ニーカとジャスミンの誓い

「その細き肩に大いなる重責を担った幼き少女達よ。共に助け合い、認め合い、しっかりと精進するがいい。精霊竜と共にあれ。そして精霊竜と共にこの国を守るいしずえとなれ。三国の同盟の上に誕生したファンラーゼンを治める皇王として、我、オルサム・ダード・ドラゴニアは、ここに新たなる竜の主が二人誕生した事を、精霊王に報告するものなり」

 厳かな声で皇王がそう言ってゆっくりと腰の宝剣を抜いた。

 そのまま自分の胸元に、切先を天井に向けて両手で宝剣を持ったまま直立して留まる。

 曇り一つない見事なミスリルの輝きを放つ抜き身の宝剣には、シルフ達だけでなく何人もの光の精霊達が集まって来て、大喜びで刃を横から叩いたり切先にキスを贈ったりし始めた。



 慌てたようにニーカとジャスミンはその場に跪き、そして両手を握り額に当てて深々と頭を下げた。

 それを見て、大僧正が軽く咳払いをしてから進み出て、ミスリルの杖を差し出しゆっくりと二人の肩を叩いた。

「新たに精霊竜ロードクロサイトと出会い、竜の主となったニカノール・リベルタス。同じく精霊竜ルチルクオーツと出会い、竜の主となったジャスミン・リーディング両名に、正式な竜司祭見習いとしての権利と義務をここに与えます」

 大僧正は大きな声でそう言うと、ミスリルの杖で二人の反対側の肩をもう一度軽く叩いた。


『綺麗な杖』

『大事な杖』

『可愛い主様』

『大好きな主様』

『愛しい主に祝福を!』

『愛しい主に祝福を!』


 それを見て小さく頷いた皇王は、ゆっくりと跪いたままの二人のすぐ目の前まで進み出た。

 そしてその抜き身の剣を横にして、剣の面をまずはニーカの背中にそっと触れさせた。

 一瞬震えたニーカだったが、そのままじっとしている。

「ニカノール・リベルタス。常に己に正直に、誠実であれ。そして伴侶となった精霊竜と共に生きることを誓うか」

 優しい皇王の声に、小さく息を吸ったニーカは震えながら口を開いた。

「誓います。何も知らず、何一つ持たなかった私はこの国の皆様に文字通り身も心も助けられました。その優しさとご恩を私は決して忘れません。決してこの国を裏切りません。私の生涯を賭けて少しでもこのご恩を返せるよう、スマイリーと共に精一杯生きる事を誓います」

 幼いながらも堂々としたその誓いの言葉に、参列者達から静かな騒めきが起こる。

 背に当てられていた宝剣がそっと引かれ、音を立てて鞘に収められる。

 聖なる火花が散り、シルフ達が大喜びで手を叩いたり皇王にキスを贈ったりしていた。



 思わず顔を上げたニーカは、皇王と正面から顔を見合わせる事となった。



 額に輝く真っ赤な宝石がとても綺麗で、そしてその下で輝く一対の、額に輝く宝石よりももっと美しい金の瞳にニーカは思わず時を忘れて陶然と見惚れた。

 真正面から皇王様のお顔を見るような失礼をしてはいけない。頭ではそう思うのだが、吸い込まれそうな輝きと力を秘めた金色の瞳から、ニーカは目を離す事が出来なかった。

 短く刈り込まれた髪は、アルス皇子の金髪よりもやや黒っぽくて硬そうだ。しかし、ふと笑ったその笑顔はアルス皇子にとてもよく似ていて、ニーカも思わず笑顔になる。

「其方のこれからに期待する」

 ゆっくりとそう言って満足気に頷いた皇王は、もう一度ゆっくりと剣を抜いてジャスミンの前に立った。

 視線が外れた事で我に返ったニーカは、慌ててもう一度両手を握りしめて額に当てて深々と跪いたまま頭を下げた。



 跪いたまま少し顔を上げていたジャスミンが、慌てたように再び深々と頭を下げる。

「ジャスミン・リーディング。常に己に正直に、誠実であれ。そして伴侶となった精霊竜と共に生きることを誓うか」

 抜き身の宝剣を横にして、その剣の面をジャスミンの背にそっと当てる。

 静かな皇王の言葉に、ジャスミンも小さく震えた後に大きく息を吸ってから口を開いた。

「誓います。無知で非力な私ですが、コロナと共に精一杯学び生きていきます。捨てられた私を守ってくださった今の両親と、そして私をお守りくださるこの国に、我が生涯賭けてご恩を返します」

「其方のこれからに期待する」

 そっと宝剣が引かれ、音を立てて鞘に収められる。

 次の瞬間、参列していた人々が全員立ち上がって神殿中に大きな拍手が沸き起こった。



 役目を終えた皇王と大僧正が、ゆっくりと下がって精霊王の祭壇の前に並ぶ。

 それを見て、跪いている二人のすぐ後ろに、アルス皇子を先頭に竜騎士達が左右に分かれて整列する。

 そしてその後ろにアルジェント卿と子供達も左右に分かれて並んだ。

 その後に剣を装備した貴族の男性と軍人達が続く。

 アルス皇子が最初に剣を抜き、竜騎士達がそれに続く。

 目を輝かせたレイも、ミスリルの剣を抜いて高々と頭上に掲げた。

 そしてそれを合図に整列していた全員が腰の剣を抜いた。



 紛う事なきミスリルの輝きがあふれる。



 そのまま左右に分かれて抜刀していた人達が腕を伸ばして高く掲げたミスリルの剣を、互いに交差させるようにして扉の前まで続くアーチを完成させた。

 少し下がってニーカとジャスミンの誓いの言葉を聞いていたティミーも、驚きのあまりポカンと口を開けたままその光景を眺めていた。




「さあ立ちなさい。そして、仲間達の作る聖なる門を潜れ。己の伴侶である竜と共に、決して惑う事なく前に進む為に」

 皇王の優しい声に、顔を上げたニーカとジャスミンが戸惑うようにゆっくりと立ち上がり振り返る。

 そして、自分達のすぐ後ろにいつの間にかに現れていたミスリルの剣のアーチを見て、二人揃って驚きに目を見開いた。



『行こうティミー』

『我と共に』

 ティミーの目の前に現れたターコイズの使いのシルフの言葉に、ようやく我に返ったティミーが満面の笑みになる。

「うん、行こうゲイル。ずっと一緒だよ」

 嬉しそうに笑ってそう言うと、そっと手を差し伸べてシルフを自分の肩に座らせてやる。

 そのまま自分を見つめている竜騎士達に一礼すると、堂々と胸を張ってミスリルのアーチをくぐって前に進んでいった。



『ほら何をしてるの』

『行くよニーカ』

 嬉しそうなクロサイトの使いのシルフの言葉に、呆然としていたニーカも笑顔になる。

「そうね、ずっと一緒よスマイリー。大好きだからね」

 そう言って使いのシルフにそっとキスを贈り、目の前を飛ぶシルフを追いかけるようにして歩き出した。



『行きましょうジャスミン』

『いつも貴女の側にいますからね』

 目の前に現れたルチル使いのシルフから聞こえる優しいその言葉に、ジャスミンの顔にも笑顔が戻る。

「ええ、行きましょうコロナ。大好きよ、どうか私を見守っていてね」

 笑ってそっとキスを贈り、ゆっくりと足を踏み出した。



 それぞれの運命が待つ未来へと向かって、未だ幼い三人も決意を胸に歩き始めたのだった。

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