ターコイズとの面会
「おお、ロベリオ様。ティミー様も」
丁度、ブラシをかけていたらしいマッカムが、少し曲がった腰を伸ばしていたところに二人が入って来たので、慌てたように体を起こして振り返った。
「ああ、構わないからお仕事してください。ティミーをターコイズに合わせてやろうと思ってね」
ロベリオの言葉にマッカムも笑顔になる。
「ちょうど今、ブラシが終わったところでございますのでどうぞ。翼の具合もすっかり良いようですね、素晴らしい回復ぶりです」
そこには、ブラシをしてもらってすっかりピカピカになったターコイズが、愛しい主を真っ直ぐに見つめていた。
「ゲイル!」
目を輝かせたティミーが、自分だけが呼べる名前で呼んで駆け出していく。
「ティミー、我が主殿。会えて嬉しいぞ」
嬉しそうに大きく喉を鳴らしながら、鼻先をティミーの体に擦り付ける。
「うん、僕も会いたかった。こうやってゲイルを見ると、本当に夢なんかじゃあ無いんだって思えるや」
少し照れたように小さな声でそう言うと、誤魔化すように小さな手を広げてターコイズの大きな頭にしがみついた。
そのままじっと目を閉じてターコイズが鳴らす喉の音を聞いていた。それは低い遠雷のような音で、だけど雷とは違って不思議と体が暖かくなるような気がした。
「セージとは全然違う音だね。でもずっと聞いていたくなる、すごく素敵な音だ」
小さく呟いて額にそっとキスを贈る。
「セージって?」
ロベリオの不思議そうな声に、顔を上げたティミーが嬉しそうに振り返った。
「少し前に、奥殿で生まれた子猫を頂いたんです。ふわふわの毛の長い子なんです。すっごく可愛くて、毎晩一緒に寝ているんですよ」
「ああ、マティルダ様が飼っておられる猫のところに産まれた子猫だね」
「はい、ライナーとハーネインが、お父上である公爵様を通じて王妃様にお願いしてくださったんです。僕が、二人が猫を飼ったって話を聞いてすごく羨ましがっていたのを見て、母上も良いって言ってくださったんです。お勉強を頑張ってるご褒美だって」
「でも、残念ながら竜騎士隊の兵舎は愛玩動物は飼育出来ないよ」
「はい、でも帰ったら会えますから我慢します。僕がいない間は、母上が一緒に寝てくださるって言っておられたけど、大丈夫かなあ」
「どうだろうね、猫は気まぐれだから、もしかしたらティミーの空いたベッドで寝てるかもね」
「ああ、それはあり得ますね。もしかしたら広くなって喜んでいるかも」
そう言って笑ったティミーは、もう一度力一杯ターコイズの頭を抱きしめた。
「ゲイルは暖かいんだね。僕、竜ってトカゲみたいに触ると冷たいんだと思ってたよ」
笑ったティミーの言葉に、ターコイズは目を細めて笑っている。
「それは酷い。しかし竜を知らぬ者からすれば、確かに我らの見かけは翼があるとは言え、鳥よりはトカゲに近いか。ならばトカゲのように冷たい身体だと思うのかもしれんなあ」
「ああ、確かに俺も子供の頃は竜ってトカゲの親戚だと思ってたよ」
「オニキスの主殿。いくらなんでもそれは酷い」
ロベリオの言葉に、呆れたようにターコイズがそう言い、ロベリオが吹き出す。
聞いていたティミーとマッカムだけでなく、周りでブラシをかけていた兵士達までが遅れて吹き出し、その場は笑いに包まれたのだった。
「それじゃあ戻るね。今日は制服の採寸をするんだって。僕が竜騎士見習いの制服を着るんだよ。夢みたいだ」
もう一度ターコイズの鼻先にキスを贈ったティミーは、嬉しそうにそう言ってから竜舎を後にした。
ターコイズは、愛しい主の姿が見えなくなるまで、ずっと喉を鳴らしながらその小さな背中を見送っていたのだった。
「そういえば、もう今日の面会は終わったんですか?」
彼らの竜がいる第一竜舎の横に、主を持たない竜達がいる第二竜舎がある。
今は竜の面会期間中だが、そこには忙しそうに働いている第二部隊と第四部隊の兵士達以外は、一般人の姿は見当たらない。
「ああ、今日の面会はもう終わってるよ。今のところ、残念ながら新しい竜の主は現れていないね」
「ええと、あの、質問なんですけど、もしこの面会期間中に新しい竜の主が現れたら、僕が先輩になるんですか?」
基本的に、軍では入隊期間が早い方が例え年下であっても先輩扱いとなる。
「ああ、ティミーは未成年だから、成人するまで見習いとしてのお披露目もしないよ。だからこの場合はもしも誰かが新しく竜の主になったら、そっちが先に竜騎士の叙任を受けるね。だからそっちが先輩扱いになるよ」
それを聞いて、ティミーは安堵するようにため息を吐いた。
「良かった、それを聞いて安心しました」
笑ったティミーを見て、ロベリオも笑顔になる。
そのまま二人は並んで、本部の建物の中へ入っていった。
「レイルズとカウリも同じだよ。今は同じ見習い期間中だけど、カウリの方が先に竜騎士の叙任を受けるから順番としてはレイルズの先輩になるね」
「じゃあ、カウリ様、レイルズ様、僕の順番ですね」
「そうなるね。竜の主になった時の年齢が未成年の場合、成人後に正式なお披露目がされて、そこから一年間の見習い期間だ。まあ、そこは個人によって多少は前後するけどね。通常はお披露目から半年だから、そりゃあもう覚える事だらけで大変なんだよ」
顔を強ばらせて頷くティミーを見て、ロベリオは苦笑いしてティミーの背中を叩いた。
「大丈夫だよ。何も知らなかったレイルズだって、ティミーと変わらない歳でここへ来たんだ。ティミーにだって出来るさ。頑張って一緒に勉強しような」
「はい、よろしくお願いします!」
嬉しそうに目を輝かせるティミーと一緒に、ロベリオは休憩室へ入って行ったのだった。
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