アルジェント卿と子供達

「ふう、ご馳走様でした。それじゃあ僕は午後からの予定があるから先に戻るね。お仕事頑張ってね」

 三人で一緒に食堂へ行き、しっかり食べたレイは残りのカナエ草のお茶でお薬を飲んでから、そう言って立ち上がった。

「資料作りをお手伝いいただき、ありがとうございました」

 立ち上がった二人が、揃って直立して敬礼してそう言ってくれたので、レイも笑顔で敬礼を返した。

 トレーを返してから、食堂を出る時にも振り返って二人に手を振ってからそのまま本部へ戻った。

「えっと、もうすぐ時間なんだけど、僕はどこにいたら良いんだろうね?」

 そろそろ午後の一点鐘の時間だ。

 休憩室へ戻りかけて廊下で立ち止まった時、待っていたかのようにシルフがレイの目の前に現れて手を振った。

「あれ、伝言のシルフだね。えっと待ってね」

 そう言って、大急ぎで休憩室へ駆け込んだ。



「お待たせしました。レイルズです」

 その声に、目の前に数人のシルフが現れて並ぶ。

 腕を差し出して座らせてやり、そのまま手前にあったソファーに座る。

『フィレット伍長です』

『間も無くアルジェント卿とお子様方がお越しになりますので』

『大変申し訳ございませんが』

『一旦事務所へお越しいただけませんでしょうか』

『御一行が到着次第』

『別室にてお茶とお薬をお飲みいただいたあと』

『第二竜舎へ向かいます』

 並んだシルフ達が伍長の言葉を伝えてくれる。これは普通のシルフ達の声だ。

「了解しました。今本部の休憩所へ戻って来たところです。じゃあもう準備は出来ているのでこのまま事務所へ向かいますね」

 腕にシルフを座らせたまますぐに立ち上がったレイを、慌てて後を追って入ってきたラスティとヘルガーが苦笑いしながら下がって見守っている。

 二人に全く気付いていないレイは敬礼して順に消えていくシルフ達を見送り、そのまま扉を開けて外へ出て行こうとしたのでラスティがそっと後を追った。背中側が少々皺くちゃになっているのが見えたからだ。

「レイルズ様、お待ちください。背中に皺が寄っていますよ」

 その声に廊下に出る寸前で立ち止まってくれたので、急いで駆け寄り背中の皺を直してやる。

「はい、これで結構ですよ。ではいってらっしゃいませ」

「ありがとうラスティ。それじゃあいってきます」

 嬉しそうに笑うと、手を振って早足で階段を駆け降りて行った。






「お爺様、レイルズ様が来てくださるって聞きました。すっごく嬉しいです!」

「楽しみです。一緒に竜舎の見学をしてくださるんですよね」

「嬉しいです!」

 昨夜からアルジェント卿のお屋敷へ来て泊まっていたマシューとフィリスとパスカルは、今朝、レイルズが今日の竜舎の見学に一緒について回ってくれると聞かされてから、もうずっとこの調子で全く落ち着きがない。

「これこれ、其方達。分かったからちょっとは落ち着きなさい」

 呆れたようなその言葉に、三人がわかりやすく笑顔になる。

「だって、また一緒に遊んでくださるんでしょう」

「午後からはずっと一緒です!」

「一緒一緒!」

「嬉しいのは分かるが、今からそんなにはしゃいでおっては疲れてしまうぞ。竜舎で寝たりしたらそのまま置いて帰ってくるからな」

「それは駄目です!」

 言葉通り受け取ってしまい悲鳴を上げる一番年下のパスカルと違い、マシューとフィリスはその言葉を聞いて逆に喜んだ。

「じゃあ僕は、カーネリアンと一緒にくっついて寝る事にします!」

「兄上ずるい。僕も一緒に入れてください!」

 目を輝かせる二人を見て、アルジェント今日は密かにため息を吐いた。

「レイルズ、すまんが付き合ってやってくれ。私一人で、あと三人も増えたら倒れてしまうぞ」

 小さな呟きに、カーネリアンの使いのシルフはおかしそうに笑ったあと、卿の頬に想いを込めたキスを贈った。

『大丈夫よアル』

『貴方の大事な孫達とお友達ですもの』

『迷子になったり怪我をしたりしないように』

『しっかり守っているからね』

「おお、感謝するよ。フィラウス。うるさくするだろうが、すまんがしばらく付き合ってやってくれるか」

 笑ったアルジェント卿は、自分の伴侶である愛しい竜の使いのシルフに、そっとキスを返した。



 その時、ライナーとハーネインの二人と一緒にティミーも間も無く屋敷に到着するとの知らせが入り、子供達と共に出迎えの為にアルジェント卿も立ち上がった。

 ここで早めの昼食を皆で一緒に食べてから、アルジェント卿とパスカルは馬車に、それ以外の少年達はそれぞれ自分のラプトルに乗って竜騎士隊の本部へ行くのだ。

 そこでまずは受付を行い、別室にてカナエ草のお茶とお薬を飲まなければならない。

 念の為、昨夜から卿の指示で子供達全員にカナエ草のお薬を飲ませている。

 体の小さな子供の場合、当然竜射線への耐性も低い。

 竜熱症の恐ろしさをよく知るアルジェント卿は、念の為に前日から子供達には安全とされる量よりも多くなるようにしっかりと飲ませている。

 もちろん、同行するティミーやライナー達にも、同じく前日からきちんとお薬を飲ませてもらうように連絡している。

 玄関先で、手を叩き合って賑やかに大はしゃぎしている子供達を見て、今日の大騒ぎの光景を考えて苦笑いになるアルジェント卿だった。






「こんにちは。アルジェント卿はまだ来られてないですか?」

 いつもの事務所の隣にある第二部隊と第四部隊の事務所にレイが顔を出すと、近くにいた兵士達が慌てたように直立した。

 ここは竜騎士隊付きの兵士達のための事務所で、マークやキムも事務所に用がある時はここに来る。

 レイが、第二部隊の赤毛の二等兵として去年の竜の面会の際にお世話になったのもこの事務所だ。

 広い事務所が半分ずつに分かれていて、左右を第二部隊と第四部隊に分かれて使っている。真ん中部分は共用の総務部や庶務課の席がある。通称、第二部隊の事務所だ。

 いつも使っている竜騎士達の机がある事務所と違って、ここに竜騎士本人が来る事は殆ど無い。



「ああ、ごめんなさい。僕に構わずどうぞお仕事してください」

 慌てて顔の前で手を振りながらそう言って謝るレイに、直立して敬礼した兵士達は、苦笑いしつつ一礼してそれぞれの仕事に戻った。

「レイルズ様。どうぞこちらへ」

 駆け寄って来たフィレット伍長と挨拶を交わし、そのまま一行を出迎えるために外へ向かった。

 それをブルーのシルフだけでなく、呼びもしないのに勝手に集まってきたシルフ達が大はしゃぎしながらその後をついていった。



「十代前半までの子供六人で竜舎の見学かあ。すごい大騒ぎになるだろうなあ。今日の竜舎担当兵に後でご苦労様って言ってやらないとな」

「だな、労いの意味を込めて、後で何か美味い差し入れでも買って来ておくよ」

 事務所にいた第四部隊の兵士達は、大はしゃぎしてレイ達について行ったシルフ達を見送りながら呑気にそんな事を言って笑い合っていたのだった。

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