可愛い酔っ払い再び

「ああ、見つけて持って来てくれましたね。貴腐ワインではありませんが、私のワイナリーで作ったワインですよ」

 ハップル伯爵の嬉しそうな言葉にレイが振り返る。

 執事がボトルごと持ってきてくれたのは、赤ワインのようだ。

 手慣れた手つきで封が切られ、各自のグラスに綺麗なワインが注がれる。

「精霊王に感謝と祝福を」

 ディレント公爵の声に、彼らのいたテーブルだけでなく、周りのテーブルからも乾杯の声が聞こえた。

「何回乾杯するんだよっての」

 呆れたようなルークの呟きに、ディレント公爵は笑っている。



「美味しいれす」

 両手でワイングラスを持ったレイが、注がれたワインを綺麗に全部飲み干してご機嫌な顔でそう言って笑っている。その顔は真っ赤になっていて、目もとろんとしていて眠そうだ。

「おいおい、そろそろ限界なんじゃないのか」

「そんなことありましぇん。えへへ」

 笑ったディレント公爵に新しいワインを注いでもらったレイは、赤い顔のままで嬉しそうに笑ってまた飲み始める。

「これは、香りが良くて、まろやかで美味しいれす」

「おお、分かってきたな。ではこれはどうだ?」

 隣から、別のワインが注がれる。

「ありあとうごじゃいまふ」

 ニコニコ笑って注がれた白ワインを一口飲む。

「えっと、これはキリッとしててぇ、爽やかな後味れす」

「ほお、これがいけるならこっちも飲んでみなさい」

 また別の手が差し出されて、新しいワインの入ったグラスを渡される。



 次々と渡されるワインを素直に全部飲んでいると、笑ったルークに腕を引っ張られた。

「ほら、立ってると危ないからここに座ってろ、でもってこれでも食ってろ」

 先ほどまでレイルズ達がいた場所は、立ったまま飲めるように部屋のあちこちに置かれた背の高いテーブルの一つだ。

 壁際に置かれたソファーに座らされて、目の前に差し出されたお皿にカットされたチーズの上に罪作りが乗せられているのを見て嬉しそうに笑ったレイは、それを用意されていたフォークに突き刺して大きく開いた口に入れた。

「美味しいれす」

「ちょっと飲み過ぎ。お前はこれでも飲んでろ」

 渡された良き水が入ったグラスを見て、レイが口を尖らせる。

「これはお水だから、あとで飲むものれす」

「これはお前が今飲む分だよ。いいから飲めって」

 頭を押さえつけて水の入ったグラスを持たせる。

 文句を言いつつも案外素直に飲むのを見て、大きなため息を吐いてディレント公爵を振り返る。

「皆揃って調子に乗って飲ませすぎ。立ったままあんなに飲ませて、急に倒れたらどうするんだよ」

「一応気をつけてはいたぞ」

 苦笑いしつつも悪びれない公爵を見て、もう一度ため息を吐いたルークはにんまりと笑った。

「まあ、失敗も人生には必要だけどな」

「お前が話の解る大人になってくれて嬉しいよ」

 ディレント公爵の言葉に、周りにいた人達からも笑いがもれる。



「チーズくだひゃい!」



 もらったおつまみを早々に平らげたレイが、元気に空のお皿を差し出してそう言う。

「はいはい、ちょっと待ってくれよ」

 ちょうどワインを飲んでいたルークがそう言うと、隣にいたディレント公爵の息子でルークの友人でもあるユーリが笑って代わりにお皿を受け取ってくれた。

「じゃあ、今度はこれを食べてごらんよ。オルベラートでよく食べられている酒のつまみだよ」

 そう言ってチーズと一緒にお皿に取って来てくれたのは、丸い玉のようなものを食べやすいように半分に切ったもので、黒胡椒がまぶしてあり中にはソーセージの断面が見える。

「パンケーキと同じような生地で具を包んで揚げてあるんだってさ。オルベラートでは、串に刺したままのもあるよ」

「ああ、これは美味いよな。でも腹が膨れるから俺は酒のつまみとしてよりも夜食に食いたい」

「確かに、ちょっと小腹が空いた時の夜食にも良いかもね」

 笑って頷き、彼らもそれぞれ自分の分を口に入れた。



「ほら、では今度はこれを飲んでごらん」

 笑ったアルジェント卿が近寄ってきて、ソファーに座ったレイにまた新しいワインを勧めている。

 素直に受け取って飲み始めたレイを見て、また周りに人が集まり始める。

 しかし少し離れたところで立ったまま飲んでいたルークは、特に何も言わずにまた飲みはじめたレイを呆れたように笑っているだけだ。

「あれ、完全に皆のおもちゃになってるよな」

「だな、でもまあ酔っ払っても可愛いもんだよ」

 面白がるようなユーリの言葉に、罪作りの乗ったチーズを口に入れたルークは笑って首を振った。

「個人的には、もっとあいつに無茶をさせてやりたいんだけどさあ。なんていうか本当にどこまで行っても良い子なんだよ。普通、酔っ払ったらもうちょっと豹変したり暴れたり、泣き出したりするもんじゃないか?」

「お前は、彼に何をさせるつもりだよ。可愛いもんじゃないか。要するにまだ子供だって事だろう?」

 苦笑いするユーリの言葉に、ルークは大きなため息を吐いた。

「問題はそこなんだよなあ。ミレー夫人に言われたんだけど、もうちょっと情緒面での成長を促すべきだって」

「情緒面ねえ。それは難しいなあ」

「だろう。だからそこは年長者の方々にお願いしようと思って連れてきたんだけどなあ」

「完全におもちゃ扱いされてるよなあ」

「だよなあ」

 笑ってそう言い顔を見合わせた二人は、とりあえず執事が用意してくれていた新しいワインを手にした。



「精霊王に感謝と祝福を!」



 笑った声が揃い、あちこちから同じように声が聞こえる。

「しぇいれいおうに、かんちゃとしゅくふく、を!」

 無邪気なレイの乾杯の掛け声に、部屋は笑いに包まれたのだった。

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