戸惑いとお祝いのお酒達
「うっわぁ……俺、ちょっと本気で怖くなってきた」
「だよなあ。そんな事言われたって、俺達、ただの農民と一般人だって……」
「俺、今ほどレイルズの存在をありがたく思った事はないよ」
「だよな、すっげえ……」
貴族社会の力関係の複雑さと、そもそも彼ら下級兵士とは全く違う考え方を詳しく聞いた二人は、揃って頭を抱えた。
そして、陛下からの直々のお褒めの言葉の重みをレイの詳しい説明で思い知る事になったのだった。
あまりにも情けなさそうな二人の言葉に、レイはもうずっと笑っている。
「だけど僕だって、まだまだお勉強中だよ。そんなの全部理解してる訳じゃないよ。そもそも今の話だって、ロベリオ達やラスティから教えてもらったものをそのまま話しただけだもん。だけど、僕でも少しは役に立てたみたいですっごく嬉しいよ」
肩を竦めて照れたように笑ってそう言ったレイは、扉の横に積み上がっている木箱を見た。
「えっとね。その今開けた貴腐ワインの箱は、僕のお気に入りの産地を集めたから、全体にちょっと甘めだよ。そっちの白い箱は、ゲルハルト公爵閣下から教えて頂いたお勧めの貴腐ワインだよ。産地によって全然風味の違うのもあるから面白いんだ。その下の二つはルークとヴィゴとマイリーとラスティに教えてもらって僕が選んだ分だよ。そっちは貴腐ワインだけじゃなくて、赤白のワインとか、マイリーとヴィゴのお勧めのウイスキーとかも入ってるから楽しんで飲んでね」
その言葉に、顔を上げた二人は驚きに目を見開いて机に置いた貴腐ワインの瓶を見て、それから扉の横に積み上がっている箱を振り返った。
「貴腐ワインなんて俺達には分不相応だと思ってたけど、竜騎士隊の方々にそこまでして頂いてるのなら飲まないわけにはいかないよな。ありがとう。せっかくの機会だから贅沢だなんて思わずにじっくり味わって飲ませてもらうよ。それで、公爵閣下からいただいた貴族の社会の成り立ちの本でも読んでみることにするよ」
キムの言葉に、マークも苦笑いしつつも頷いている。
「良かった。気に入ったのがあったら教えてね。ああそうそう。あのね、ルークから聞いたんだけどこれも教えておくね。えっと、もしも知らない貴族の人から食事や勉強会に招待されたり、しつこく講習会に来て欲しいって直接頼まれても、絶対に勝手に返事をしたりしたら駄目なんだって」
レイの言葉に、二人は真顔になって揃って頷く。
「ああ、それは閲兵式の後に少佐からも言われた。もしも貴族の人が個人的に何か言って来たら、その場での返事は絶対にせずに、それは事務所を通してくださいで押し通せって。それから、誰かの屋敷や店へ招待されても、絶対に勝手には行くなって言われたよ」
マークの言葉に、キムも頷いている。
「良かった。それは聞いてるんだね。それで良いと思うよ。それでも何か言われたら、僕やルークの名前も出してくれて良いって言ってたよ。だから、後ほど相談してからお返事しますって言えばいいんだって。あ、その時には必ず言ってきた相手の人の名前や身分を改めて確認しておいてね。後で別の人に頼まれて依頼人の名前をすり替えたりされる事もあるんだって」
これもラスティから聞いた話だが、それを聞いたマークとキムは揃って顔を覆って机に突っ伏した。
「だから〜俺は辺境の村の出身の農民なんだって」
「俺だって、オルダムに住んでるただの平民だぞ。貴族になった覚えはないって〜!」
情けなさそうに叫ぶ二人を見て、レイは呆れたようにため息を吐いた。
「光の精霊魔法だけじゃなく、四大精霊魔法の全てに高い適性を持つ精霊魔法使いの兵士と、精霊魔法の合成と発動の確率理論を発案して構築式を確立した天才兵士だけどね。しかも、陛下から公の場で直接お褒めの言葉を賜るようなね!」
「いや、だからそれは……」
