任命の儀式への参加

『私だ何かあったか?』

 大きなシルフが何人も現れて机の上に並ぶ。

「父上、今マイリーと話をしていたんですが、ニーカとジャスミンも任命の儀式を受けていませんがよろしいのでしょうか。良い機会ですから、彼と一緒に受けさせてやってはいかがでしょう」

 すると、先頭のシルフが笑って頷いた。

『同じ事を考えていたな』

『すでに女神の神殿には連絡してある』

『迎えの者を寄越したので』

『もう間も無く到着するよ』

 皇王の言葉に、マイリーとアルス皇子は笑顔で顔を見合わせた。

「ご配慮感謝いたします。では我々も神殿へ向かいます」

『ああご苦労』

 直立して敬礼するアルス皇子とマイリーに頷き、伝言のシルフ達は次々にくるりと回っていなくなった。



「父上も同じ事を考えていたとはな」

 消えたシルフ達を見送って顔を上げたアルス皇子がそう呟いて小さく笑う。

「さすがですね。では、レイルズも来たようだし我々も参りましょう」

 マイリーの言葉とほぼ同時に開いたままだった扉から、竜騎士見習いの第一級礼装に着替えたレイが駆け込んで来る。

「大変お待たせ致しました!」

 直立するレイに、頷いたアルス皇子が立ち上がる。

「揃ったようだね。では行くとしよう」

 立ち上がった二人が剣を装着して身支度を整えている間に、ロベリオからニーカとジャスミンも一緒に任命の儀式を受ける事や、ロベリオがティミーの指導担当でユージンがその補助に決まった事などを聞かされて、目を輝かせるレイだった。




「うう、ここまでの大注目は久し振りです」

 戸惑うように小さく呟くレイに、隣を歩くカウリは平静を装いながらも実は必死で笑いを堪えていた。

 第一級礼装の竜騎士達が全員揃って歩いていれば、幾ら城内とはいえ事情を知らぬ人から何事かと注目を集めるのは、ある意味仕方のない事だ。

 かなり人目には慣れたレイだったが、ここまで注目されるのは確かに久し振りで戸惑うのも当然だろう。

『気にしなくていい』

『背筋を伸ばしてしっかり前を向いていなさい』

 マイリーの声が耳元で聞こえて、レイは慌てて背筋を伸ばして顔を上げた。






「ニーカ、ああ、ジャスミンもここにいたのね。システィーナ様が二人に大至急事務所へ来るようにって」

「蝋燭の準備は交代するから、行って来てちょうだい」

 ティア妃殿下の担当を一緒にしていた三位の巫女のロートスとウィオラが、倉庫で蝋燭を数えていた三人のところへ慌てたように駆け寄って来た。

「あら、私とニーカだけなの?」

 ジャスミンの驚いたような質問に、二人が頷く。

「急いで交代して来なさいって言われたの」

「私達も何があるのかは聞いてないわ」

 二人揃って首を振りながらそう言われて、ニーカとジャスミンは困ったように顔を見合わせた。

「とにかく行きましょう。私達二人だけって事は、もしかしたらスマイリーやルチルに何かあったのかも」

 最後は小さな声でニーカに言われて、ジャスミンも慌てたように頷いて立ち上がる。

「確かにそうね。じゃあ悪いけど行ってくるからここをお願い。ええと、ここまでは全部数えてあるから、あとはこっちの箱よ」

「分かったわ。いってらっしゃい」

 頷いて蝋燭の入った箱の横に座る二人を見て、立ち上がった二人はクラウディアを振り返った。

「じゃあ、ディア。あとはよろしくね」

 蝋燭を数えていると、どうしても手に蝋がこびりついてしまい、後で水で洗って落とすのは大変なのだ。

 精霊魔法を使えるクラウディアも、ニーカほど得意ではないが洗浄の術を使える。その為、神殿での日々の祈りに欠かせない蝋燭を数える作業は、精霊魔法が使える彼女達がいつも進んでやっているのだ。

