お疲れ様とブルーのクッション

「全く、いくらなんでも飲み過ぎだよ。ほら、立てって」

 ようやく飲み会の終了を告げられ時、レイはまたしても半ば酔いつぶされていて、赤い顔をしてニコニコ笑いながらソファーに置かれたクッションに抱きついていた。

 ロベリオ達は、別のソファーで賑やかに笑い合ってはまだ乾杯している。

 呆れたようなルークに腕を引かれて、レイは嫌がるようにクッションに顔を埋めた。

「うう、眠いれす」

「だから、本部へ帰って寝ろ」

 ルークに頭を叩かれてさらにクッションに沈む。

「起〜き〜ろ〜〜」

 そう言いながら、クッションに抱きついているレイの襟足を指先でくすぐる。

 悲鳴を上げてソファーから転がり落ちるレイを見てルークが吹き出すのと、驚いた執事がすっ飛んでくるのはほぼ同時だった。

「大丈夫ですか」

 助け起こされたレイは、クッションを抱きしめたまま床に転がってニコニコと笑っている。

「えへへ、落っこちちゃいました」

 執事に助け起こされて床に座る。

「ほら、戻るぞ」

 後頭部を叩かれて、ぼんやりと顔を上げる。

「も、ど、る、ぞ」

「はい!」

 何故かしっかりと敬礼して立ち上がったレイは、クッションを抱えたままその場で深々と一礼した。

「えっと、本日はすっごく、楽しかったれす。ありあとうごじゃいまし、た」

 その様子に、あちこちから吹き出す音が聞こえる。

「分かったから帰るぞ。ほら、お前らもいい加減にしろ」

 ロベリオとユージンの頭を叩いたルークは、笑ってこっちを見ているマイリーとヴィゴを振り返る。

「見てるんなら手伝ってくださいよ。俺一人で酔っ払い三人の面倒は見れませんって」

 ほとんど酔った様子のない大人組は、笑ってロベリオとユージンを立たせた。

「ええ、大丈夫ですよ。ちょっと酔ってるだけです」

 こちらは若干フラフラしつつも意識ははっきりしているようで、差し出された良き水を一気に飲み干した二人は大きく深呼吸をした。

「それよりレイルズはどうなりました?」

 笑った二人の質問に、クッションを抱えたままこっちへフラフラと歩いて来るレイを指差す。

「離さないんだよ。あれ」

 揃って吹き出す二人を見て、レイが満面の笑みになる。

「お待たしぇいたしました。戻りましょう!」

「なあ、いいのか、あれ」

 笑ったロベリオの声に、側にいた執事が笑顔で頷く。

「構いませんので、どうぞそのままに」

「悪いね、それじゃあ行こうか」

 まだ残っていた人達と挨拶を交わして、ヴィゴを先頭に竜騎士達は揃って本部へ戻って行ったのだった。



 城内はもう遅い時間である為、時折執事に付き添われて帰路についている人がいる程度で、いつものように注目を集める事も無い。

 赤い顔をしたレイが、大きなゴブラン織の青いクッションを嬉しそうにしっかりと両手で抱えていたのは、幸いな事に執事以外にはほとんど目撃される事も無く、無事に本部に辿り着いたのだった。






「おかえりなさいませ……どうやら楽しかったようですね」

 出迎えてくれたラスティは、レイが大きなクッションを嬉しそうに抱えているのを見て、咄嗟に吹き出しそうになるのを必死で堪えてそう言って誤魔化すように咳払いをした。

「何故だか知らないんだけど、どうにもあのクッションを離さなくてね。一応執事には、持って帰っていいか確認したぞ」

 笑ったルークの言葉に、とうとう堪えきれずに吹き出したラスティは、もう一度咳払いをしてから一礼した。

「今夜の部屋はアジュライトの間でしたね。後ほど返却の必要があるかどうかを確認しておきます」

「悪いね。それじゃあ後はよろしく頼むよ。明日はゆっくりさせてやってくれていいから。それと夕方にティミーが採寸と装備の確認の為に本部に顔を出す予定だから、時間があれば会わせてやってくれていいよ」

