様々な決まり事

「ブルー」

 大きな頭にしがみついていたレイだったが、ようやく我に返って恥ずかしそうに手を離した。

「えへへ、久し振りだったからちょっとはしゃいじゃった」

 手を離してそう言うと、後ろを振り返って慌てた様に声を上げた。

「うわあ、待っててくださったんですね。ごめんなさい!」

 屋敷から出て来ていた執事達は、それを聞いて笑顔で首を振った。

「とんでもございません。我らにお気遣いは無用です」

 先頭にいた、いつも離宮でレイの身の回りの世話をしてくれる執事にそう言われてレイも笑顔になる。

「では、中へどうぞ」

「行っておいで。我はここにいるからな」

 優しいブルーの言葉にもう一度抱きついたレイは、大きな額にそっとキスを贈った。

「じゃあ、また後でね」




 一階にある広い部屋に通されたレイは、まずディレント公爵家から派遣された侍女達と会って挨拶をした。

 彼女達とそれほど歳が変わらないであろう若い女性が三人と、やや年配の女性が三人。それから護衛役の剣を装備した女性が四人。

 順番に挨拶をしながら、気軽に離宮で勉強会をしようなんて誘ってしまった自分の軽率な行動を思い返して、本気で申し訳なくなるレイだった。

 彼女達はもう受け入れの準備に入っていると聞き、どうか彼女達をよろしくお願いしますと頭を下げるレイだった。



 その後お茶とお菓子を出してもらい、それを頂きながらラスティと執事から今回の勉強会に際しての注意事項の説明を受けた。



「まず、クラウディア様をはじめとした女性の皆様とは、絶対に二人きりになりませぬ様ご注意ください」

 真顔でそう言われて、渋々ながら頷く。

 訓練所でなら、図書館や自習室などでたまには二人だけになる事もあるが、それも駄目らしい。

 要するに、他人の目があるところに常にいる様にとの事らしい。

「分かりました」

 頷く彼を見て、何故かラスティが安堵のため息を漏らすのが聞こえた。

「それから前回はマーク軍曹やキム軍曹と共に、密かに深夜の散歩を楽しまれた様ですが、今回はそれはいけません」

 その言葉に、思わず執事の顔を見る。

「ええ、それも駄目ですか? 精霊の泉を彼女達にも見せてあげようと思ったのに」

 口を尖らせる彼の言葉に、執事はわざとらしく咳払いをした。

「いいえ、今回行かれる際には、必ず目付役のロッシェ僧侶やターシャ夫人を伴い、明かりを持って堂々と行ってください。よろしいですか?」

「えっと、それなら良いんですか?」

 戸惑いつつそう尋ねると、笑顔で頷いてくれた。

「分かりました。じゃあ行く時は、お二人にも一緒に行ってくださる様にお願いすれば良いんですね」

「それで結構です。それから今回はお食事の際には我々がついて全て提供させていただきますので、マーク軍曹やキム軍曹、それから巫女様方にも実際にお食事を食べて頂きながらマナーのお勉強をして頂きます」

 以前の様に、自由に食べられるとばかり思っていたレイは、その言葉に目を見開く。

「ええ、毎回ですか?」

「はい、もちろんです。良い機会でございますからしっかり勉強していただきましょう」

 笑顔で頷かれてしまっては、さすがに嫌だとは言えなくなってしまった。

 確かにマークやキムは、今後の為にも最低限の行儀作法やマナーは覚える様に言われているのだから、ここは友人として協力すべきだろう。

「分かりました。よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げる彼を見て、執事も笑顔になる。

「何か疑問に思うことなどありましたら、いつでも遠慮なくお聞きください」

「分かりました」

「今回、レイルズ様とマーク軍曹、キム軍曹には前回お泊まりただいた時と同じ部屋をご用意いたしました。お嬢様方には、二階の客間をお使いいただきます」

 それはつまり、夜は絶対に行き来が出来ない様にされていると言う事なのだろう。

 それくらいはレイにも分かった。

「うう、何だか大変な事になってるよね。気軽に誘っちゃって悪かったかなあ」

 ため息を吐いたレイは、すっかり覚めてしまったカナエ草のお茶を一気に飲み干した。




『気にする事は無い。これも経験だよ』

 笑ったブルーのシルフに慰められて、もう一度ため息を吐く。

「僕、今回の事で思い知った。竜騎士の立場の裏にどれだけ沢山の人たちが働いてくれているか。どれだけの人達が、僕の事を常に見ているか」

 今度は大きく深呼吸をして胸を張った。

「だから、僕がちゃんとしなきゃ駄目なんだよね。まだまだいろんな人に迷惑ばかり掛けてるけど、少しでも何か返せる様に頑張らないとね」

 笑ったレイの頬に、ブルーのシルフはそっとキスを贈った。

『頑張り屋な愛しい主殿に我から祝福を贈ろう。大丈夫だよ其方は充分に良く頑張っているさ』

「そうかなあ。全然自信無いや」

 小さくそう呟いて照れた様に笑うと、肩に座ったブルーのシルフにそっとキスを返した。

 それからもう一度照れた様に笑って、残してあったカスタードタルトを口に入れた。

 いつの間にかお代わりのお茶が用意されていて、笑顔でお礼を言ってからたっぷりの蜂蜜を入れてゆっくりとお茶を頂いた。



 空になったカップの周りでは、そんなレイの周りに勝手に集まってきたシルフ達が何やら楽しそうにはしゃぎながら、レイの髪を引っ張ったり空になったカップの縁を叩いたりして遊んでいる。

「明日から、僕の大切な友達のマークとキム、それからディーディーとニーカ、ジャスミンがここに来るんだよ。再現実験もまた出来るかな。もしもするならよろしくね」

 笑ったレイの言葉に、シルフ達は得意気に胸を張って頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る