夜会の後の談話会にて

「それじゃあね。次に会えるのは訓練所かな? あ、離宮の本が読みたい時は、いつでも遠慮なく言ってね」

 夜会を終え、ディアーノ少佐と一緒に帰るマークとキムに、レイは満面の笑みでそう言って言って手を振った。

 直立して敬礼する彼らに改めてレイも敬礼を返し、帰っていく彼らを見送った。



 竜騎士隊は全員、このまま別室にて行われる男性だけの会に参加するのだ。

 煙草を嗜む会でもあるが、吸わなくても別に咎められる事はない。

 大人組とルークが両公爵などの錚々たる面々と葉巻談義に花を咲かせている横で、若竜三人組と一緒にレイは煙草は吸わずに、貴腐ワインを飲みながら先程のマークとキムの反応を思い出していた。



「ねえ、聞いてもいいですか?」

 なんとなく隣に座ったロベリオに小さな声で話しかける。

「ああ、どうした。何かあったか?」

 同じく貴腐ワインを飲んでいたロベリオが、驚いたように振り返ってレイの顔を覗き込む。

「あのね、さっきマーク達が言ってたんだけど、彼らは貴腐ワインを飲むのは初めてだったんだって」

「ああ、喜んでたのはそれか。確かに彼らには貴腐ワインにはちょっと手が出ないだろうからな。良い経験になっただろうさ」

「手が出ないって、どうしてですか?」

 無邪気な質問にロベリオが面白そうに笑う。

「まあ強いて言えば、無理すれば買えないわけじゃないけど、買った事は無いってとこかな」

 意味が分からず目を瞬かせて首を傾げるレイの頭を、ロベリオは笑って手を伸ばして撫でてやる。

「要するに、普通のワインよりも貴腐ワインの方がはるかに値段が高いって事だよ。第四部隊は、給料はそれなりに出ているって聞くけど、さすがに貴腐ワインを気軽に飲める程は無いと思うからな」

「これ……高いの?」

 真顔で気かれて、ロベリオの方が困ってしまう。逆に知らずに飲んでいたのかと密かに感心した。

「まあ、お前は別にそんな事気にしなくて良いって。お前はこれが好きなんだろう?」

「うん、だって美味しいもの」

 戸惑いつつも頷くレイを見て、ロベリオだけでなくユージンも笑ってレイの背中を叩いた。

「だったら遠慮なく好きに飲めばいいんだよ、レイルズが貴腐ワインを好きだって話があちこちに流れて、貴腐ワインを飲む人が増えてるって聞くからね。人気が出れば、苦労してこれを作っているワイナリーの人達だって喜ぶし、これを売っている商人だって儲かるわけ。な、だから好きな事を遠慮するんじゃないよ」

 ユージンの言葉にロベリオも笑って頷く。

「マーク達もそれなりにお酒は飲むみたいだから、今度、レイルズが選んだ貴腐ワインを届けてあげればいいよ。お祝いだって言ってね」



「えっと、それは何に対するお祝いですか?」

 何か、彼らを祝うような事があるだろうか? もしかしたらまた昇進するのかと思って目を輝かせる。

 その質問に、ロベリオとユージンだけでなく、隣で聞いているタドラまでが驚いたように揃って目をに開く。

「だって、公式の場で陛下から直々にお褒めの言葉を賜ったんだぞ。間違いなく、また彼らの評価が上がるよ。しかもとんでもなくね、こうなると、彼らと仲良くしたい。自分の利益になるように彼らを動かしたいと考える貴族達が出るだろうから、そこでお前の届け物が意味を持つ訳だ」

 話がさっぱり分からず目を瞬くレイに、二人が笑ってまた頭を撫でる。

「つまり、彼らにはお前が背後についているって事を知らせるわけだよ。それに、ディレント公爵閣下も後で届け物をするって仰っていたし、アルジェント卿やゲルハルト公爵閣下もそう言っておられたからね。今現在、この三名を味方につけていれば、彼に迂闊な手出しをするほど命知らずな奴はいないよ」

「えっと、つまり……僕がマークやキムに表立って贈り物をする事で、彼らを誰かの勝手な思惑から間接的に少しでも守れるって事?」

「おお、ちゃんと理解してるな。そうだよその通りだ」

「すごいすごい、一度で理解したねえ」

 感心したように笑うロベリオとユージンの横で、タドラも貴腐ワインを飲みつつ笑って拍手をしている。

「お前の事は、アルス皇子を始め竜騎士隊の皆が可愛がっている事は周りも承知している。そのお前が自慢の友人だと明言するマークとキムは、言ってみれば竜騎士隊の庇護下にあると人は判断するわけだよ」

 感心したように何度も頷くレイを見て、若竜三人組がまた笑う。

「グラントリーに言っておこう。レイルズに教える時は、出来るだけ具体的に実践形式で教えた方が理解が早いってね」

「確かにそうだな。特に自分に関係があるところは理解が早そうだ」

「レイルズすごいや、僕の時よりも理解が早いよ」

 笑い合う三人を見て、ようやくレイも笑った。

「分かりました。じゃあ僕のお気に入りを厳選して贈ります」

「ああ、それでいい。大事な友達なんだろう? 頑張って守ってやらないとな」

 嬉しそうに頷くレイに、ロベリオ達は満足気に笑ってまた頭を撫でるのだった。



 事務仕事にはまだ苦手意識のあるロベリオ達だったが、こういった貴族間の思惑には敏感に反応する。

 最近では少しずつだがその辺りをマイリーに協力して、裏で少しは働けるようにもなっているのだ。



 仲良く話をする四人を少し離れたところで葉巻を吸いつつ眺めていたマイリーとルークは、満足そうに笑って頷き合うのだった。

 最近のロベリオ達の成長は、彼らにとっても大きな喜びとなっている。



 ブルーのシルフもレイの肩に座って彼らの話を聞きつつ、こっそりニコスのシルフ達からも更に詳しい説明を受けているのだった。

 この辺りの貴族の人々の思惑や動きは、正直言ってブルーにはどうにも理解不能な部分が大きい。

 ニコスのシルフ達に大いに助けられているのは、どうやらレイだけではないようだった。

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