古の誓約と儀式の意味
「ああ来たね。ひとまずここに座って待っていなさい。儀式は五点鐘から始まるから、もう少しだけ時間があるからね」
母親と別れて通された控えの部屋には、先に来ていた竜騎士達が勢揃いしていた。
小さく息を飲んで頷いたティミーが勧められた椅子に座る。
カチカチに緊張しているティミーを見て、レイとカウリが両隣に座って背中をさすってやった。
「さすがに、少しくらい教えてやっても良いですよね」
カウリの言葉に苦笑いしたアルス皇子が頷く。
「あのなティミー、任命の儀式って、要するにお前が竜騎士見習いとして、これからしっかり勉強するって事を皆の前で誓うための儀式なんだよ」
無言のまま、瞬きもせずに頷く彼を見てレイと困ったように顔を見合わせる。
「誓うって、ええと、具体的に、その、何を、するんですか?」
ようやく深呼吸をしたティミーが、途切れ途切れにそう言って縋るようにレイの袖を掴む。
「えっと、僕はカウリと一緒だったんだけど、あの時、何て言ったっけ……?」
自然と言葉が出て自分でも驚いていたのは覚えているのだけれど、何と言ったのか改めて考えてみたが全くと言って良いほど記憶に無い。
どうやらカウリも似たようなものだったらしく、彼も困ったように考えているだけだ。
困ったレイは、助けを求めるようにルークを振り返った。
「ねえルーク、僕、あの時何て言ったか全然覚えていないんですけど、何て言ったか教えてもらえますか?」
その言葉にあちこちから小さな笑いが起こる。
「まあそうだろうな。正直言うと、俺も覚えてなくて後で教えてもらったからなあ」
ウンウンと頷く彼を見て、レイとカウリは今度は驚いたように目を見開いて顔を見合わせる。
「確かお前はこう言ったな。誓います、何も知らなかった私を救ってくださったこの国に、生涯かけて御恩をお返します。ってね、なかなか堂々としていて立派だったぞ」
「カウリはこう言ったな。誓います、何も持たぬ私ですがシエラと共にこの国のお役に立てるよう精一杯努めます。ってな」
ルークに続き、ヴィゴが笑いながら教えてくれる。
全く記憶に無かった二人は、それを聞いてまるで他人事のように感心していた。
「ティミー、心配しなくても大丈夫だよ。最初の誓いは其方の竜が助けてくれる。安心して儀式に臨むと良い」
アルス皇子の言葉に、ティミーが顔を上げる。
「どういう事ですか。ゲイルが助けてくれるって?」
「言葉通りさ。最初の誓いの言葉は竜と共に口にする言葉だと言われている。だから本人はほとんど覚えていない事が多いんだよ。言ってみれば、これが一番最初の竜との共同の作業って事だ」
その説明に目を瞬いたのは、見習い三人が一緒だった。
「へえ、初めて知りました。自然と言葉が出たのはそういう意味だったんですね」
感心したようなカウリの言葉に、レイも頷いている。
「ねえ、そうなの?」
自分の肩に座っていたブルーのシルフにそう尋ねる。
『そうだな。考え方としては間違っていないさ。これは、
「深い意味って?」
無邪気なレイの問いに、ブルーのシルフが低い声で笑う。
『まあ、今となってはもうあまり意味のない誓いだ。気にしなくても良いさ。我らは気にしない』
ブルーのシルフの言葉に、いつの間にかそれぞれの竜の使いのシルフ達が、それぞれの主の肩に座ったり頭の上に座ったりしていて、皆揃って笑いながら頷いていた。
「確かに、任命の儀式の時の司祭の役を務める大僧正の言葉にあるな。古の誓約に則り、ここに新たなる竜の主が誕生した事を精霊王に報告する、って」
後ろで聞いていたロベリオの呟きにユージンとタドラが揃って頷く。
「なるほどなあ。今まで決まり事だと思って気にもせずに流していた祈りの言葉や誓いの言葉にも、元を辿れば様々な意味があったって事だな」
感心したようなマイリーの呟きに、ブルーのシルフが笑う。
『そうだな。花祭りのようにその意味も含めて大切に守られてきたものもあれば、形だけが残り、本来の意味は既に忘れられてしまったものもある。人の営みとは面白いな』
「ですが、忘れてしまってもよろしいのですか?」
心配そうなアルス皇子の言葉に、ブルーのシルフは笑って喉を鳴らした。
『そもそも、決して無くしてはならないものならば、もっと大事に伝えられておるさ。そうやって儀式が続いている事そのものにも意味はあるのだよ。大丈夫だ。本当に大切な事は我らが覚えているよ』
一千年を超える寿命を持つ古竜の言葉に、アルス皇子は目を閉じて頷き、その場に膝をついた。
「幼き我らをどうぞお導きください。この国へ来てくださり本当に感謝します。古竜ラピスラズリよ」
『立ちなさい。言ったであろう。其方達が誠実である限り、我は共にある。精霊王に感謝と祝福を』
「精霊王に感謝と祝福を」
ブルーのシルフの言葉に続き、竜騎士達全員が剣を軽く抜いてミスリルの火花を散らせた。レイとカウリも当然のようにそれに倣う。
突然の聖なる火花に、あちこちに座って話を聞いていたシルフ達は揃って大喜びで騒ぎ始めた。
ティミーは言葉も無く、ただ呆然と目の前で交わされる会話とシルフ達の大騒ぎを聞いていたのだった。
「お時間ですので、どうぞお越しください」
ノックの音とともに聞こえた執事の言葉に全員が立ち上がる。
ティミーは皆と一緒に神殿の礼拝堂へ向かうために廊下に出た。
「ああ、ニーカ、ジャスミンも!」
廊下で待っていた二人の少女にレイが笑顔で駆け寄る。
「突然呼び出されて何かと思ったわ」
「任命の儀式っていうのをするんですってね」
二人の言葉にレイも笑顔で頷く。
「うん、大丈夫だよ。ルチルやクロサイトが一緒だからね」
レイの言葉に、二人も笑顔で頷くのだった。
そのまま二人も一緒に神殿の礼拝堂へ向かった。
三人は、緊張しつつもそれぞれに堂々と顔を上げて竜騎士達と一緒に歩いて行ったのだった。
『ティミーよ大丈夫だ其方には我がついているぞ』
『そうですよジャスミンには私がついていますよ』
『大丈夫だってニーカには僕がついてるからね』
不安に震えながらも堂々と顔を上げて歩く幼い竜の主達三人の耳元では、それぞれの竜の使いのシルフ達が笑ってそう言っては、それぞれの愛しい主の頬に何度も何度も想いを込めたキスを贈っていたのだった。
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