任命の儀式の前のさまざまな準備と相談
「ティミーレイク・ユーロウと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
次々に差し出される手を握り返しながら、ティミーはただその言葉を繰り返す事しか出来なかった。
憧れだった方々が、自分を対等に扱い手を差し伸べてくれる。
その夢のような光景をまるで他人事のように見ながら、しかし、その行為の示す意味に気づいた時、ティミーは不意に巨大な不安が胸の中に湧き上がってくるのを抑えられなかった。
本当に、自分なんかに竜騎士が務まるのだろうか。
全く無知の状態でここに来たために、ある意味無邪気に全てを受け入れる事が出来たレイと違い、ティミーはこの国の竜騎士が務める役割の重要性を理解している。
ようやく母上が落ち着き、少しずつ自分に自信も付いてきたティミーだったが、どうしても知識優先で実技がついて来ていない自分を自覚している。
自分は身体が小さいから、武術が苦手でも仕方がない。
今まではそう考えて諦めた部分も多く、必須の技術であるラプトルに乗る事以外は、そもそもそれほど無茶な武術の訓練はしていない。
元々軍人の家系では無いし、一人息子であるティミーが軍人になる予定は無かったのでそれでも良かった。
ある程度の武術は貴族の男子の嗜みとして求められる部分もあるが、代々軍人の家系であるリンザスやヘルツァーのように騎士の叙勲を受けるつもりでもない限り、それほど無茶な事は求められない。
だがそれは、今までの話だ。
竜騎士となる以上、実戦に出る事が前提なのだから武術や精霊魔法の習得は必須だ。しかも、公式の場では皇族に次ぐ身分として扱われるし、神殿でも高等神官と同程度の身分として祭事などの際にはその役目を果たしている。
その立ち居振る舞いも含め、全てにおいて常に他の模範となる事を求められる。
それが自分なんかに務まるだろうか。
今更ながら足が震えてきて、よろめきそうになったところをレイに支えられる。
「大丈夫。ほらここに座っていいよ」
腕を取ったまま、肩を支えるようにしてソファーに座らせてくれる。
不意に真っ青になったティミーの心の動きと怯えは、レイ以外の全員が理解していた。
マシュー達は、立ち上がって目を輝かせながらずっと彼らの挨拶を見ていた。
賢明にもその間は一切口を開かずに大人しくしていたのだが、挨拶が終わった途端に急に真っ青になったティミーを見て慌てたように駆け寄って来た。
「大丈夫?」
「ねえ大丈夫?」
「しっかりティミー」
「ねえ大丈夫かい?」
「しっかりしてください。ティミー兄様」
心配そうにティミーの側に来て、口々にそう言う少年達をレイは笑顔で見つめていた。
しばらくして、ティミーの顔色が戻った事を確認したアルス皇子はアルジェント卿を振り返った。
「もう大丈夫なようだね。アル、今から任命の儀式の為に精霊王の神殿の分所へ行くから、子供達も一緒に参加してください」
その言葉に、アルジェント卿は驚きに目を見開き、少年達は歓声を上げて飛び上がった。
「今、子供達と貴方の着替えを用意してくれていますからね。準備が出来次第一緒に分所へ来てください。ああレイルズ。ラスティが着替えを用意してくれているから、君は今すぐに第一級礼装に着替えておいで」
「かしこまりました。大急ぎで着替えてきます!」
アルス皇子の言葉に直立して返事をしたレイは、ティミーの背中を叩いてから大急ぎで部屋を出て行った。
「よろしいのですか。殿下。マシュー達を参加させて」
アルジェント卿は元竜騎士としての立場上、当然任命の儀式に参加するが、基本的に未成年の場合は兄弟などの近しい血族以外は参加させないのが慣例だ。
「父上の許可は頂いてるよ。ティミーも彼らが一緒の方が心強いだろうしね。それに、彼らにとってもこれは良き経験となるだろう」