「かしこまりました。ではそのように計らいます」

「それと、今夜はかなり飲んでたみたいだから、大丈夫だとは思うけど、一応しばらく気を付けてやってくれよな」

「もちろんです。気を付けますのでご心配なく」

「ああ、よろしく。それじゃあお休み」

 笑ったルークも、待っていたジルと一緒に部屋へ戻って行った。




「レイルズ様、お願いですからそのクッションを一度離してはいただけませんか? 湯をお使いになるのでしょう?」

「うん、でも待ってね。もうちょっとだけね」

 ソファーに座ってクッションを抱きしめたままそう言ったレイは、嬉しそうにクッションに顔を埋めてクスクスと笑い出した。

「すっごく楽しかったんだよ。えっとね、何だっけ……そう。いっぱい演奏して、いっぱい歌も歌って、お星様聞いてよねでこの花を君へだったんだよ。それでね、ロベリオとユージンがね、えっと正しい酔っ払いって言って、えっと、それからどうしたっけ?」

「楽しかったようで何よりです。ではレイルズ様、そのクッションを私に貸してはくださいませんか?」

「ええ、どうしようかなあ?」

 笑顔のラスティにそう言われて、レイは困ったように笑って考える……振りをしている。

 必死になって笑いを堪えるラスティに、レイは満面の笑みでクッションを差し出した。

「はい、ブルーの鱗色のクッションだよ。すっごく綺麗だよね」

 若干色は薄い気もするが、腹側の色ならば確かにこれくらいの青だろう。

「そうだったんですね。素敵な色ですね」

 差し出されたクッションをそっと受け取り、とにかくレイルズを湯殿へ連れて行くと手早く服を脱がせて、手伝ってやり湯を使わせてやるのだった。




「えっと、ありがとうね。ラスティ」

 湯を使っている間に、少し酔いが覚めたらしいレイは、髪をシルフ達に乾かしてもらいながら照れたように笑っている。

「楽しかったようで何よりです。ですが飲み過ぎはいけませんよ」

「だって、楽しかったんだもの」

 髪をといて貰いながら、レイはまるで機嫌の良い時の竜のように目を細めて上を向く。髪に専用のオイルをすり込んで整えてやったラスティは、そっと手を引いて座らせていたレイを立たせると、そのままベッドまで手を引いて連れて行った。

「ふう、ベッドに到着〜!」

 両手を広げてベッドに倒れ込んだレイは、不意に起き上がって辺りを見回した。

「あれ、ブルーのクッションは?」

「ああ、失礼しました。こちらにありますよ」

 ソファーに置かれていた青いクッションを、苦笑いしながら渡してやる。

「はあい、おやすみなさい」

 クッションに抱きついたレイはそう言ってうつ伏せのまま、突然寝息を立て始めた。

「レ、レイルズ様?」

 驚いたラスティが慌ててそっと肩を抱いて上を向かせてやったが全く起きる気配は無く、クッションもそのまま離さずに抱きしめている。

「おやおや。ではもうこのままでよろしいですかね」

 そっとレイを抱き上げるようにして少し体を起こしたラスティは、左手で手早く夏用の薄毛布を引き抜きベッドの真ん中にレイを横にならせる。

 自分よりも大柄なレイを、ラスティは易々と抱き起こして正しい位置に横にならせて上からそっと夏用の毛布を掛けてやった。



「お疲れ様でした。明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」

 優しいラスティの声にいつもなら返ってくるレイの言葉は無く、代わりに静かな寝息が聞こえてくる。

 笑ってそっと額にキスをしたラスティは、ベッドに手をついてゆっくりと立ち上がった。

「おやすみなさい。良い夢を」

 振り返ってもう一度そう言ったラスティは小さく笑ってランプの火を消すと、一礼して静かに部屋を出て行った。



 その後ろ姿を黙って見送ったブルーのシルフとニコスのシルフ達は、揃ってレイの枕元へ向かうと、熟睡しているレイの頬や額に楽しそうに何度もキスを贈っていたのだった。

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