彼らへの届け物

「ごちそうさまでした。じゃあ戻ろうよ」

 しっかりと朝食を食べ、デザートのミニマフィンまで綺麗に平らげたレイは、嬉しそうにトレーを持って立ち上がった。

「はい、それじゃあ参りましょう」

 キムがそう言って同じくトレーを持って立ち上がるのを見て、一瞬口を尖らせたレイだったが、キムの目配せに黙ってマークを見た。

 苦笑いしつつ立ち上がったマークが、レイの横に並んで一緒にトレーを返しに行く。



「だから、でかい図体して拗ねるなって。食堂は他の兵士達も大勢いるんだから、公私混同は駄目だって何度も言ってるだろうが」

 二人が使っている会議室へ一緒に戻りながら、小さな声でそう言ったマークがレイを横目で見る。

「分かってるよ。分かってるけど……理性と感情は別物なんです!」

 レイのその言葉に二人が驚く。

「おおう。レイルズがこんな表現を使うなんて!」

「すごい、何の本で覚えたんだ?」

「きっと明日は大雨になるぞ」

「全くだな。明日は野外の警備なんだから雨は困るんだけどなあ」

「二人揃って酷い!」

 会議室へ駆け込みながら、声を上げて笑うレイを見て、扉を閉めた二人もほぼ同時に吹き出した。そのまま三人揃って大笑いになり、しばらく笑いが止まらずに座り込んでいた三人だった。




「はあ、じゃあ時間も限られてるし始めようよ。僕は何を手伝ったら良い?」

「ええと、じゃあレイルズはここに座ってくれるか。それで、この魔法陣の展開図が間違ってないかと、各点の数値を検算してくれるか」

 積み上げていた大きな展開図が描かれた資料と、計算式が書かれた書類をまとめて渡す。

「これだね、了解。これは風と火の合成魔法だね。えっと……」

 算術盤を取り出して手早く計算を始める彼を見て、マークとキムも自分の席に座ってそれぞれやりかけの作業を始めた。

 しばらくは、算術盤を弾く音と、文字を書く音や紙が擦れる音だけが時折聞こえる程度で静かな時が流れる。

 ブルーのシルフはマークやキムの手元を覗き込みに行き、間違いを訂正してやったり、困っている時には相談相手になってやったりして過ごしていた。




 突然、扉をノックする音が聞こえて三人が同時に顔を上げる。

「ええと、今日は特に誰か来る予定は無いんだけどなあ」

 そう呟きながら、扉に一番近い位置に座っていたマークが立ち上がる。

「はい、なんでしょうか……」

 扉を開けたきり黙ってしまったマークを見て、不思議そうに手を止めていたキムとレイも立ち上がって見に行く。

 そこにいたのは初めて見る人物で、しかも軍服ではなく一般人のような服装をしている。しかし、首からぶら下げた身分証があったので、マークは警戒を解いた、

 彼は、どうやら竜騎士隊の本部に出入りする商人の一人らしい。

「マーク軍曹とキム軍曹に、竜騎士見習いのレイルズ様よりお届けものです」

 その人は、笑顔でそう言って横に止めてある台車を示した。そこには大きな木箱が積み上がって乗せられていて、かなり重そうだ。

 一瞬、何も頼んでいないのに何が届いたのだと怪訝な顔になったが、名前を聞いて笑顔になる。

「ああ、ご苦労様です。ええと、この辺りにでも置いていただけますか」

 扉の横は、荷物を持って来た時や大量の資材を届けてもらった時などに置けるように、広く場所を開けてあり臨時の荷物置き場にしてあるのだ、

「少し重いですので、ご注意ください」

 その人は一礼して台車を部屋の中に運び入れて合計四箱あった木箱を下ろした。

「こちらに受け取りのサインをお願い致します」

 渡された伝票を確認して、マークがサインをする。

「ありがとうございました、もしも何かお届けした品に問題がありましたらすぐに対応いたしますので、いつなりとお申し付けください」

 伝票を受け取ったその商人は深々と一礼してから帰ろうとして、部屋にレイルズがいるのに気付いて一瞬目を見張った。

「ご苦労様です」

 笑顔のレイルズにそう言われて、その商人も満面の笑みになる。

「おお、レイルズ様。これは大変失礼をいたしました。この度は我が商会の品を御用命いただき、誠にありがとうございます。また何なりとお申し付けください。それでは、失礼いたします」

 そう言って改めて一礼すると、部屋を出て行った。



「ええ、何を届けてくれたんだよ」

 伝票を横に置いて、マークが木箱を覗き込む。

「さて、何でしょう? あ、でも今それを開けると、お仕事が進まなくなるかもしれないよ」

 嬉しそうなレイの言葉に、二人が不思議そうに顔を見合わせる。

「まあ、とりあえず開けてみるよ」

 そう言って、キムが道具入れから釘抜きを取り出して持ってくる。

 配送用の木箱は蓋を釘で打ち付けてある為、開けるには釘抜きが必要になる。

「よいせっと」

 一番上に積まれた木箱を降ろし、一瞬目を見張る。

「おお、確かに重いな。それに何だか知らないけど動かすと中でガチャガチャ音がしてるぞ。一体何が入ってるんだ?」

 そう言いながら手慣れた様子で手早くに釘を抜いたキムが、ゆっくりと蓋を開ける。

「うわ、確かにこれは駄目だ! こんなの見たら仕事にならねえよ!」

 箱を覗き込んで何が入っているのか理解したキムが、満面の笑みでそう叫んで笑い出した。

「おいおい、一体何を送って来てくれたって言うんだよ……」

 マークがキムの後ろから箱を覗き込み、勢いよく吹き出した。

「ちょっ、お前、これ一本幾らすると思ってるんだよ!」

 そう叫んだマークが、中にぎっしりと詰まっていた瓶を一本掴んで引っ張り出す。

「良いでしょう。気に入ったって言ってくれたし。えっと僕からのお祝いだよ」

 無邪気なその言葉に、マークとキムが顔を見合わせる。

「実を言うと、ディレント公爵を始め、ゲルハルト侯爵とアルジェント卿からも、ここ数日の間に、お祝いだって仰られて色々と届けていただいているんだよ。本だけでも、精霊魔法に関する本だけじゃなく、政治経済から貴族社会の成り立ちとか、そんな事を俺達が知ってどうするんだって本まで、それはそれはすっげえ量なんだよ」

「それ以外にも、ロディナの干し肉とか、見た事もないような高級そうな保存食とかも山ほどあるんだ。それから事務用品なんかも色々頂いたんだけど、どれもすっげえ高級なやつでさあ。正直言って、使うのが怖いくらいなんだ」

「少佐は、お礼を言ってありがたく頂いておけば良いって言って笑うだけだし、なあ、これって一体どういう意味なんだ?」

「俺達、何かお祝いされるような事あったか?」



 自分の置かれた状況を本気で解っていないらしい二人を見て、レイはもうこれ以上ないくらいの笑顔になる。

「任せて、全部説明してあげるからね!」

 そして、呆気に取られる二人に、ロベリオ達やラスティ達から教えてもらった貴族社会の勢力関係や考え方を嬉々として説明し始めた。

 ブルーのシルフは、レイの肩に座ってそんな彼らを楽しそうに黙って見つめていたのだった。

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