恋の行方

「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱい」

 満面の笑みのニーカの言葉に、同じくカナエ草のお茶を飲み干したレイも笑顔で頷いた。

「えっと、じゃあこの後、午後からは庭に出て実技をやってみようか」

「そうだね、ジャスミンもやってみようよ」

 マークやキムの講義のための書類は何度も一緒に訓練所で読んでいるジャスミンだが、まだ合成魔法の実技は一度もやった事が無い。

「でも出来るかしら。私……まだ光の精霊魔法は講義だけで実技は一度も成功していないの」

 自信なさげな彼女の言葉に、マークが笑顔で胸を張った。

「大丈夫。教えてあげるから、一度やってみよう」

 マークの言葉に、ジャスミンは照れたように少し赤くなりつつも笑顔で頷いた。

「ありがとう。よろしくね」

 仲良く顔を見合わせて笑い合う。

「ううん、これは新たな展開だぞ。ここは友人としては暖かく見守るべき……で、いいんだよな?」

 それを見ていたキムは小さく呟き、心配そうにターシャ夫人とロッシェ僧侶をこっそりと横目で見た。



 先ほどの何とも微笑ましいマークとジャスミンのやりとりは、お二人の目にも入っていたはずだが、特に何か言われるような事は無かった。という事は、お二人の間ではあのジャスミンの可愛らしい恋心は既に知っていたのだろうという事になる。

 ならば、このまま見守っていていいのだろうか?

 安心しかけたキムだったが、ため息を一つ吐いて小さく首を振った。どう考えても事はそう簡単では無い。

 何しろジャスミンは養女とはいえ伯爵家の一人娘で、おそらく将来は婿を取って家を継ぐのだろうと思われる。

 彼女が竜の主になった事で生涯独身を貫く可能性も無いわけではないが、巫女のように正式に出家したわけでは無いのだから、ある程度の恋をする事は自由だろうと思われた。

 しかしおそらく近い将来、釣り合う身分の貴族の若者が彼女の婚約者として伯爵家から指名されるはずだ。

 もしかしたら、自分達は知らないだけでそういった話が既に出ていてもおかしくは無い。

 未成年の間は婚約という形にして正式な発表はせず、彼女かあるいは相手の男性が成人した時点で正式な発表がされるのが慣例なのだから。

 一方のマークはと言うと、身分は士官でも無い一般兵士であり、しかも出身は地方の農民だ。後ろ盾となる貴族がいるわけでは無い。レイルズとは親友同士と言っていいだろうが、あくまでも個人的な付き合いの範疇だ。

 いくら彼の事が軍部で高く評価されていたとしても、どう考えても身分が釣り合わない。

「ううん、もしかしてレイルズよりもこっちの方が問題なんじゃないか? 呑気に祝福していていいのかねえ」

 親友の前途多難であろう恋路について、密かに思いを馳せるキムだった。



 彼は知らない。

 少女というのはとにかくおしゃべりが大好きで、特に恋の話を仲間内で我慢出来ないのだという事を。

 ジャスミンは、訓練所での事を話す際、何度も何度もマークの事ばかりを護衛のケイティに話していて、その様子から本人が自分の気持ちを自覚するずっと前から、既に周りは彼女の気持ちに気付いていたのだ。

 既にその事はボナギル伯爵夫妻もご存知で、まだ幼いと思っていた彼女の初恋の話に最初は驚きこそしたお二人だったが、マークの評価が貴族達の間でとんでもなく高くなっている事や、彼がレイルズと親友同士で、竜騎士隊の方々も彼を認めているのだという事実も知っていた。

 なので密かに、彼女は男を見る目があると笑っていたくらいで、今のところは特に口出しも手出しもせずに静観している状態だ。

 この片思いがマークの知るところとなり、もしも彼も彼女のことを憎からず思ってくれているのだとすれば、改めてその時に考えれば良いと思っているのだという事を。



 仲良く並んで廊下を歩く二人を見て、キムは密かなため息を押し殺したのだった。



 ガンディ達も一緒に庭に出た一同は、まずはジャスミンに光の精霊魔法を教えるためにガンディとマークが指導に当たる事になった。

 とはいえ、ガンディは完全に観客気分でマークに彼女の指導をするように言った後は、横で見ているだけだ。

「ええと、まずは光の精霊を……あ、来てくれたね」

 自分の指輪から光の精霊を呼び出したマークは、その子を貸そうかと思っていたのだが、不意に現れた光の精霊がジャスミンの周りを飛び回るのを見て笑顔になった。

「もしかして、ルチル様ですか?」

 そう言って、自分達を優しい目で見ている綺麗な竜を振り返る。

「はい、私が呼びましたよ。どうぞ教えてあげてください」

「うわあ、責任重大だな。はい、頑張ります」

 無邪気にそう言ったマークは、笑顔で自分の光の精霊を見た。

「教えてあげてくれよな」

 小さな声でそう言って、彼女の周りを飛んでいる光の精霊の横に寄越した。

 光の精霊達が仲良く手を取り合っているのを見て、マークはジャスミンに向き直る。

「じゃあ、まずはライトだ。今までやってみた事は?」

「何度かやってみたけど、よく分からなくて……」

 恥ずかしそうな彼女の手を見て、少し躊躇いつつもその細い右の手首をそっと握る。そのまま軽く引いて胸の辺りまで上げさせる。掌は上を向けさせて状態で止める。ふわりと光の精霊が飛んで来てその掌の上に座った。

 ジャスミンは大人しくしている。

「目を閉じて。そう。この掌には光の精霊が座っている。今からこの子を光らせるんだ」

 言い聞かせるように、出来るだけゆっくりとそう話す。

 黙ったまま目を閉じたジャスミンが頷く。

「いいかい、こう考えて。手の上にあるのは、とても綺麗な模様の装飾が施された蝋燭だ。ここに今から火を入れるよ。左の手には火入れをするための細い蝋燭を持ってる」

 そう言って、左の手も軽く握る。

 そのまま、マークが彼女の手を握ったまま右手のところへ引っ張るのをガンディは黙って見ていた。

「ほら、火を付けてみて」

 両手を離されたジャスミンは、小さく頷き目を閉じたまま右掌の近くに左手を添えた。

 その瞬間、一気に光った光の精霊を見て、全員が揃って拍手をした。



「上手くいったよ。ほら目を開けて見てごらん」

 マークの嬉しそうな声に、恐る恐る目を開いたジャスミンは、大きな光を持つ自分の右手を見て驚きに目を見開いた。

「コロナ。貴女なの?」

 驚きのあまり、そう叫んで振り返る。

「まさか、私は光の精霊を呼んだだけです。それは紛う事なき貴女の力ですよ」

 嬉しそうに笑ったジャスミンが軽く右手を上に振り上げると、光を保ったまま光の精霊は大きく真上に飛び上がった。

 そのまま真昼にもかかわらず、明るい光を放つ光の精霊を見て、歓声をあげたジャスミンはマークに両手を広げて飛びつきそのまま抱きついた。

「嬉しい! 初めて出来たわ!」

 慌てたマークが咄嗟に抱き返す。

 勢い余ってそのまま、まるでダンスを踊るかのようにその場でくるくると回る二人を見て、レイはクラウディアと手を取り合って大喜びしていた。



 そんな彼らを、竜達と、勝手に集まって来たシルフ達が大喜びで見つめていたのだった。

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