アルス皇子の言葉にアルジェント卿も笑顔になる。
「殿下と陛下のご配慮に感謝致します。では我らも着替えて参ります故、失礼致します」
「ああ、では後ほど」
一礼したアルジェント卿と子供達が、迎えに来た執事と共に下がるのを見送ってからアルス皇子は小さくため息を吐いた。
「未成年とはいえ、久々の貴族の子息の見習いだな。さて、誰に指導を任せようかな」
その呟きに、マイリーがニヤリと笑ってロベリオとユージンを横目で見た。
タドラと話をしている二人を見たマイリーは、素知らぬ顔で剣を外してティミーの向かい側にあるソファーに座った。
同じく、剣を外して手に持ったまま隣に座ったアルス皇子と顔を寄せて真剣に話を始めた。それを見て、ヴィゴとカウリとルークもその両隣に座り一緒に相談を始める。
そして、それに気付いた若竜三人組が揃ってティミーを挟んでソファーに座り、彼らが相談するのを見守った。
ティミーは戸惑うように向かい側に座った大人組を見ていたが、特に何も言わずに、黙ったまま小さく何度も深呼吸を繰り返していた。
「ロベリオ、君にティミーの指導役を任せようと思う。ユージンには彼の補助をお願いするよ。二人とも新人の指導は初めてだからね。何か分からない事や困ったことがあれば、いつでも相談して構わないからね」
「畏まりました。未熟な面も多いですが、精一杯努めさせていただきます。どうぞよろしくご指導下さい」
ロベリオの言葉に、ユージンも揃って直立する。
「どんどん責任ある立場に近づいているね。二人のこれからに期待しているよ」
「はい、精一杯務めさせていただきます!」
目を輝かせる二人に、揃って笑顔になる。
「あの、どうぞよろしくお願いします!」
呆然と彼らを見ていたティミーが、慌てたように立ち上がってロベリオに向かって頭を下げる。
「うん、よろしくね。僕も直接指導するのは初めてだから至らない事も多いと思うけど、一緒に頑張って成長しようね。分からない事は何でも聞いてくれて良いよ」
「よろしく。もしロベリオに聞きにくかったら遠慮なく僕に聞いてね」
「おい、俺に聞きにくい事ってなんだよそれ」
「ええ、それをここで聞く?」
ユージンの言葉に、慌てたようにロベリオが叫び、呆れたようなユージンの答えにロベリオが口を尖らせる。
そんな二人を見てルークとタドラとカウリの三人が揃って吹き出す。
「あいつらはいつもこんな感じだから気にしなくていいぞ。あれは兄弟喧嘩みたいなもんだからな」
二人の様子に驚いて目を見開いて固まっていたティミーの肩を、笑いながらルークが叩いて説明する。
「そうなんですね。僕、一人っ子だから兄弟喧嘩って憧れなんです。いいなあ」
無邪気なその言葉と笑顔に、ルークとタドラも自然と笑顔になる。
「確かに兄弟喧嘩って憧れだよな。じゃあ、歳が近いレイルズとなら喧嘩出来るかもな」
「どっちも良い子すぎて喧嘩にならないと思うけどなあ」
タドラの言葉に、その場は笑いに包まれたのだった。
「それじゃあ、まずは急いで決めなければいけないのはこれくらいかな」
そう呟いたマイリーだったが、不意に何かを思いついたように天井を見上げ、しばらく黙って考えてから隣に座ったアルス皇子を見た。
「殿下、ひとつ提案なのですが、ニーカとジャスミンも任命の儀式に呼んであげてはいかがですか。よく考えたらあの二人も任命の儀式を受けていませんからね」
一瞬、驚いたように目を瞬いたアルス皇子だったが、マイリーの言葉に大きく頷く。
「確かに、言われてみればそうだね。ううん、ちょっと待って、父上に確認するよ」
その場でシルフを呼ぶアルス皇子を見て部屋にいた全員が口を噤んだ。そして黙ったまま真剣にその様子を見守るのだった。
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