離宮への到着

「おはようございます。ほら乗って頂戴」

 馬車から手を振るジャスミンの声に、包みを抱えて緊張しつつ待っていたクラウディアとニーカが笑顔になる。

 馬車の後ろの専用の席にいた執事が降りて、馬車の扉を開いてくれる。

 その迎えの馬車の豪華さに驚きつつ、二人は包みを抱えて笑顔で振り返った。


「ガラテア様。それでは行って参ります」

「行ってきます」


「ええ、しっかりお勉強してくるのですよ。皆様に迷惑をかけない様にね」

「はい!」

 嬉しそうな声でニーカが返事をして、先に馬車に乗り込む。

「行ってらっしゃい。そしてしっかり勉強してきなさい」

 肩を叩いてくれたガラテア僧侶の言葉に真剣な顔で頷き深々と一礼すると、クラウディアもニーカに続いて馬車に乗り込んだ。

 一礼した執事が扉を閉めて、馬車の背後にある執事専用の席に座る。

「それでは、出発致します。少々揺れますのでご注意ください」

 御者の声が聞こえて、二頭立てのラプトルが引く馬車はゆっくりと出発した。

 それを見送ったガラテア僧侶は、小さくため息を吐くと軽く首を振ってから戻って行った。




「初めまして、ターシャです。よろしく」

 馬車の中にいた地味なドレスを着たやや年配の女性の言葉に、クラウディアとニーカは慌てて一礼する。

「クラウディアです。三日間お世話おかけますが、どうかよろしくお願いします」

「ニーカです。どうかよろしくお願いします」

 もう一人のお目付役であるロッシェ僧侶の顔は二人とも知っているので、笑顔で挨拶を交わす。

 そんな彼女達を、ジャスミンはやや心配そうに黙って見ていたのだった。



「うわあ、ふかふかだね」

 馬車の座席の柔らかさに歓声を上げたニーカを見て、ジャスミンも笑顔になる。

「はい、膝掛けをどうぞ」

 ジャスミンの隣に座っていたロッシェ僧侶がそう言ってごく薄い膝掛けを渡してくれる。

「ありがとうございます。うわあ、これもふわふわ。素敵」

 受け取ったニーカの無邪気なその言葉に、膝掛けを受け取ったクラウディアも笑って膝掛けを撫でた。

「本当にふわふわね。夢みたいだわ」

 嬉しそうにそう言い、膝掛けを広げて自分の膝に掛ける。

 しかし、ニーカはクッションの様に畳んだままの膝掛けをずっと抱きしめて撫でている。

「馬車はディレント公爵様が出してくださったの。今日の午後から、離宮に顔を出してくださるそうだから、お礼を言わないとね」

 ジャスミンの言葉に、二人は満面の笑みで大きく頷くのだった。






「じゃあ行こうか」

「ああ、そうだな。うう、なんだか緊張してきたよ」

 お腹を抑えるマークに、キムも乾いた笑いをこぼした。

 今朝、いつもの様に朝練に出た後しっかりと朝食を食べてから、少し早めにマークとキムはラプトルを借りて離宮へ直接向かった。

 今朝は朝練にレイルズは参加しておらず、シルフを通じて昨夜から先に離宮に行っているのだと聞かされたので、予定よりも少し早めに向かうことにしたのだ。

「彼女達は十点鐘で迎えの馬車が女神の分所へ行くって言ってたから、俺達の方が先に着くな」

「あの書斎の本をまた読めるのか、楽しみだな」

 林の中の細い道をゆっくりと並足でラプトルを走らせながら、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑い合った。

 離宮へは、いつ行っても良いと陛下から許可を頂いていると聞くが、やはり自分達だけで行くにはどうにも無理がある。こんな風に誘ってもらえる事は彼らにとってはとても有り難かったのだ。




「おお、ラピス様だけじゃなくて、ルチル様とクロサイト様も来られているぞ」

 林を抜けたところで、庭に座って丸くなっている巨大な竜達の姿が目に入って、マークとキムは歓声を上げた。

 ブルーの隣にはジャスミンの竜であるルチルとニーカの竜のクロサイトが並んでいるが、その二頭はとても小さく見える。

 人の大きさと比べれば、ルチルはかなり大きいし、一番小さいクロサイトであっても充分に大きいのだが、ブルーの大きさはやはり桁違いだ。

「ラピス様。ルチル様。クロサイト様。またここで勉強会をさせていただきますので、三日間どうかよろしくお願いします」

 ラプトルを軽く走らせて、ブルーのすぐ近くまで来た二人は、一旦ラプトルから降りて巨大なブルーを見上げて、声を揃えてそう話しかけた。そのまま両手を組んで額に当ててその場に揃って跪く。

 大きな首が持ち上がり、二人を真上から見下ろす。

「ふむ、しっかり学ぶと良い」

「よろしくね。今回はニーカも一緒だから色々教えてあげてね」

「あなた達に直接会うのは初めてね。ルチルよ。よろしく」

「はい、もちろんです! よろしくお願いします!

 また揃って返事をしたところで、二人を呼ぶ声に笑顔で振り返った。

「マーク! キム! 待ってたよ!」

 離宮からレイが走ってくるのを見て、マークが両手を広げる。

 歓声をあげたレイが勢いよくそのまま正面から抱きつき、体格で完全に負けているマークはそのまま押し倒される。

 同時に吹き出し、そのまま芝生に揃って倒れ込んだまま笑い転げた。




「全く子供か、お前らは」

 キムも笑いながら、引き起こした二人の制服に付いた草を払ってやる。

 迎えに来た執事の一人にラプトルを託して、レイと一緒にそのまま二人は離宮へ向かった。

 執事に着替えなどの入った包みを渡した後、お茶も飲まずに書斎へ向かった。

 いつもの机に持ってきた資料を広げる。

 そのまま鍵が開けられた本棚の前に移動階段を持って行き、それぞれに本を探し始めた。

 マークとキムはもう手当たり次第に手に取り、机に運んだ後は顔も上げずに夢中になって読み始めた。

 しばらくの間、書斎には紙が擦れる軽い音と、時折カリカリと文字を書く万年筆の音だけが聞こえていた。



 軽いノックの音がした後、入ってきた執事が一礼して間も無く馬車が到着する事を知らせてくれた。

「じゃあ、迎えに出ないとね」

「そうだな。じゃあそうしよう」

「ああ、時間があっという間に過ぎるよ」

 それぞれ読んでいた本に栞を挟み立ち上がる。

 大勢のシルフ達と一緒に三人は大急ぎで執事に伴われて庭に出ると、丁度林の奥にある広い道から馬車が入ってくるところだった。

 嬉しくて手を振りかけて思わず止まる。

「周りには執事さんもいるし、マークとキムもいるもんね。よし、大丈夫」

 小さく呟いたレイは改めて手を振り、止まった馬車から降りてきたジャスミンとニーカが、それぞれの竜に抱きつくのを笑顔で見ていた。

 クラウディアが降りてきた後、二人の女性が馬車から降りてくるのを見て、レイは小さく唾を飲んだ。彼女達が今回のお目付役の女性達だろう。

 ジャスミンから厳しい方だと聞いているので少し不安になりつつも、レイは笑顔でクラウディアの側に駆け寄って行ったのだった。

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