離宮へ

「タドラ様、レイルズ様、間もなくティミー様が到着なさいます」

 陣取り盤に夢中になっていた二人が、ラスティの声に同時に顔をあげる。

「えっと、このままもう離宮へ行きますか? それとも、ここでひとまず休憩してもらうの?」

 こんな時にどうするのか分からず、そう言ってタドラを見る。

「ああ、どちらでも構わないけど、せっかくだから離宮へ行ってから休憩すればいいんじゃないかな」

「じゃあ、もう迎えに行く?」

「そうだね。じゃあ行こうか」

 立ち上がったタドラと一緒に、まずは陣取り盤を手早く片付けて、攻略本を本棚に戻してからミスリルの剣を装着して、お互いの背中側を確認してから廊下へ出た。



「ああ、ゼクスを連れてきてくれたんだね。ありがとう」

 出迎えの為に外へ出ると、鞍を装着したゼクスともう一頭のラプトルが並んで待っていてくれたのを見て、レイは嬉しそうにゼクスに駆け寄った。

 そのすぐ後に、ラプトルに乗ったティミーが、執事のマーカスや護衛の者達と一緒に到着した。



「おはようございます。本日はよろしくお願いします!」

 目を輝かせてラプトルから飛び降りたティミーが、並んで出迎えてくれた二人の前できちんと背筋を伸ばして挨拶をする。

「ようこそ。こちらこそよろしくね」

 笑ったレイと手を叩き合い、タドラとも嬉しそうに、差し出してくれた手を叩き合った。

「じゃあ、もうこのまま離宮へ行こうかと思うけど、大丈夫?」

「もちろんです!」

 嬉しそうにそう言ったティミーが、大急ぎで乗って来たあの大きなラプトルに飛び乗る。

 その際に、背の低い彼は両手で鞍についた突起を掴んで、飛び跳ねるようにして一気に飛び乗ったのだ。

 以前、遠乗りに行った時は、無理矢理あぶみの足を掛けてからよじ登るみたいにして乗っていたので、それに比べればかなりの成長ぶりだ。

「マーカスが、この鞍を探してくれたんです。おかげでフロルに乗るのも楽になりました」

 得意気に、乗っているラプトルの首元を叩く。

「そうなんだね。その個人装備は、本部へ来る時に持ってきてくれて構わないからね」

 タドラの言葉にティミーが嬉しそうに頷く。

「はい、ロベリオ様からもそう言われたので、用意してもらった鞍や装備は全部持って来ます」

「ええ、鞍が幾つもあるの?」

 驚くレイに、タドラとティミーが揃って振り返る。

「ええ? レイルズ様は一つだけしか持っておられないんですか? それが使えなくなったら困りますよ?」

 逆に聞かれてしまい、目を瞬いたレイは、背後にいるラスティを振り返った。

「レイルズ様がここへ来られる際にお持ちになられたのは、その鞍一つだけですね。もちろん、他にもいくつもご用意しておりますのでご心配なく」

「そうなんだね。知らなかったや」

 照れたように笑って、ゼクスに乗せられているいつも使っている鞍を見る。ブレンウッドでギードがレイの為に選んでくれた、綺麗な細工の入った鞍だ。

「でも、気に入ってるからいつもこれを使ってるよ」

「綺麗な細工ですね」

「うん、ブレンウッドの街で、僕の家族が選んでくれたんだよ」

 もう、ティミーにはレイの家族や出身地を隠す必要は無い。

 驚くティミーに、自分のラプトルに飛び乗ったタドラが側に寄った。

「後で色々と聞いてもらわなければならない事があるからね。とにかくまずは離宮へ行こう」

「はい、そうですね」

 すぐに言葉の裏を理解したティミーが笑顔で頷き、レイも急いでゼクスに飛び乗った。

 準備していたキルートやラスティ達と一緒に、そのまま一行は本部の建物を大回りして離宮へ向かった。




「うわあ、凄い……」

 林を抜けて一気に視界が開けた時、離宮の庭に座っていたブルーの姿を見たティミーは、ラプトルを止めて鞍上でそう言ったきり、口を開けたまま驚きのあまり固まってしまった。

 隣では、執事のマーカスを始めとした彼についてきた護衛の者達も同じ反応になっている。

「ああ、ターコイズも来てくれているんだね。ほらティミー、君の竜が待っているよ」

 笑ったタドラの言葉に、我に返ったティミーが嬉しそうに声を上げてラプトルを一気に走らせた。レイとタドラがそれに続く。

「ゲイル!」

 ラプトルから飛び降りたティミーが、そのままの勢いでターコイズに飛びつく。

 大きく喉を鳴らしたターコイズが、嬉しそうにティミーの小さな体に鼻先を擦り付けた。

 急に乗り手がいなくなって驚くラプトルを、即座に駆け寄った護衛の者達が確保するのを見て、レイとタドラもラプトルから飛び降りた。



 ティミーの気が済むまでそのままにしておいてやり、その間にレイは笑ってブルーに駆け寄った。

「ターコイズも呼んでくれたんだね。ありがとうね」

 差し出された大きな頭に、両手を伸ばして抱きつく。

 ブルーの鳴らす、まるで遠雷のような喉の音をレイは目を閉じてじっと聞いていたのだった。

「ようやく出会えた大切な主だからな。ここでなら人目を気にせず好きなだけ触れ合えるであろう?」

 笑ったブルーの言葉に頷き振り返ったレイが見たのは、胸元に潜り込んで仲良く話を始めたティミーとターコイズの姿だった。

「うん、そうだよね。時間はあるんだから、まずはゆっくり話をさせてあげないとね」

 笑顔でそう言って、ブルーの額にキスを贈ると、ティミーと同じようにブルーの胸元に潜り込んだ。

 機嫌が良い時に腕を巻き込んで座る猫のような体勢で座っているブルーの胸元で、丁度、大きな腕と胸の隙間の位置になる。

「へえ、ここは初めて座るけど、何だか居心地が良いよ。ほら、こうすればブルーも見えるし、外も見えるけどゆっくり出来るね」

 笑ってそう言うと、ブルーの体にもたれるようにして横向きに転がる。

「ふむ、確かに寝心地は案外良さそうだな」

 笑ったブルーが、目を細めて嬉しそうにまた大きく喉を鳴らす。



「良いなあ、僕もベリルに来て貰えばよかった」

 仲良く、満面の笑みでそれぞれの竜と話をしている二人を見て、ラプトルの手綱を執事に預けたタドラは苦笑いしながらそう呟いた。

 それから、張り出した日除けの屋根のある場所に置かれていた椅子に座って、手早く執事が用意してくれた冷たいカナエ草のお茶を飲みながら、集まってきたシルフ達と一緒に彼らの気が済むまで黙って待っていてくれたのだった。

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