心配な事
「レイルズ様。朝練に行かれるのならそろそろ起きてください」
ノックの音がしてラスティが部屋に入って来た時、レイは枕に抱きついて熟睡していた。
昨夜、日が昇るまでずっと窓に座って空を見上げていたと見張りの兵士達からの報告を受けている。
しかも、何だか昨夜はいつもと様子が違っていたが大丈夫なのだろうかと、見張りの兵士達が口を揃えて心配そうにそう報告して来たのだ。
普段はそんな事をしない彼らの報告を詳しく聞いてまとめると、どうやら昨夜のレイルズ様は、いつもと違っていて星空を見上げても全然楽しそうではなく、星空を見上げながらずっと泣いていたのだと言う。
その報告を聞いた時、ラスティはあまりの驚きに報告に来た兵士達に詰め寄ったほどだった。それは間違いないのか。と。
戻って来る時は、あれほど楽しかったと大喜びしていたし、その後も話を聞く限り特に問題は無かったように思うが、実は何かあったのだろうか?
心配になっていつもよりも少し早めに起こしに来たので、どうやらまだ熟睡しているようだ。
しかし、覗き込んだ彼の目元を見てラスティは絶句した。
枕に抱きついて眠っているレイは、どう見ても泣き腫らした目をしている。
まだ赤みを持った目元と不自然に腫れた瞼。
ラスティの目には見えないが、まさにこの時もまだウィンディーネ達は一生懸命彼の腫れた瞼をせっせと冷やし続けていたのだ。
「ラピス様。いらっしゃいますか」
意を決したように深呼吸を一つして顔を上げたラスティは、小さな声で空中に向かって話しかけた。
『ここにいるぞ』
横になっているレイの腕の上に白っぽい塊が現れる。
「おはようございます。お呼びだてして申し訳ございませんが、昨夜、何があったのかお教え頂けませんでしょうか。泣いていたと見張りの兵士から聞きましたが、何があったのでしょうか?」
心配そうなその様子に、ブルーのシルフは鷹揚に頷く。
『ふむ、最初は興奮して眠れなかっただけのようだが、近い将来、自分が剣を賜る日の事を考えているうちに、色々と不安になったようだ』
「不安、ですか?」
『ああ、亡くなったご両親を想っていたようだな。彼の両親のことは聞いているであろう?』
優しいその言葉に頷く。
「駆け落ちをなさった、星系神殿の巫女と護衛の兵士であったと聞いております。確かに、立場は違えど剣を持つお方である以上……お心をはかろうとなさったのかもしれませんね」
『それに、想っているうちに寂しくなったのもあるだろうな。会いたいと、何度も泣きながらそう言っておった』
心配そうなその言葉に、ラスティも戸惑うように頷いて眠るレイを見つめた。
「亡くなった方に会いたいと思い、恋しく思われる事。こればかりは、誰にも、どうしてあげることも出来ません。せめて、寂しいと思うお心だけでも癒して差し上げたいものです……」
『わかっておる。確かにこれは我であろうとも、どうしてやる事も出来ぬ』
そう言うと、ブルーのシルフはふわりと浮き上がりレイの側頭部に立った。
『起きなさい。其方の従卒が起こしに来てくれておるぞ』
頬を叩く音が聞こえて、ラスティが慌てる。
今日はもう、このままゆっくり眠らせてあげるつもりだったからだ。
『逆であろう。こんな時こそ、何も考えずに体を動かして汗をかかせてやるべきだ』
そう言ったブルーのシルフは、当然のようにこめかみの三つ編みを引っ張り始めた。それを見た周りのシルフ達も、一緒になって髪を引っ張ったり額を叩いたりし始めた。
確かにその方が良いかもしれない。
頷いたラスティも、一つ深呼吸をしてからレイの腕に手をかけてそっと揺すった。
「おはようございます。朝練に行かれるのならそろそろ起きてください」
出来るだけいつも通りに素知らぬ顔で起こしてやると、しばらくして呻き声を上げたレイがぼんやりと目を開いた。
腫れた瞼のために、いつも以上に眠そうに見える。
「おはよう、ございます……あれ、目が開かないや……」
寝ぼけたまま目を擦ろうとするので、慌てたラスティが腕を掴んで止めてやる。
「擦ってはいけませんよ。うつ伏せで寝ていたからでしょうね、ちょっと目が腫れていますよ。顔を洗う時に少し冷やして来てください」
あえて何も聞かずに、腫れた瞼もうつ伏せ寝のせいにしてやる。
「あ、それで目が開かないんだね。えへへ、顔を洗って冷やしてきます」
照れたようにそう言って笑ったレイは、腹筋だけで起き上がってそのまま洗面所へ向かう。
「レイルズ様、後頭部の下側、酷い寝癖がついてますよ」
笑ってそう言ってやると元気な返事が返ってきて小さく笑ったラスティは、寝乱れたシーツを剥がして涙の跡が残る枕のカバーも一気に剥がした。
「ねえ、これで大丈夫かな?」
やや赤いものの瞼の腫れもほぼ無くなったレイが、洗面所から出て来てくるりと回ってみせる。
「大丈夫なようですね。では三つ編みを括りますのでこちらに来て座ってください。今日は何色にしますか?」
色糸が並んだ箱を見せながら笑顔でそう尋ねるラスティは、腫れの引いた彼の瞼を見て内心で安堵していた。
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