昼食とジャスミンの恋
「あれ、ガンディの席は?」
一番最初に山盛りの料理を取ってテーブルに戻ったレイが、それに気付いて驚いて呟いた。
この部屋の真ん中に置かれていたテーブルは、今朝庭に置かれていたのとは違うが同じように丸いテーブルだった。つまり、あまりマナーは気にしなくても良い、という意味だ。
そして、何故かそのテーブルには椅子が六個しか置かれていなかったのだ。
不思議に思って執事を振り返る。
いつも完璧な準備をしてくれる彼が、そんな失敗をするなんて思えなかったからだ。
「ああ、儂はこちらでご婦人方と一緒に座らせていただく故、其方達はそっちに座ると良い」
そんなレイの様子に気づいたガンディが、笑って声をかける。
ガンディが示した少し離れたところにもう一つ置かれた小さめのテーブルには、椅子が三つ置かれている。
「そうなんですね。分かりました」
そう言って、何も考えずに目の前の席に取ってきたお皿を置いた。
飲み物を取って来る間に、隣の席にクラウディアがお皿を置き、反対側にニーカがお皿を置いた。
そうなると、何となく朝と同じ席順で座らないといけない気がして、キムがニーカの隣に自分のお皿を置き、マークがクラウディアの隣にお皿を置いた。
残ったジャスミンは、何故か少し赤くなって隣のマークをチラリと見てからレイの向かい側に自分のお皿を置いた。それからマークと一緒にもう一度飲み物を取りに行った。
「おやおや、これはまた……そうなのですか?」
ターシャ夫人は何やら言いたげにガンディを見て、困ったようにため息を吐いてから頷いた。
目を見開いたガンディは、飲み物を手に次々と席に座る彼らを見てからもう一度ターシャ夫人を振り返った。
もう一度小さく頷いたターシャ夫人を見たガンディは、何故だかにんまりと笑ってうんうんと何度も頷いた。
「彼女達は皆、男を見る目があるようですな」
ごく小さな声でそう言うと満足そうにもう一度頷いて、取って来た肉を軽く手を合わせただけで食べ始めた。
それを見て驚いたロッシェ僧侶は口を開きかけたが、小さく深呼吸をして首を振ると、自分はしっかりと食前の祈りを唱えから食べ始めた。
「このお肉、すっごく美味しい」
森にいるリスのように口いっぱいになるまで頬を膨らませながら、もぐもぐとニーカが夢中になって取って来たものを食べている。
「うん、確かにこの肉は最高だな」
隣で同じようにキムが、口いっぱいに頬張った肉を噛みながらそんな事を言って笑う。
「もう少しもらって来ようっと」
ニーカがそう言って立ち上がりかけて、慌てて座る。
「お口に物を入れたまま、立っちゃ駄目なんだったわ」
そう呟いてもぐもぐと咀嚼するのを見て、キムが笑う。
「それはもう、今更だと思うけどなあ」
「あ、やっぱりそう思う? 実は私も自分で言いながら思ってたわ」
今度はきちんと全部飲み込んでからのニーカの言葉に、キムだけでなく聞いてた他の子達も笑い出し、テーブルは暖かな笑いに包まれたのだった。
「では今度はこれをどうぞ。羊の肉を細かく叩いてからもう一度丸く形成してありますから、とても柔らかいですよ」
「ああ、それってサマンサ様が食べておられた肉だね」
ニーカの横に並んだレイの無邪気な言葉に、お肉をお皿に乗せてもらっていたニーカが驚きの目で見る。
「サマンサ様はお年を召していらっしゃるから、噛む力も弱くなってるんだって。だからお食事の時はいつも別に用意された柔らかくしたお肉を食べていらっしゃるよ」
「へえ、そうなのね。すごいわ。私、皇太后様と同じものを食べるのね。なんだか偉くなった気がして来たわ」
そう言って小さな背を踏ん反り返らせるニーカを見て、レイは笑って自分のお皿を横に置くと、軽く片足の膝を折って一礼してからニーカが持っているお皿を引き取った。
「では、こちらへどうぞ」
笑顔で胸を張ってそういうと、ニーカの手を取り左手に料理のお皿を持ったまま彼女を席まで案内して、流れるような動作でお皿を置いてから椅子を引いて座らせてくれた。
