竜の主とその振る舞いについて

「レイルズ様、間も無くティミー様が到着なさいます。まずは休憩室へお通ししてお茶を飲んでいただくそうですが、いかがなさいますか?」

 またソファーに寝転がってのんびりと本を読んでいたレイは、ラスティにそう言われて慌てて起き上がった。

「ああ、そうなんだね。じゃあ僕も休憩室へ行きます」

 読んでいた本に栞を挟んで机の上に置いたレイは、笑顔で立ち上がって身支度を整えるとミスリルの剣を装着してから休憩室へ向かった。




「あの、ロベリオ様。後でゲイルに会ってもいいですか?」

 渡り廊下を歩きながら、ティミーが竜舎の方を見てから口を開いた。

「ああ、もちろん構わないよ。じゃあ先に行こうか」

 振り返ったロベリオが笑顔で頷いてくれたのを見て、ティミーが逆に驚く。

「良いんですか? だって今日は採寸があるって……」

 戸惑うティミーに、立ち止まったロベリオが笑ってティミーに視線を合わせるようにしゃがんだ。

「まだ時間はあるから構わないって。お前の竜なんだから、会いたい時は遠慮せずに言って良いんだよ。今みたいにね。大丈夫だよ。竜の主にはその権利がある」

 キッパリと断言されて、小さく震えたティミーは、それでも顔を上げてしっかりと頷く。

 笑ってその腕を叩いたロベリオは、立ち上がるとティミーを振り返って肩を竦めた。

「こんな話があるよ。レイルズがさ、以前部屋にいてラピスの使いのシルフと何か話していて、その時にちょっと不用意な質問をしたらしいんだ」

「不用意な質問?」

「うん、詳しくは聞いていないけど、ラピスの以前の主だった人の事だったらしくてね」

 驚きに目を見開くティミーを見て、ロベリオは真剣な顔で頷く。

「当然その方はもう故人な訳で、悲しい事を思い出させたと思ったレイルズは、ラピスに会いたくてたまらなくなったらしいんだ。それで、いきなり竜騎士隊の本部の部屋から駆け出してそのまま厩舎へ行き、自分のラプトルに鞍も乗せずにいきなり飛び乗って、そのまま西の離宮まで走って行ったんだ」

「ええ、鞍も乗せずにって事は、手綱も付けずに、ですよね。そんな無茶な!」

 驚くティミーに、ロベリオも頷きつつ苦笑いしている。

「当然、担当従卒のラスティは真っ青になって追いかけたし、彼の担当護衛のキルート達も同じく真っ青になって後を追ったよ。それで、他の兵士達の目撃証言から西の離宮へ向かったって事が判明して、そのまま追いかけて西の離宮へ行ったら、離宮の庭でラピスと仲良くくっついていた。なんて事があったんだよ」

 呆気に取られるティミーに、ロベリオは大きなため息を吐いてみせる。

「それで、レイルズにも改めて言ったんだよ。自分の竜に会いたい時はいつでも言ってくれて良いって。最初の頃に竜騎士の権利については一通りの説明はしていたはずなんだけどさ。彼の場合は、元が市井の出身だからね。なかなかその辺りの振る舞いについてはすぐには理解してもらえない部分が多かったみたいで、担当従卒のラスティは、初めの頃はかなり苦労していたみたいだよ。まあその後は、レイルズも皆に心配をかけた事が分かったらしくそんな無茶はしなくなって、会いたい時には素直に言ってくれるようになったんだけどね」

「そうなんですね。でも今はレイルズ様はすごくしっかりしておられるように見えますけど?」

「まあ、そうだね。少なくともそれなりに体裁を整える程度には出来るようになってくれたかな。だけどあんなのは、所詮は慣れだからさ。場数を踏めば誰でもある程度は出来るようになるって」

「僕にも出来るかなあ」

 不安そうに呟くティミーに、ロベリオはもう一度笑って彼の背中を叩いた。

「期待してるよ。それじゃあ行こうか」



 途中で渡り廊下から横道へ逸れて、植え込みの裏を回って竜舎へ向かった。

「これが竜舎への近道。よく俺達はここから行くよ」

「何だか、かくれんぼしているみたいで楽しいです」

 嬉しそうに周りを見ながら目を輝かせるティミーに、ロベリオも楽しそうに笑う。

「いい季節になるとレイルズがさ、あそこの木に登って本を読んだり昼寝したりしてるよ」

 笑ったロベリオが指差す大きな木を見て、ティミーだけでなく、後ろで一緒に聞いていた執事のマーカスまでが驚く。

「ええ、危なくないですか?」

「一応、寝る時はシルフに頼んで支えてもらってるみたいだから安全だよ。だけど知らない人が見たら、驚くだろうね」

 おかしそうに笑って大きな木を見上げる。

「しかも、これもまたラスティに内緒でこっそり行くらしく、一時期ラスティが何度も必死でレイルズを探していたらしいよ。ご苦労な事だよ」

 仕える者にとって、自分の主人が知らないうちに勝手にどこかへ行く事ほど恐ろしい事は無い。笑ったロベリオの言葉に、その時のラスティの心情を思って密かに真っ青になるマーカスだった。

「へえ、シルフにそんな事までしてもらえるんですね」

 まだ、精霊達の姿は見えるものの、精霊魔法について全く無知な彼をロベリオは優しい目で見ている。

「早く彼女達と仲良く遊べるようにならないとな。接してみれば分かるよ。彼女達がどれだけ優しく愛しい存在であるかさ」

 自分達を見ているシルフ達にロベリオがそう言って手を振ると、嬉しそうに笑った彼女達が集まってきて二人にキスを贈った。

「こんにちは、ティミーです、これからよろしくね」

 戸惑いつつも目の前に来てくれたシルフに向かって、少し改まった口調でそう言って軽く一礼する。

 すると、一斉にティミーの目の前にシルフ達が集まり一斉に投げキスを贈った。それから照れたように一斉に笑って散って行ってしまった。

 それを見たロベリオが吹き出す。

「おやおや、ティミー君は彼女達に大人気のようだな。これは将来有望そうだなあ」

 腕を組んでしみじみとそう言われて、真っ赤になったティミーはマーカスの後ろに隠れてしまい、さらにロベリオとシルフ達に笑われたのだった。

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