ティミーの任命の儀式
三人が到着した精霊王の神殿の分所の広い礼拝堂は、正装をした大勢の貴族達であふれかえっていた。
真ん中の細い通路を挟んだ反対側の座席には、同じく第一級礼装の軍人達も多く並んで座っている。
「うわあ、もの凄い人ね」
扉の隙間から中を覗いたニーカの言葉に、同じく覗き込んだジャスミンも驚いている。
「まあ、本当ね。短い時間だったのに、こんなにも大勢の人が集まってくださったのね。あ、父上と母上が座ってらっしゃるわ」
軍人達が座っている席の最前列に竜騎士達が座っていて、反対側の貴族側の最前列には、正装をしたマティルダ様とティア妃殿下が座っている。
そしてそのすぐ後ろの席にボナギル伯爵夫妻が座っていて、その隣にはティミーの母上のヴィッセラート伯爵夫人が座っていた。
そして驚いた事に、その隣には巫女の正装に身を包んだクラウディアが神妙な顔で座っていたのだ。
その隣にはディレント公爵夫妻が座っている。ゲルハルト公爵夫妻も並んで座っている。
「そっか、ディアは公爵様が身内として呼んでくださったのね」
「良かった。せっかくだもの、ディアにも見てもらいたかったから嬉しいわ」
「お友達ですか?」
ティミーも後ろから覗き込みながら二人の会話を聞いてそう尋ねる。
「ディレント公爵閣下は分かる?」
ジャスミンの言葉に、ティミーが笑顔で頷く。
「そのディレント公爵閣下の隣に座っている巫女が、クラウディアよ。閣下が、身寄りの無いニーカとクラウディアの後見人になってくださったのよ」
「光の精霊の使い手で、レイルズ様の想い人ですね」
無邪気なその言葉に、二人も笑顔で頷く。
「お綺麗な方ですね。今度ぜひ紹介してください」
「ええ、もちろんよ」
笑顔のニーカの言葉にティミーも笑顔になる。
その時、背後から咳払いの音が聞こえて、三人は慌てて背筋を伸ばした。
「お時間でございます。では、私が先導いたしますのでついて来てください。止まりましたら、祭壇に向かって前を向き、そのまま並んでお待ちください」
真剣な顔で頷く三人を見て、年配の神官は一礼して三人の前に進み出た。
「では、参ります」
小さくそう言われて、三人はそれぞれ小さく深呼吸をして顔を上げた。
「そろそろ時間かな」
ルークの小さな声に、レイも頷く。
第一級礼装に身を包んだ竜騎士隊が精霊王の神殿の分所にある礼拝堂に来た時、主だった貴族達はもうほぼ全員が到着していた。
「あ、ディーディーがいるよ」
貴族達の席には両公爵夫妻と共に、ボナギル伯爵夫妻とヴィッセラート伯爵夫人が座っていたのだ。そして、ディレント公爵閣下の隣に巫女の正装をしたクラウディアが座っているのに気付き、レイは密かに目を輝かせていた。
その後ろの席には、アルジェント卿とマシューやフィリス達、それにライナーとハーネインの姿も見える。彼らも、幼いながらも正装に身を固めて背筋を伸ばして座っている。
そして、レイの位置からは見えなかったが幼いパスカル以外の少年達は、全員がベルトにミスリルの短剣をそれぞれ装着していたのだった。
祭壇の前に、豪華な衣装に身を包み紫の肩掛けをした大僧正が進み出てくる。手には、大きなルビーのついたミスリルの豪華な杖があった。
そしてそれに続いて正装の皇王様が、これも豪華な肩掛けを身に纏って進み出てきた。
腰に装着されているのは、巨大なルビーの嵌った宝剣だ。そしてエイベルのお墓を設置した時にアルス皇子が身に付けていたあの女神の涙が、今は皇王の額を飾って静かな輝きを放っていた。
そして、祭壇横の扉が開き年配の神官に先導されたティミーとニーカとジャスミンの三人が入ってくるのが見え、ざわめきが大きくなる。
三人とも、竜の主としてはあり得ないほどに小さく幼い。
