酔っ払い達

「しぇいれいおうに、かんちゃとしゅくふく、を!」

 もう何度目になるのか分からないレイの乾杯の声に、また部屋中が笑いに包まれる。



「えへへ、これ、美味しいれす」

 真っ赤な顔のレイは、またいつの間にか持たされた新しいワインを持ってもうすっかりご機嫌だ。

 しかし、その一杯を飲み干した後にそのままズルズルと倒れていき、クッションの隙間に顔を突っ込んでうつ伏せになって止まった。

 力の抜けた手から転がり落ちたワイングラスが、毛足の長い絨毯に音も無く落ちて転がりディレント公爵の足に当たって止まる。

「おいおい、大丈夫か?」

 さすがに見兼ねたルークが慌てたように駆け寄る。

 周りの人達も急に静かになった様子に不安を感じ、焦ったようにソファーに倒れ込んだレイを覗き込む。



 その時、静かになった部屋にレイの気持ちの良さそうな寝息が聞こえて誰かが吹き出した。



「これは中々の大物だな」

「全くだ。機嫌良く飲んでいたかと思ったら、いきなり沈没したな」

 ディレント公爵の感心するような声に、笑ったアルジェント卿の同意する声が重なる。その後ろではマイリーとヴィゴも揃って笑いを堪えて頷いている。

「シルフ。レイルズの身体はどうだ? 問題無いか?」

 ルークの言葉に、二人も笑うのをやめて口を噤んで真剣な顔でルークを見つめる。

 いくら遊びの場だとはいえ、飲ませ過ぎた程度で白の塔へ連れて行く程になれば、さすがに問題になるだろう。


『単なる飲み過ぎ』

『気持ちよく寝てるよ』

『しばらくは起きない』

『寝てるよ寝てるよ』

『大丈夫大丈夫』

『でももう飲ませ過ぎは駄目』


 シルフ達の言葉を聞いて、ルーク達が同時に吹き出し、揃って安堵のため息を吐いた。

「単なる飲み過ぎ、ってか、飲ませ過ぎらしいですね。大丈夫みたいだからとりあえず寝かせておきましょう」

 ルークの言葉に、あちこちから安堵のため息と笑いが漏れる。

「可愛い酔っ払い殿に乾杯だ」

 ハップル伯爵の言葉に、またあちこちから笑いと同意の声が上がり乾杯する声が聞こえた。



 その後は、寝ているレイはそのままに部屋は和やかな歓談の場となり、あちこちで楽しげな声や笑い声が聞こえ幾度も乾杯する声が聞こえていた。



『全く、無茶をする。幾ら何でも飲み過ぎであろう』

 静かに気持ちよく一人熟睡しているレイの顔の横にブルーのシルフが現れ、呆れたようにそう言ってレイの頬を撫でる。

『主様も楽しんでいたんだけどねえ』

『確かにちょっと飲み過ぎだねえ』

『飲み過ぎ飲み過ぎ』

 ニコスのシルフ達も現れて、笑いながらブルーのシルフの横に座る。

『これはどうしてやるべきだ? もうそろそろ宴も終わる時刻であろう。起こしてやる方が良いのでは無いか?』

 ここまで酔い潰れたら普通はもう起きない。最後は執事達によって別室へ運ばれて、明日の朝に誰かからお説教を受ける展開だろう。


『主様は以前も酔い潰れたけどすぐに起きて』

『お歌を歌った事があるからね』

『じゃあ起こしてあげようか』


 笑ったニコスのシルフ達がそう言って頷くのを見て、ブルーのシルフはレイの額の上にふわりと飛んで行き眉間に手を置いた。

『そうだな。では起こしてやるとしようか』

 ブルーの言葉に、以前と同じように周りに大勢の光の精霊達が現れる。

 それからレイの身体の上に、何人ものウィンディーネ達が現れた。シルフ達も集まって来て、ソファーの背やレイの髪の中に現れて座る。

 突然の精霊達の行動に、以前も見たルークとマイリー以外の精霊が見える者達が驚きに目を見張る。



『頼む』



 ブルーの言葉に、一斉に精霊達が全員揃って一度だけ手を叩き、音に合わせて一瞬だけ強い閃光が部屋を貫く。

 しかし精霊が見えないほとんどの人達は、その異変に気が付かない。



「ううん……あれ?」



 前回とは違って自分で目を覚ましたレイは、クッションに埋まったまま目を瞬かせる。

 しばらく沈黙した後、起き上がったレイを見て、部屋にいた人達が大きくどよめく。

「えっと……」

 自分の置かれた状況が分からず困っていると、ロベリオとユージンが駆け寄って来た。

「おいおい、大丈夫か?」

「ってか、お前今のって……」

 意味が分からず目を瞬いて首を傾げるレイの肩に、ブルーのシルフが現れて得意気に胸を張って見せる。

「待って、もしかしてラピスが何かしたのか?」

 何故かそこだけ小声でロベリオが質問する。

『ああそうだよ。我には簡単な事だ。其方達が酔い潰れたら助けてやらん事もないぞ』

「うわお、さすが」

「すっげえ」

 それだけ大きな声で言った二人は、その場で笑い出した。



「いやあ、お前凄いな」

「全くだよ。しかも話には聞いてたけど何だよあの酔い方はさ」

「お前に、正しい酔っ払いってものを教えてやろうじゃないか?」

「そうだそうだ。酔っ払ってまで良い子でいるなんておかしいぞ」

 左右からロベリオとユージンがレイの腕を捕まえて、肩を組んで顔を寄せる。

「ええ、そんな無茶言わないでください。僕、何にも覚えてませんから」

 笑って逃げようとするレイを、同じく笑ったロベリオとユージンが逃すまいと捕まえてソファーに引き戻す。

 悲鳴を上げて一度は押し倒されたレイだったが、隙をついて二人をぶら下げたまま腹筋だけで起き上がる。

「ああこいつ、無駄に大きくなりやがって」

「本当だ。もう抑えるのも一苦労だね」

 笑いながらも二人がかりで押さえ込もうと苦戦している。

「加勢するぞ!」

 それを見て笑ったルークが、ソファーの後ろへ回ってレイの首を捕まえてまたソファーに引き倒す。

 悲鳴を上げてロベリオとユージンをぶら下げたまま揃ってソファーに転がるレイ達を見て、部屋中が笑いに包まれたのだった。

「あいつらも酔っ払ってるな」

「まあ、じゃれてるだけだ。好きにさせておけ」

 マイリーとヴィゴは、ソファーに倒れ込んだまま揃って大笑いしているロベリオ達を見て、それから顔を見合わせて首を振った。

「精霊王に感謝と祝福を!」

 マイリーの声に笑ったヴィゴが同じくグラスを上げて乾杯する。

 あちこちから、また乾杯の声が聞こえてまた部屋は笑いに包まれたのだった。


『皆酔っ払ってる』

『でも笑ってるから良い』

『楽しい楽しい』


『おやおや、レイはまた飲まされているみたいだな。もういい加減にしなさい』

 呆れたようなブルーの言葉通り、またしても差し出されたグラスを受け取ったレイが笑いながら飲み始めたのを見て、苦笑いしたブルーのシルフはレイのところへ飛んで行き、また真っ赤になってきた頬に笑いながらキスを贈ったのだった。

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