戸惑いと想い

「お疲れ様でした。閲兵式とその後の夜会はいかがでしたか?」

 煙草を嗜む会が終了した後、城に泊まるのだというルーク達と別れてレイは迎えに来てくれたラスティと一緒に本部の自分の部屋に戻った。

 途中、レイはマークやキムがいかに頑張ったかを目を輝かせて語り、夜会では陛下から直々にお褒めの言葉を賜った話もした。

「それは素晴らしいですね。マーク軍曹やキム軍曹の評価はこれから更に上がるでしょう。今後は、貴族間の思惑に振り回されぬよう、少々気をつけておいた方が良いかもしれませんね」

 少し考えながらそう呟くラスティを見て、レイは先ほどロベリオ達から聞いた話をした。

「それは素晴らしいですね。軍関係ではディレント公爵閣下とアルジェント卿。そして文官の代表であるゲルハルト公爵閣下。この三人の方々が後ろ盾としてついてくださるのなら、恐らく妙な事を考える輩はほぼいなくなるでしょうからね」

 感心したように何度も頷くラスティを見て、レイは苦笑いしながら肩を竦めた。

「やっぱり、ラスティはそれだけで分かるんだね」

 小さなため息と共にそう呟いたレイは、もう一つの自分が出来る事。つまりロベリオから聞いた、彼らに届け物をしたいことも話した。

「ああ、さすがはロベリオ様ですね。それは素晴らしいお考えです。では早急に手配いたしますので、レイルズ様は彼らに贈るカードを書いていただきますようお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「大事なご友人方ですからね。ましてやお二人とも市井の出身ですから、貴族間の勢力争いとは全く無縁な方々です。しっかりと守って差し上げないと」

「はい、頑張るので何か気がつく事があったら教えてください!」

 目を輝かせるレイを見て、ラスティも笑顔になるのだった。




 その夜、おやすみを言ってベッドに入った後も、しかしレイは感情が昂って全く眠る事が出来ずにいた。

 上空から、ブルーの背の上から見た整列した兵士達が剣を捧げる光景は圧巻だった。

 去年、アルジェント卿と一緒に観覧席から見た時もすごいとは思ったが、今回は自分も参加しているのだと思ったら正に胸が熱くなったのだ。

 実はレイはあの時、上空でアルス皇子の号令で抜刀して剣を捧げながら、気がついたら感情が昂るあまり涙ぐんでいたのだ。

 幸い他の皆には気づかれてはいなかったようなので、剣を納めた後に鼻を拭うふりをしてこっそり手拭き布で涙を拭ったのだけれど、彼は自分の感情が分からずに戸惑っていた。

 感動と怯え、そして戸惑い。様々な感情が胸の中で渦巻き、自分でも自分の気持ちが何だかよく分からなくなってしまっていた。



 あの時のことを思い出して、しばらくベッドで何度も寝返りを打ってはもぞもぞしていたが、寝るのを諦めて起き上がり上着を羽織って窓を開いた。

 もうすっかり夏の気配を滲ませる空気に小さく微笑み、大きく深呼吸をしたレイは、開け放った窓によじ登って窓に腰をかけた。スリッパを脱いだ足は窓の外だ。

 こちらを見上げる見回りの兵士に笑って手を振り、手を振り返してくれた事を確認してからため息を吐いて空を見上げた。

 いつの間にか、見える星空はすっかり夏の星座になっている。

 一つ一つ、見える星座を目で追って確認しながら、やがて来る自分の竜騎士としての叙任式と剣の誓いの時を思わずにはいられなかった。

「僕は心から誓えるかな……大切な人を守りたい、この国を守りたい。そして己の名誉を……」

 そう呟きながら、何度も何度も、まるで震えているかのように無意識で手を握っては開く事を繰り返していた。

「そしていつか……国境で、戦いにも参加する事になるんだ……」



 それっきり黙ったまま星空を見上げていたが、いつもと違ってその瞳は星の向こうに何かを探すかのように彷徨い続けていたのだった。



「父さん、貴方と会って話がしたいよ。貴方はどんな思いでその手に剣を持ったの? 母さん、貴女と会って……話が、したいよ……精霊達の友として、貴方がどんな風に彼女達の事を考え、そして精霊魔法を手放したのか……今ならきっと、色んな事を聞けると思うのに……」

 柔らかなその頬を、堪えきれない涙が転がり落ちる。

「父さん、母さん、会いたい……会いたいよ……」

 いつの間にか現れたブルーのシルフは、何も言わずにただ黙って涙を流す彼のそばに寄り添い、涙で濡れたその頬に想いを込めたキスを贈り続けた。

 そして彼を心配して集まって来たシルフ達も、何も言わずにレイの肩や頭の上、それから腕や膝の上に座って黙って寄り添っていたのだった。



 東の空が白み始めるまで、レイは身じろぎもせずに黙ったままずっと空を見つめ続けていたのだった。





『寝てるね』

『起きないね』

『まだ目が赤いね』

『起こすの?』

『起こすの?』

『どうする?』

『どうする?』


 翌朝、横向きになって枕に抱きつき顔を埋めるようにして熟睡しているレイを見て、いつもの時間に起こすべきかどうかシルフ達は困っていた。

 昨夜は起こしてくれとは言われなかったし、そもそも彼が寝たのはついさっきだ。


『寝るの!』


 その時、一人のシルフがそう叫ぶと、枕と前髪の隙間に潜り込んでいった。

 それを見た他のシルフ達も嬉しそうに頷き合うと、胸元に潜り込んだりふわふわの赤毛に潜り込んだりし始めた。

 何人かのシルフ達は、左のこめかみ部分に極細の三つ編みを協力して編み始め、更に何人かのシルフ達は楽しそうにふわふわの赤毛で遊び始めた。

「ううん……」

 枕に抱きつく腕に力を込めたレイが、呻くように声をあげてうつ伏せになる。

 泣き腫らした上に、更にうつ伏せになって寝ていたためにレイの瞼は腫れて可哀想な事になっている。

 そっと肩を押して上を向かせたシルフ達は彼に優しい風を送り始め、集まって来たウィンディーネ達は頼まれもしないのに、赤くなって腫れた瞼をせっせと冷やし始めたのだった。

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