「ええ、彼女達の手もちゃんと綺麗にするから安心して行って来てちょうだい」

 ちゃんと心得ているクラウディアの言葉に、ニーカも笑顔になる。

「それじゃあ行きましょう」

 ジャスミンの声に、頷いたニーカも急ぎ足で倉庫を出て洗面所へ向かい、念入りに手を洗って蝋を綺麗に落としてから大急ぎで事務所へ向かった。




「お呼びでしょうか」

 事務所に入ったところで、待ち構えていたシスティーナ様とぶつかりそうになり、二人は慌てて一歩下がって並ぶ。

「ああ、来ましたね。ちょっとこっちへ」

 突然、何人もの僧侶達に取り囲まれ、丸椅子に座らされた。

 何が何だかわからないうちに髪をとかれ、濡らした綺麗な布で顔を何度も拭かれ、服の皺を整えられる。

 最後には顔にクリームのようなものまで塗られ、両手にもいつも使っているのよりも香りの良い手荒れ用の軟膏を爪の先まで丁寧に塗り込められた。

 おかげで唇も頬も、そして普段なら乾燥してあかぎれが絶えない指先も、まるで別人のようにツルツルのすべすべになった。

「よろしい。では参りましょう」

 見違えた二人を見て満足そうにそう呟いたシスティーナ様の後ろには、初めて見るやや年配の女性が待っていて、その方も一緒に事務所を出て向かった先は精霊王の神殿の分所の事務所だった。



「ねえ、もしかして、礼拝堂のお掃除の応援かな?」

「そうね、それは有り得そうね」

 洗浄の技を使える彼女達は、急にお掃除の応援に呼ばれる事も少なくはない。

 何故呼ばれたのか全く事情が分からない二人だったが、身支度を整えられた事を思い出して更に首を傾げる。

 お掃除に呼ばれるのは自分達の役割だと思っているので別に構わないが、それなら自分達の身支度をあそこまでして綺麗に整える理由が分からない。

「公爵様の御用なら、ニーカだけ呼ばれるってのも変よね?」

「やっぱり、ルチルかスマイリーに何かあったんじゃなくて?」

 不安気に顔を見合わせていると、肩掛けをした大僧正様が奥の控室へ入っていくのが見えて思わず直立する。

「い、今のって大僧正様だったわよね」

「しかも、あの肩掛けって……」

 一瞬だけだったが見えた大僧正の身分を示す紫の肩掛け。しかも先ほど見えた時に身につけていたそれは、普段よりも厚みがあって縁取りの銀の装飾も豪華なものになっていた。

 それは、皇族の結婚式のような本当に特別な祭礼の際にしか身に付けないもののはすだ。

 驚くジャスミンに、ニーカも肩掛けに気付いたようで驚いて立ち止まっている。

「ねえ、御成婚の祭事は全て終わったわよね?」

「ええ、そのはずだけど……」

「じゃああの豪華な肩掛けは何の為なのかしら?」

 意味が分からずに揃って首を傾げていると、システィーナ様に呼ばれた。

「何をしているんですか。行きますよ」

 事務所から数枚の書類を受け取りその場でサインをしたシスティーナ様は、その書類を事務の人に渡して二人を呼んだ。

「はい、失礼いたしました」

 声を揃えて応えた二人を見て、システィーナ様は笑顔になる。

「では参りましょう。あなた達にとっても一生一度の儀式ですからね」

 さっぱり意味が分からず目を瞬いていると、二人の前にそれぞれの竜の使いのシルフが現れた。

「スマイリー! ねえ、今から何があるのか貴方は知っていて?」

「コロナ。ねえ、何があるのか貴方は知ってるんでしょう? お願いだから教えてよ」

 二人がそれぞれ自分の竜の使いのシルフに話しかけるのを、システィーナ様は黙って笑顔で見つめていた。


 それぞれの竜の使いのシルフ達から、今から参加する儀式について詳しく聞いた二人は、仲良く揃って驚きの悲鳴を上げて顔を覆った。

 そんな二人の周りでは、シルフ達が集まって来て期待に満ち満ちた目で二人を見つめているのだった。

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