幼き竜の主
「ティミー、大丈夫?」
「はい、だ、だい、じょうぶ、です」
ソファーに座って真正面を見つめたまま瞬きもせず、全然大丈夫ではなさそうなティミーが大丈夫だと答える。
困ってティミーを挟んで反対側に座っているアルジェント卿を見るが、笑って首を振るだけで無理にティミーに話しかける事もなく黙っている。
それを見たレイも小さなため息を吐いて頷き、小さく震えているティミーの背中をそっとさすってやった。
部屋に通された当初は興奮して大はしゃぎしていたマシューやライナー達も、いつの間にかすっかり大人しくなってしまい、向かい合わせに置かれたソファーに全員並んで座っている。
奇妙な緊張を孕んだ沈黙が応接室を覆っていた。
結局レイも、このままティミーについていてくださいとティルク伍長に言われてしまい、成り行き上ずっと一緒にいるのだがこの後どうしたら良いのかがさっぱり分からない。
カウリの時のように、多分この後に神殿の分所で任命の儀式をするのだろうけれど、ルークに知らせた方がいいのだろうか?
「あの、アルジェント卿、僕からルークかマイリーに知らせた方が良いですか?」
小さな声でそう尋ねると、顔を上げたアルジェント卿は笑って首を振った。
「心配はいらぬからそこで待っていなさい。しかし、今頃本部は大騒ぎになっているだろうな」
そう言って小さく笑ったアルジェント卿は震えているティミーの背中を、レイがしていたように何度も撫でた後、そっと肩を叩いた。
「どうやら、皆が来てくれたようだな。まずは最初の儀式をせねばならんぞ。竜の主としての最初の勤めだ。しっかりやりなさい」
その言葉にティミーが顔を上げるのと、部屋がノックされてアルス皇子を先頭に、竜騎士全員が部屋に入って来るのはほぼ同時だった。
全員が、第一級礼装に着替えている。
それを見て、弾かれたようにレイと少年達が一斉に立ち上がる。
少し遅れて、慌てたようにティミーが立ち上がり、アルジェント卿がソファーの背に手を掛けてゆっくりと立ち上がった。
少年達が、揃って目を輝かせて見守る中、そのまま進み出たアルス皇子がティミーの前に立つ。
「まずは、新たなる竜の主に祝福を」
そう言って、そっと手を取って両手で包みこむようにして優しく撫でてキスを贈る。
しかし、ティミーは、泣きそうな顔でアルス皇子を見上げているだけだ。
「殿下……僕に、僕なんかに務まるでしょうか。僕は体も小さいし、武術の基本は習っていますけれど……決して得意って訳ではないです。精霊魔法なんて言葉しか知りません」
涙に潤んだ瞳で、それでもしっかりとアルス皇子を見上げたティミーは小さな声でそう言って怯えるように首を振る。
「突然の事に混乱する気持ちは分かります。今は竜の主になった事を受け入れてくれるだけで良いんですよ。どうですか? 自分が竜の主になる事は、受け入れられそうですか?」
静かな優しい皇子の言葉に、ティミーの目から涙がこぼれる。
「僕、正直に言うとまだ夢を見てるみたいで、全然本当の事とは思えないんです。でも、ゲイルが言ってくれたんです。僕が、やっと見つけた大事な主なんだって」
その言葉にレイが目を輝かせる。
「その名前って、もしかしてターコイズの事?」
「はい、そう教えてくれました。僕だけが呼べる大切な名前なんだって」
その笑顔に、どうなる事かと心配していたアルジェント卿とマイリーを始めとする竜騎士達がようやく安堵のため息を吐いた。
「名前を受け入れたのなら、もう心配はありませんな」
アルジェント卿の言葉に、マイリーも笑って頷く。
「ティミー、新たなる竜の主に我らからの祝福を贈ろう。そして、ようこそ竜騎士隊へ。心から歓迎するよ。大変な事も多いだろう。苦労もするだろう。だが、逃げる事なくどうかしっかり頑張ってくれたまえ。我々一同、協力は惜しまないよ。分からない事は決して自分で判断せず、どんな些細な事でも遠慮なく聞きなさい。いいね」
その言葉に、直立したティミーが元気に返事をする。
「では改めて、竜騎士隊参謀のマイリー・バロウズだよ。よろしく」
そう言って差し出された大きな手を、ティミーの小さな手が震えながらもしっかりと握り返す。
通常、未成年である子供の側から挨拶の際に右手を差し出されれば握手を返すが、挨拶とともに大人の側から握手を求める事は無い。
しかし、今のマイリーは彼からティミーに握手を求めて手を差し出した。これは、まだ未成年ではあるがティミーを対等に扱うべき一人の男として認めた行動でもあるのだ。
「あ、ありがとうございます。ティミーレイク・ユーロウと申します。ご期待に応えられるように精一杯頑張りますので、どうかご指導ください」
当然、その意味を即座に理解したティミーの目が輝く。
「ヴィゴラス・アークロッドだ。竜騎士隊の副隊長を務めている。しっかり鍛えてやろう。よろしくな」
差し出されたその巨大な手をティミーが目を輝かせて握り返す。その手はヴィゴの半分どころか恐らく三分の一以下だっただろう。
「ルークウェル・ファウストだよ。竜騎士隊の参謀副官を務めている。よろしくな」
差し出された手を握り返しながら、もういっぱいいっぱいのティミーはどうにも落ち着かずにキョロキョロと彼らを見上げていた。
「ロベリオ・マルセルだよ。よろしく」
「ユージン・ディーハルトだよ。よろしくね」
「タドラエイン・ルッツです。タドラって呼んでね。どうぞよろしく」
若竜三人組の挨拶に、ティミーの目はもうこれ以上ないくらいに見開かれて輝いていた。
「カウリ・シュタインベルグだよ。レイルズと同じで、まだ見習い中だ。よろしくな」
「改めまして、レイルズ・グレアムだよ。改めてこれからよろしくね、ティミー!」
最後のレイの言葉に、握手を返したティミーはもうこれ以上ないくらいの笑顔になる。
挨拶を終えて嬉しそうに笑うティミーの右肩には、ターコイズの使いのシルフがずっと座っていて、それに気付いていないのは当の本人だけだ。
しかし、ターコイズの使いのシルフはそんな事など気にもせずに、ずっとそのまだ幼い柔らかな頬に何度も何度も想いを込めたキスを贈っていたのだった。
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