「ありがとうレイ、すっごく格好良かったわ。物語の中の王子様みたい。次はディアにやってあげなきゃね!」
目を輝かせたニーカの言葉に、真っ赤になりつつもレイは笑顔で振り返った。
そこには、追加のサラダとニーカも貰った羊の肉をお皿に乗せたクラウディアが驚いた顔でこっちを見ていたのだ。
笑顔のレイは、早足で彼女の前まで行ってまた軽く膝を折って一礼した。
「では、こちらへどうぞ」
彼女のお皿も左手に取り、右手でクラウディアの手を取ってゆっくりと彼女も席まで案内した。
「あ、ありがとうございます……」
こちらも真っ赤になったクラウディアが、消えそうな声でそう言い引かれた椅子に座る。
絶妙のタイミングで少し戻された椅子に、綺麗に座る事が出来た。
先に追加の料理を取って席に戻っていたキムが、それを見て笑って拍手をしている。
「すっげえ、そんな風にするんだ。確かに格好良かったなあ」
笑ってそう言うと、料理の前で立ち尽くしているマークとジャスミンを振り返った。
「ほら、何してるんだよ。せっかくレイルズが二度も見本を見せてくれたんだから、お前もやらないと駄目だろう」
からかうようなその声に、唐突にジャスミンが真っ赤になる。
「いや、お前! 無茶言うなよ! そんな高等技術を俺に求め……る、なって……」
そう言いながら隣を見て、真っ赤になっているジャスミンに気付いて、これまた唐突にマークも真っ赤になる。
それを見たキムだけでなく、クラウディアとニーカが三人揃って目を見開く。
「ねえ、これってそう言う事なの?」
小さな声で、ニーカが目を輝かせながらキムの袖を引っ張る。
「みたいだ。これは俺も気付かなかったぞ。いやあ、やるなあ、あいつ」
腕を組んでうんうんと頷くキムの言葉に、クラウディアとニーカが声無き歓声を上げて拍手をする振りをする。もちろん彼女達に背を向けての会話だ。
レイ一人だけ、何のことかさっぱり分からず目を瞬いている。満面に笑みのクラウディアがレイの耳元で小さく説明をしてあげると、レイも目を輝かせて二人を見た。
一方のジャスミンは、立ったまま、もう耳や首まで見えるところは全部真っ赤になっている。
軽く咳払いをしたマークが自分のお皿を横に起き、大きく深呼吸をしてからジャスミンに向き直った。
「あ、あの……あんな風には出来ませんが、その……こちらへどうぞ」
彼女のお皿を震える手で引き取ったマークは、右手で恐る恐る彼女の手を取りそのままぎこちない足取りながらも席まで連れて戻って来た。
当然、全員が目を輝かせてそれを見ている。
しかし二人は真剣そのもので自分の足元だけを見ている。
何とかテーブルまで来たマークは、またぎこちない仕草で手にしたお皿を置き、ズズッと音を立てて椅子を引いた。若干引きすぎていたのを見て、ニコスのシルフが頼んでもいないのに椅子を押して良い位置に止めてくれた。
「ありがとう」
何でもないように小さな声でそう言ったジャスミンが、椅子に座る。しかし、まだ耳まで真っ赤なままだ。
これも、ニコスのシルフが手伝って良い位置で止めてくれた。
安堵のため息を吐いたマークがそのまま手ぶらで自分の席に座るのを見て、料理の横に置きっ放しにしてあった彼のお皿を執事が黙って目の前に置いてくれた。
全員がもう一度、何故かお祈りをしてから食べ始める。
しかし、一番最初のお茶会の時よりも緊張しているマークはカトラリーをすっ飛ばしてしまったし、ジャスミンも食べかけたパンを転がしてしまって、拾ったそれをそのまま食べそうになり、慌てた執事に止められていたのだった。
そんな彼女の様子を頭上の花の枝に座っていたルチルの使いのシルフは、時折涙ぐむような仕草さえ見せながら、ずっとジャスミンとマークを優しい眼差しで見つめ続けていたのだった。
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