この国の歴史の中では、今までも未成年が竜の主となった事は、珍しいが決して無かったわけではない。
しかし、同時に三人も、しかもそのうちの二人は女性というのは初めての事だ。
話には聞いていたが、竜との関わりが長いこの国の歴史の中でも初めてとなる異例ずくめのこの光景を目の当たりにして、参列していた人々は戸惑いを隠せないでいた。
神官の先導で祭壇の前に並んだ三人は、少し離れてそれぞれ祭壇を向いて立つ。
正面の祭壇に飾られた精霊王の彫像と左右の壁面に飾られた十二神の彫像の前には、それぞれ巨大な燭台が置かれ、数え切れないほどの蝋燭に火が灯されて夕刻の礼拝堂を明るく照らしていた。
そして祭壇の上部にある玻璃窓は、夕日に照らされて美しい輝きを放っていた。
厳しくも優しい表情の精霊王の彫像は、そんな彼らをまるで慈しむように見つめているかのようだった。
ずっと一定のリズムで鳴らされていたミスリルの鈴と鐘の音が途切れて静かになる。
その直後に遥か頭上の鐘楼から大きな鐘の音が礼拝堂に響く。
ゆっくりと五回鳴り響き、やがて長く響いていた音が途切れた時、祭壇の前に立った大僧正が口を開いた。
「只今より、任命の儀式を執り行います」
静かにそう宣言すると、ゆっくりと一歩前に進み出た。
「新たに精霊竜ターコイズと出会い、竜の主となったティミーレイク・ユーロウに正式な竜騎士見習いとしての権利と義務をここに与えます」
それを聞いて、ティミーがその場に跪く。
深々と頭を下げたままじっとしてる彼に、大僧正が告げる。
「古の誓約に則り、ここに新たなる竜の主が誕生した事を、精霊王に報告するものなり。精霊竜と共にあれ。そして精霊竜と共に、この国を守る力となれ。新たなる竜の主に祝福を」
厳かな声でそう告げた大僧正は、手にした大きなルビーの付いたミスリルの杖でティミーの肩を軽く叩いた。
ティミーの肩が小さく跳ねる。
周りでは、もうシルフ達がうるさいくらいに大喜びではしゃぎ回っている。
『綺麗な杖』
『大事な杖』
『可愛い主様』
『愛しい主に祝福を!』
『愛しい主に祝福を!』
大はしゃぎでそう言いながら、俯くティミーの頬や額、そして頭にも次々とキスを贈った。
役目を終えた大僧正が一礼して下がると、続いて皇王が進み出る。
「ここに新たな竜騎士見習いが誕生したことを認める。精進するが良い」
そう言って、ゆっくりと腰の宝剣を抜いた。
そしてその抜き身の剣を横にして、まだ幼くか細いと言っても間違っていないであろうティミーの肩に面を当てた。
「ティミーレイク・ユーロウ。常に己に正直に、誠実であれ。そして伴侶となった精霊竜と、共に生きる事を誓うか」
皇王の言葉に、小さく息を吸ったティミーは、俯いたまま口を開いた。
「誓います。まだ私は小さく何が出来るかは分かりませんが、出来る限り学び、鍛え、この国のお役に立てるよう精一杯努める所存です」
幼い声で、しかししっかりと告げる。
「其方のこれからに期待する」
満足そうな言葉と共にそっと剣が引かれ、鞘に収められる。
飛び散るミスリルの火花に、精霊達は大喜びしていた。
皇王が顔を上げるのを見て、鎮まり返っていた堂内は大きな拍手に包まれたのだった。
跪き俯いたまま小さく震えるティミーを見て、皇王はそっと手を差し伸べた。
「立ちなさい。焦る事は無い。ゆっくりと一つずつ学んで成長していきなさい。其方のこれからに幸いあれ」
慌てて直立するティミーを見て、皇王はもう一度満足気に頷いた。
そして、その横で少し離れて並んでいる少女達を振り返った。
真剣な顔で自分を見つめる二人に小さく頷き、ゆっくりと口を開く皇王を、参列していた全員が息を潜めて見つめていたのだった。
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