見事に二人の声が揃い、同時に口を噤んで顔を見合わせ、これまた揃ってため息を吐いた。
「何その同調率。双子みたいだよ」
呆れたようなその言葉に二人がまた揃って吹き出す。
レイもなんだかおかしくなって笑い出し、しばらくの間、三人の笑いが途切れることはなかった。
「じゃあ、これは中を確認したら奥の休憩場所に置いておこう。目に入る所にあると、絶対飲みたくなるものな」
キムの言葉にマークも頷き、一応全部の箱を開けて中身を確認しておく事にした。
万一、瓶に破損やヒビなどがあっては大変だからだ。
レイも手伝って、箱を下ろして蓋を開けていく。
途中に出てきた、蓋に添えられたカードの文字の美しさに感激した二人が褒めちぎったため、レイが真っ赤になる一幕もあった。
確認がすめば、手分けして箱ごと奥の休憩場所の壁際に積み上げて行った。
広くなった会議室の奥には簡易キッチンが備え付けられていて、お湯を沸かしたり簡単な料理なら出来るようになっている。
徹夜する事も多かった時は、ここで夕食がわりのお茶を入れて干し肉をかじっていたりもした。
一応、レイルズに叱られてからは、きちんと食堂へ食べに行くようになったし緊急時以外は徹夜はしないようにしている。
もちろん、この会議室内での飲食の許可は貰っているし、勤務時間外に限るが、一応ある程度の飲酒も少佐から許可を貰っている。この場合は、もしも飲むなら顔に出ない程度まで、という意味だ。
二人ともある程度は飲めるので、今までは深夜までかかった時などの気晴らしに、安いワインをこっそり持ち込んでいた程度だったのだ。
しかし、今回両侯爵をはじめアルジェント卿からもさまざまな贈り物をいただいたおかげで、休憩場所はちょっと同僚達には気軽に見せられないくらいの様々な高級品が山と積まれた状態になっているのだ。
「選ぶのが楽しかったから、張り切って選んだんだけど、ちょっと贈りすぎちゃったかなあ」
壁際に積み上がったお酒の入った箱を改めて見て、レイが困ったように笑っている。
「いやあ、選ぶ楽しみがあって嬉しいよ。だけどこれだけあるのなら、貴腐ワインはちょっと勿体ないけど、普通のワインくらいなら兵舎の奴らにも少しくらいは飲ませてやってもいいかな?」
木箱の蓋を開けつつそんな事を言っているマークの背中を、キムがこっそり叩いた。
「あのなあ、レイルズが贈ってくれたワインが、そこらで売ってるような安物なわけないだろうか。どれを取っても、俺達には絶対手が出ないようなのばかりだぞ」
小さな声で耳打ちして、黙って首を振る。
振り返ったマークも乾いた笑いをこぼしてから深呼吸を一つして大きく頷いた。
「これは少佐にどうするか相談すべきだな。さすがにこれを俺達だけで飲むのは勿体無さ過ぎるよなあ」
キムだって、決してお酒に詳しいわけではないが、小さな頃から近所の居酒屋に遊びに行っていたから、市井の人々が飲む酒と、貴族の人達が飲む酒は全く別物と言っていいくらいに違うという事を知っている。
これはどう考えてもいつも自分達が居酒屋でやっているような、騒いでガバガバ飲むだけの場で出していいようなお酒ではない。
「まあ、少佐に来てもらって一緒に飲むって手もあるな」
「確かに。それなら今後の話なんかもしやすいかも」
顔を見合わせて頷き合った二人は、早速少佐に何をお願いするかこっそり考え始めていたのだった。
「じゃあ、まだ少し時間がありそうだし作業の続きをするね」
笑顔でそう言ったレイが席へ戻り、残りの構築式の計算を始める。それを見た二人も慌てて席へ戻り、やりかけていたそれぞれの作業を再開した。
時間切れで昼食を食べに行く頃には、レイは預かっていた分を全て終わらせていて、二人に大いに感謝されたのだった。
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