシルフだ。

『ルークだよお待たせ』

『今から三人でそっちへ行くからな』

「ルーク、お仕事お疲れ様。うん、待ってるからね」

 笑ったレイがシルフに手を振ると、同じく笑って手を振り返したシルフがくるりと回って消えていった。



「ちょっと遅くなったね。そういえば僕、お腹ぺこぺこです」

 本に栞を挟んで閉じて机に置いたレイは、同じく本を閉じてペンを置いたティミーを振り返った。

「はい、僕もお腹空きました」

 笑ったティミーが、積み上がっていた別の本を手に取る。

「今読んでいた経済学の本は、このまま進むとちょっと途中で手が離せなくなりそうなので、ルーク様達が来られるまでこっちを読む事にします」

 そう言って見せてくれたのは、初心者向けの精霊魔法の入門書だ。

 これは元々ここにあった本で、レイは読んだ記憶は無い。

 読み始めたものの、戸惑うように何度も顔を上げてはまた読み直しているティミーを見て、レイは小さく笑って読みかけた本を閉じた。



「ねえ、そう言えば、ティミーも精霊魔法訓練所に通うんだよね?」

「はい、母上がケレス学院長とお話をして、入学の手続きをしてくださっていました」

 話しかけられたティミーも、即座に読んでいた本を閉じてレイを振り返る。どうやらあの精霊魔法の本は、あまりティミーの興味を引かなかったようだ

「今まで通っていた国立大学の政治経済学部の講義は、今後は教授が僕の為に訓練所まで来て特別に個人授業をしてくださるそうです。でも時々は大学の講義にも参加するみたいですけれど、基本的に通常の講義は訓練所で受ける事になるみたいですね。精霊魔法に関しては、正直言ってさっぱりです。シルフ達とはちょっとは仲良くなったかなって思うけど、まだよく分からない事だらけです」

 そう言って小さなため息を吐いて、また精霊魔法の入門書を開いた。

「精霊魔法なんて、伝言のシルフくらいしか自分には縁が無いと思っていたから、こんなにいろんな精霊がいて、たくさんの精霊魔法の技があるのかと思うと、ちょっと気が遠くなりそうです。本当に僕に出来るかなあ」

 不安気なその言葉に、レイとタドラが慌てたように揃ってティミーの背中や肩を撫でた。

「大丈夫だよ。すぐに覚えるって。僕だって、竜の主が何かさえ知らずにブルーと出会ったんだもん」

「そうですよね。レイルズ様はすごいなあ」

 無邪気なその言葉にレイが照れたように笑い、そのあとはそれぞれ好きな本を読みながらルーク達の到着を待った。



「間も無くルーク様とロベリオ様、ユージン様が到着なさいます。本日は、庭に食事のご用意をさせていただいておりますので、そろそろ庭へどうぞ」

 開いたままだった扉の前で一礼した執事の言葉に、三人が顔を上げる。

「了解、それじゃあ出迎えに行こうか。すっかり遅くなっちゃったけどそれでそのまま昼食だね」

 笑ったタドラの言葉に、レイとティミーも読んでいた本を置いて立ち上がった。




 出て行った庭には、大きな机が置かれていて、庭にいる竜達を見る事が出来るように椅子が並べられている。机の後ろ側にあたる建物側の屋根のある部分では、これも大きな机が幾つも並べられ、さまざまな料理を準備してくれていた。

 そして、真ん中に置かれた巨大な焼き台の前では、ここで何度もお世話になっている料理人のルディが、今日も豪快に肉の塊を焼いている真っ最中だった。

 ティミーがその巨大な肉の塊を見て目を見開く。

「うわあ、すごい」

「ああ、これは美味しそうだね。ううん、良い匂いだ」

 嬉しそうなレイの言葉にタドラも笑顔で頷く。

「ルディ、またお世話になるね、いっぱい食べるからよろしくね」

 嬉しそうなレイに話しかけられ、真剣な顔で肉を焼いていたルディも笑顔になる。

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。もちろんたくさんご用意しておりますから、どうぞお好きなだけお食べください。でもお腹と相談してくださいね。後でお腹が痛くなってはいけませんから」

 大真面目なルディの言葉にレイが声を立てて笑う。その隣ではタドラも同じように笑っていた。



「うわあ……僕、大丈夫かなあ」

 大きな肉を焼いている焼き台の隣の鉄板では、切った肉や野菜、根菜類のぶつ切りなどがこれまた山ほど焼き始められたのを見て、ティミーは小さく呟いた。

 それでなくても年齢の割に少食なのに、運命の出会いをしたあの日以来、実を言うと緊張のあまりさらに食欲が落ちているのだ。

 普段から食べている肉も、刻んで柔らかくした肉がほとんどで、あんな塊の肉を切って出されたとしたら、一切れ食べるだけでもかなり苦労するだろう。

 少し離れたところで不安気に早い息をするティミーの様子に、タドラはすぐに気が付いた。



「大丈夫だよ、ティミー。別に無理に食べなくても良いんだからね」

 優しくかけられた言葉に、驚いて目を見開く。

「少食だって聞いたよ。どれくらいなら食べられそう?」

 しゃがんで、内緒話をするかのように笑顔で小さな声で話してくれたので、ティミーも安心したように小さく笑って、今まさに焼かれている真っ最中の肉の塊を見た。

「正直言って、あの肉は僕にはちょっと……」

「刻んだ柔らかい肉なら食べられるかな?」

「はい、それなら少しは食べられると思います」

「お野菜や芋なんかは?」

「少しくらいなら……」

 野菜も、正直言ってあまり好きではない。でも、体に良いのだからしっかり食べなさいと何度も言われて、出来るだけ食べるようにしている。

 無理にお肉を食べるよりも、まだ野菜の方が食べられるだろう。

「そっか。分かった。柔らかいお肉も用意してくれているから、ティミーはそっちを食べれば良いよ。果物やお菓子もあるから、今は食べられるものを食べれば良いからね」

 笑って言われて腕を軽く叩かれた。

 不安気に自分を見るティミーに、タドラは笑って、自分もここへ来た最初の頃はガリガリに痩せていたし、少食で苦労したことをこっそり話したのだった。

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