ちょっとした心配事

「ありがとう。頑張ってやってみるね」

 キルートから、腕力と上半身を鍛えるための訓練方法をいくつか教わったレイは、真剣に一通りやってみてから、その後はタドラとキルートに相手をしてもらって、棒と木剣でしっかりと汗を流した。



「えっと、食事の後は、ティミーが来るまでに何かしておく事ってありますか?」

 朝練を終えて戻る途中に、レイは隣を歩くタドラを見た。

「いや、特に無いからゆっくりしててくれて良いよ」

「そうなんですね。じゃあ陣取り盤のお相手をお願いしても良いですか?」

「もちろん喜んでお相手するよ。そういえば、陣取り盤はティミーはどうなんだろうね。貴族の子息なら教養の範囲として習うけど、さすがにまだ習ってないかな?」

「どうだろうね。でも頭は良さそうだから教えたら絶対に、すぐに僕より強くなりそう」

「あの歳で王立大学の政治経済学部の特待生だもんね。そりゃあ優秀だと思うよ。マイリーが大喜びして教えていそう」

 その言葉に顔を見合わせて笑って頷く。



「えっと、ちょっと気になってたんだけど、その王立大学ってどうするんですか? 精霊魔法訓練所へも通うんでしょう?」

「ああ、そっちは精霊魔法訓練所のケレス学院長が王立大学と協力して特別授業体制を組んでくれるはずだよ。レイルズがやっているみたいに、訓練所を使って大学側から教授が来てくれる形になるんじゃないかな。何があろうと、学生から学ぶ機会を奪ってはならないからね」

「へえ、それなら良かったです。ティミーも大変だけどすごく楽しいって言っていたし。竜の主になった事で、好きな事を学ぶ機会が奪われたらどうしようかと思っていたんです」

「大丈夫だよ。彼もまだ十三歳でしょう。学ぶ為の時間はたっぷりあるって」

 笑うタドラに、レイは小さくため息を吐いた。

「僕もそう思っていたけどさ。ここへ来てからの二年なんて、本当にあっという間だったよ」

「じゃあ、先輩がしっかり教えてあげないとね」

 にんまりと笑ったタドラに脇腹を突かれて、転がるようにして逃げたレイだった。




 部屋に戻って軽く湯を使って汗を流した後は、身支度を整えてからタドラやラスティ達と一緒に食堂へ向かった。

 それぞれ山盛りに取ってきた料理を前に、しっかりお祈りをしてから食べ始める。

 レバーカツを挟んだパンを食べていたタドラが、ふと食べる手を止めて隣で同じものを食べているレイを見た。

「そう言えば、ティミーと一緒にここへ来てくれるマーカスって執事から聞いたんだけど、ティミーはあの年齢の男の子にしてはかなり少食なんだってさ。以前遠乗りに行った時は普通にしっかり食べている印象だったけど、何でもあの時は、大喜びでどんどん食べるマシュー達を見て、負けじと無理をして頑張って食べていたらしいよ。だけど家に戻った後、食べすぎたって言って夕食はほとんど食べられなかったらしいからさ。ここへ来たら、まずはしっかり食事を摂らせる事と基礎体力作りからだね」

 あれだけ大騒ぎをして一日ラプトルに乗っていたのだから、レイなら夕食はいつも以上に食べただろう。

 それを聞いて、ここでの様々な訓練を思い出してちょっと心配になってきた。

「大丈夫かなあ。ティミーって年齢の割に体も小さいものね」

「そうだね。でも僕がここへ来た頃だって、それなりに食べていたけどガリガリに痩せていたし、筋肉って何? ってくらいに腕だって細かったんだよ。実は、初めて奥殿でお会いした時にカナシア様より腕が細かったんだよね。マイリーだって竜騎士になった時はすごく痩せていたし、少食で筋肉が付かなくてかなり苦労したって聞いたよ」

「ああ、その話は聞いた事があります」

 カウリが筋肉が付かなくて苦労しているって話を聞いた時に、確かそんな話を聞いた覚えがあったので頷く。

「そっか、良かった。聞いてるんだね。そりゃあ彼の場合は衰え方が普通じゃなかっただろうから、元に戻すだけでも相当に苦労しただろうからね」

 小さめの声で言われた何やら含みのある言葉に気が付き、意味が分からなくて思わずタドラを見る。

「え? だって聞いてるんでしょう?」

 逆にタドラにそう聞かれてしまい、困って少し考えた後に教えて貰おうとしたニコスのシルフ達も困っているのを見て、無言で助けを求めてラスティを振り返った。

 ラスティはそんなレイの視線に気付いて何か言いたげに口をパクパクとした後、小さくため息を吐いて首を振った。

「タドラ様、申し訳ございませんが、少々お話が食い違っておるようですね」

「あれ、違った?」

「レイルズ様が仰っておられるのは、マイリー様が、お身体作りに苦労なさった。という部分かと」

「あ、そっち……?」

 無言のやり取りの後、小さく頷いてレイを見る。

「ごめんごめん。ちょっと勘違いしてたみたい。そうそう。とにかく彼も本当に筋肉が付かなくて苦労したらしいからね。僕もそうだったから、その苦労は分かるよ。実を言うと、どんどん成長してしっかり鍛えれば鍛えるだけ筋肉が付くレイルズが今でも羨ましいんだよね」

 誤魔化すようにそう言って笑い、タドラよりも完全に太くなった腕を突っつく。

 何か、自分が知らない部分で誤魔化された事だけは分かったが、おそらく今ここで話すべき内容ではないのだろう。時間がある時に聞いてみようと思い、レイも誤魔化すように笑って頷くのだった。




 食事を終え、デザートまでしっかりといただいてから本部の休憩室へ戻り、ティミーが来るまでの時間は、言っていたようにタドラに陣取り盤の相手をしてもらって時間を過ごした。

 後半かなり頑張ったのだが、女王を取られてしまうと途端に守りの陣形が崩壊してしまいそこからの勝負はあっという間だった。



「ああ、また負けた〜〜!」

 顔を覆ってクッションに倒れ込むレイを見て、タドラは拳を握って喜んでいる。

「よし、こっちはまだ大丈夫だ!」

 顔を見合わせて笑い合った後は、先程のレイの守り方のどこが悪かったのかをヘルガーやラスティに再現してもらいながら教えてもらった。

「うう、陣取り盤って本当に難しいよね。一つ一つの駒は動きは単純だし特に複雑ってわけじゃあないのにね」

「本当だよね。勉強すればするほど、難しいんだって事だけは分かるよね」

 もう一度顔を見合わせて揃ってため息を吐いた後は、攻略本を片手に、陣形の展開について教えてもらって過ごしたのだった。



 兄弟のように仲良く笑い合っては、一つの盤を挟んで攻略本を顔を寄せ合うようにして見ながら競い合うようにしてあちこちに駒を動かす二人を、ブルーのシルフとエメラルドの使いのシルフが窓辺に並んで座り、愛おしくてたまらないと言わんばかりの瞳で揃って見つめていたのだった。

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