本読みの開始

「ああ、放っておいてごめんなさい!」

 ブルーの胸元ですっかり寛いでいたレイは、我に返ってタドラが椅子に座って待ってくれていたのに気付いて慌てて起き上がった。

「構わないよ、大事な自分の竜との時間なんだからさ。遠慮する事ないって」

 笑って立ち上がったタドラは、同じく慌てて立ち上がったティミーに笑って手を振り、そのままターコイズの元へ歩いて来た。

「ターコイズ。改めておめでとうを言わせておくれ。新しい主との時間が、長く良きものであるように祈らせてもらうよ」

 優しい声でそう話しかけると、ターコイズの大きな鼻先にそっとキスを贈った。

「感謝する。エメラルドの主よ。我が主はまだ幼い、どうかよろしく頼む」

「もちろんだよ。こちらこそよろしくね。それにしても、ターコイズはこうしてみると、ラピスほどではないけど、とても大きいね」

 タドラのしみじみとした呟きに、レイも同じ事を思っていたので笑顔で頷いた。



 現状の竜騎士隊の中では、タドラの竜であるエメラルドが一番若く六十歳ほどだ。

 ニーカの竜であるクロサイトが十五歳程、ジャスミンの竜のルチルが二十歳を超えた程度だが、これらはほぼ例外と言ってもいいくらいに幼い竜達で、前線に出ない女性の竜の主である為認められているが、万一男性がこれらの竜の主になっていたとしたら、それはそれで大問題になっただろう。

 ようやく若竜になったとは言っても、前線に出すにはクロサイトやルチルは、まだあまりにも幼すぎる竜達なのだ。それはつまり、飛ぶ事や精霊達の制御が未熟であるとも言えるからだ。

 それに比べてターコイズは、ヴィゴの竜であるガーネットよりも年長で四百八十歳ほどだ。

 五百歳くらいになると老竜と呼ばれるので、そろそろ老竜の貫禄が出てきていると言っても過言ではないだろう。

 広い庭に巨大な竜が並んで寛いでいるそれは、なかなかに見応えのある光景だった。



「日も高くなってきたから、いつまでも庭にいては暑いであろう。そろそろ中に入りなさい。使いのシルフを寄越すので、我らと話は出来るからな。本を読んでいて何か質問があればいつでも聞くぞ」

 喉を鳴らしたブルーにそう言われて、レイは笑顔で頷いた。

 執事に案内されて手を振って建物の中へ入る愛しい主の後ろ姿を、庭に並んだブルーとターコイズは、いつまでも目を細めて愛おし気に見つめていたのだった。




 ひとまず別室に案内されて、冷たいカナエ草のお茶と用意されていた冷たいゼリーをいただいた。

 真っ赤なキリルのシロップで作ったゼリーはとても美味しくて、レイとティミーは大喜びで揃って二皿平らげ、タドラに笑われていた。

「そっか、ティミーも甘いものは好きなの?」

「はい、チョコレートが大好きなんです!」

 目を輝かせるティミーに、レイは嬉々として以前、講演会で聞いたチョコレートの作り方を話して聞かせた。



「へえ、そんな大変な手間をかけて作られていたんですね。じゃあこれからは、作ってくださった職人さんに感謝して美味しくいただきます」

「結局、美味しくいただくんだね」

「それは当然です!」

 話を聞いていたタドラに揶揄うように言われて、レイとティミーは同時に答えて同時に吹き出す。

 その後、話を聞いていた執事がチョコレートを持って来てくれたので、二人はこれまた大喜びで幾つも平げてタドラを呆れさせていた。



「それじゃあ、お腹も一杯になったみたいだし、そろそろ書斎へ移動してもいいかな?」

「はい、行きましょう!」

 二杯目のお茶を飲み干したタドラにそう言われて、出されたチョコレートを綺麗に平らげた二人は揃って元気よく返事をして、残りのカナエ草のお茶を飲み干してから立ち上がった。




「うわあ、凄い」

 案内された書斎に入るなり、ティミーはそう呟いたきり立ち止まった。そして本棚を見上げた体勢のまま動かなくなってしまった。

「ティミー、大丈夫ですか〜」

 レイが笑ってティミーの目の前で手を振る。

 何度か瞬きをした後、我に返ったティミーはレイの腕にしがみついた。

「レイルズ様。凄いです! 本当にこの本を自由に読んでもいいのですか?」

「もちろんだよ。えっとティミーなら政治経済関係かな?」

 満面の笑みで何度も頷く彼を見て、執事がティミーを本棚の前に案内した。

 移動階段を引っ張ってきて嬉々として本を漁り始めたティミーを見て、レイとタドラも精霊魔法関係の本棚の前に移動階段を引っ張って行き、揃って漁り始めた。

 三人の肩にはそれぞれの竜の使いのシルフが座り、楽しそうに本を選ぶ主に時折話しかけては笑い合っていたのだった。



 レイは、以前ディレント公爵が持って来てくれた古い本を何冊か持って来て、椅子に座るなり読み始めた本に没頭してしまった。

 ティミーは、抱えるくらいの大きな政治経済に関する本を取り出し、机まで執事に運んでもらってこれまた嬉々として読み始め、ノートを取り始めた。

 タドラも、精霊魔法に関する古い本を見つけて手に取ると、移動階段に座ったままその場で真剣に読み始めた。



 静まりかえった書斎に聞こえるのは、静かな息遣いと紙をめくる時の擦れるような小さな音、そしてティミーが持ってきたノートに文字を書く時のペンの音だけ。

 そして退屈したシルフ達が時折、読んでいる本のページをめくろうと邪魔をしては彼らの手を止めさせ、代わりの本を与えられた彼女達の喜んで遊ぶ笑い声が聞こえるくらいで、静かで穏やかな充実した時間が過ぎて行ったのだった。

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